第38話 未知なる敵
久しぶりに中央大陸へとやってきた。
王国兵を警戒はしたけども、その心配はなかった。
少なくとも下船した港町に限っては。
「なんだか、街の人たちに生気がありませんね」
オリヴィエの言う通り、不気味なほど活気がなかった。
昼の時間帯だから通りには少なくない人が目につく。
それなのに、まるで深夜のように静まり返っていた。
「あの、すみません」
漁船の側に腰を下ろしていたお爺さんに話しかけた。
少しでも情報を集めるために。
「……なんだよ、にいちゃん」
「えっと、僕たちは中央大陸に来るのは久しぶりで。この街で何かありましたか?」
「ここで目立った被害はねえけどよ。見てわかんだろ」
お爺さんは向こうの空を顎でしゃくった。
そっちの方には見るまでもなく、あの塔がある。
「まったく、世も末だ。頼みの綱の騎士団は全滅したって言うしな」
「全滅……」
「おおよ。情けねぇ事だがな。軍費だなんだってオレらから散々金をむしっといてよ、肝心なときに役に立たねぇ。塔の野郎をとっちめるどころか、中に入ることさえ出来なかったようじゃねぇか」
「そうですか。入る事さえも」
「塔の先っちょがよぉ、ビャッと光りやがるんだ。それで偉そうな騎士様もメチャクチャよ」
「塔から攻撃されたんですね。それは何かの魔法ですか?」
「なぁ、もういいだろ? そろそろどっか行っちまえ。こっちは仕事があんだよ」
「ああ、すいません。ありがとうございました」
お爺さんに頭を下げてから別れを告げた。
道理で僕たちを捕まえる動きがないはずだ。
この国にはそんな余裕が無いんだろう。
それからも何人かに聞き込みをしたけど、新しい情報は得られなかった。
そもそも話に応じてくれる人が少なかったと思う。
「本当でしょうか。騎士団が全滅なんて」
「全てかき集めれば千を越える軍勢のはずだが……そんな事が有りうるのか?」
「どうしよう。もし気が変わったなら皆はここで引き返しても」
「さぁチャッチャと行きましょ! またレイン君に単独行動されないうちにね!」
ミリィの先導に他のみんなも続いた。
誰も帰る気は無いらしい。
それから僕たちはイスタの街に行くことになった。
情報集めと休息のためにだ。
方角から考えて、塔に一番近いのもイスタだった。
「魔物……出ませんね」
「そうだな。街の人と言い魔物と言い、どうなっちまったんだ」
道中、魔物はほとんど現れなかった。
出たとしても少数で、動きも重い個体ばかりだ。
だから足を止めること無く進み、5日後にはイスタへと着いてしまった。
いや、イスタだった場所と言った方がいい。
「ひどい……」
「これは、完全にやられてるな」
僕たちは呆然としてしまった。
それも無理はないだろう。
何せ目の前には瓦礫の山しかないのだから。
かつてたくさんの人々が暮らしていたこの街は、今は猫一匹すら見かける事はない。
「生存者はいるのでしょうか?」
「さぁな。だが、それを考える段階じゃないぞ?」
「グスタフさん、それはどういう事でしょう」
「木材が炭になってるだろう。火災が起きた証拠だ。だが、瓦礫の中から煙ひとつ出てこない。つまりは……」
「災いが起きてから時間が経ちすぎている。救出を口にするにはな」
「そう、ですか」
オリヴィエは肩を落としながらも、廃墟へと足を踏み入れた。
そして膝を折って、祈りを捧げた。
僕もそれに倣うようにして、冥福を祈った。
遠くからは鳥の鳴き声が聞こえてくる。
それが何故か胸を突いた。
「お待たせしました、行きましょう」
「そうだね。僕たちの手で異変を終わらせよう」
気持ちを新たにして、塔へと向かった。
日を追う毎に強くなる焦りを押さえながら。
それから半日も歩かない内に到着した。
そこは荒れ狂うように赤い雲がうごめき、塔の上空を蠢いている。
さらに塔の外壁に暗雲が立ち込めていて、三回より上の方は見ることができない。
構造は外から確認は無理なようだ。
「当然だが、見張りがいるな」
「見たことのない魔物だね。誰か知らない?」
「たぶんあれはガーゴイルだが、様子がおかしいな。あんな黒い肌のタイプが居るなんて初耳だ」
入り口には門のようなものはなく、入ることは簡単なようだ。
その代わり一匹の魔物がそこを守っている。
全身が黒色の、地上から少し浮くようにして飛んでいる魔物だ。
「どうしよう。スニークを使おうか?」
「ダメだな。こっちに気づかれている」
「突撃しましょう。ここで話してても時間の無駄よ」
「そうは言うがな……」
その時だ。
空が突然光った。
それは僕たちの後方の森に差し、爆発が起きた。
「まずい、攻撃されたぞ!」
「塔に逃げ込もう! 門番は全力の攻撃で倒すんだ!」
「わかった!」
第二波が来る前に駆け込まないといけない。
陣形は走りながら整えた。
グスタフとエルザを先頭にし、中央が僕、オリヴィエとミリィが後ろだ。
「てぇええい!」
グスタフの鋭い袈裟斬り、エルザの頭部への蹴りが同時に繰り出される。
2人の隙間から槍を繰り出そうとした。
その時だ。
「ギュォオオーー!」
「ぐわぁッ!」
「ヌゥ……」
前衛の2人は呆気なく弾かれた。
ガーゴイルに傷ひとつ付けることもできずに。
この敵はひょっとして手に負えない化け物なんじゃ……。
「リーダー! ぼやっとするな!」
「……! そうだった!」
ここで僕が倒されたらオリヴィエたちを守るものが居なくなる。
なんとかして時間を稼がないと!
「うわぁぁああーーッ!」
牽制のつもりで出した一突き。
ガーゴイルはさっきと同じように、避けようとすらしない。
殺されない自信があるんだろうか。
「ギュッ ギュォオオーー!?」
僕の槍はあっさりと貫いた。
たいした手応えもなく。
そして、ガーゴイルは甲高い叫び声をあげて、霧散してしまった。
「倒せた、のかな?」
「……嘘だろオイ」
「お二人とも走れますか? 早く中へ!」
「そうだった。急ごう!」
気になることばかりだけど、構っている余裕はない。
未消化の疑問を抱えながら、塔の中へと駆け込んだ。




