表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡男子の無茶ブリ無双伝  作者: おもちさん
44/51

第37話 行かなくちゃ

遠くに塔が見える。

赤黒く染まる空と地面を繋ぐようにして、つい先日に現れたものだ。

明らかに人の手によるものではなく、人知を越えた者の仕業だと皆は語り合った。



「まったく、驚かされるねぇ。いきなり塔が建つなんてさ」

「そうだね。いにしえの魔術師が甦ったとか、邪悪な神様が降臨したとか、色んな噂が飛び交ってるね」

「おっかないねぇ。噂が本当なら命が百あっても足りないんじゃないかい」



僕はかつての実家に来ていた。

母さんはなぜか僕の正体に気づき、かつてと変わらず接してくれる。

父さんはというと他人行儀のままだけど。

今日はどうやら出掛けているらしく、この場に居るのは僕と母さんの2人きりだった。



「いいかいレイン。無茶だけはしちゃいけないよ。体を壊しちゃ何にもならねぇんだから」

「うん。もちろんわかってるよ」

「母ちゃんはね、アンタに立派になって欲しいわけじゃないんだ。ただ幸せに、元気にやっててくれりゃそれでいいんだ」

「大丈夫だから、心配しないで」



やはり母親の勘というのは鋭いと思う。

まるで僕の未来を予見でもしているようだった。

少し気まずくなったので、僕は席を立った。



「じゃあ、僕は仕事があるから……」

「そうかい。またいつでもおいで? 待ってるからね」

「うん、行ってきます」

「行ってらっしゃい、気を付けるんだよ」



嘘。

波風を立てない為の取り繕い。


こんな処世術を覚えたのはいつだったか。

誰かと衝突せずに済むよう、本心を明かさなくなったのは。

もう、僕は戻ってこれないかもしれない。

今生の別れだということを告げることは出来なかった。

二度も息子を失う悲しみを背負わせたくない、という言い訳まで用意していた。



実家を出た頃には日が暮れかけていた。

空が暗くなると、一層塔の禍々しさが際立つ。

どす黒い血の色に染まった空の下。

それを見る度に心はささくれて、説明できない焦りに襲われる。


僕が行かなくちゃいけない。

そんな想いが日々募っていった。



「おかえりなさいレインさん。そろそろご飯ですよ」



拠点に帰るとオリヴィエが出迎えてくれた。

大して広くない室内には食欲をそそる匂いが立ち込めている。

テーブルには既に皿が用意されていて、皆はもう席についていた。



「お腹空いたなぁ。すぐにでも食べたいな」

「わかりました。座っててくださいね」



今日の晩餐は丸パン、チーズ、牛肉の煮込みスープ、スライストマトだった。

どことなくいつもより豪勢な気がする。



「オリヴィエって料理上手いよねー。勉強したの?」

「修道院にいたころですが、炊き出しのお手伝いをしていましたので。その時にある程度学びました」

「いいじゃねぇか。エルザも見習って欲しい……」

「私が料理を学ぶことと、お前の願望とは関連性がない」

「うわぁ、きっつ……。エルザさんってたまに容赦ないよねー」



いつものように賑やかな食卓。

だけどこれも見納めとなりそうだ。

独りで始まった旅だけど、ここまで大所帯に膨らんだ。

もう一度独りに戻るのは寂しいけれど、元に戻るだけだと言い聞かせた。



そして、深夜。

みんなが寝静まった頃、僕は荷物を持って拠点を後にした。

誰にも告げずにこっそりと。


夜の森は思っていたより賑やかだった。

フクロウや野犬が鳴く声、季節の虫の鳴く音が辺りに響いていた。

寂しさがほんの少しだけ紛れた気がする。


ウェステンド内の道を通り抜けていく。

すると道すがら実家も目に入る。

僕は明かりの消えた家に向けて、無言で頭を下げた。

ごめん、そしてありがとう。



それからウェステンドを過ぎて、街道を歩いていた時だ。

目の前の丘からふいに声がかけられた。



「ゴップ村のとある少年の話だ。彼には将来を誓い合った幼馴染みがいたんだが、とある事件の時にその子を守れなかったことを心から悔やんだ。そして武者修行の旅に出た。親にも友達にも、幼馴染みにすら黙ってな。あの夜もこんな月夜だったかなぁ」

「……グスタフ、さん?」

「数年後、それなりに強くなった少年は、その時の事を後悔した。何も告げずに出ていったことをだ。事情を知らない幼馴染みは毎日泣き暮らしたらしい。噂を頼りに探しに出た日もあったようだ。最初は心配するばかりだったが、少年と再会して話を聞くうちに怒りを覚えるようになった。そしていつの日か、大人になった少年と少女は殴り合う仲となってしまったとさ」



月明かりを背に受けて、グスタフは道に立っていた。

もちろん昔話の為だけではないだろう。

旅支度が整っているからだ。



「今のは、どういう意味?」

「別に。ただの独り言さ。じゃあ行くか」

「行くって、どこへ?」

「とぼけるなよリーダー。あの塔へ向かうんだろ?」



さすがにグスタフは鋭かった。

彼を相手に誤魔化しはきかないだろう。

となると、正直に話すしかない。



「そうだよ。僕はあそこに行かなきゃならない。理由はわからないけど、そんな確信があるんだ」

「そうかい。時には直感が答えを導くこともある。何かを成す動機としては十分だ」

「でも、それは何というか、僕の問題なんだ! だからグスタフには関係……」

「関係ない、なんて言うつもりじゃないわよね?」

「ミリィ?」



グスタフの後ろからミリィが現れた。

彼女もやはり旅装の姿だ。



「あのさぁ、置いていかれる側の気持ちは考えたの? そりゃあ傷つくし寂しいし心配だし、辛いなんてもんじゃないわ。わかってる?」

「でも、あそこはきっと危険だよ。生きて帰れるような生易しい場所じゃないと思う」

「だったら尚更レインくんを独りで行かせられないじゃない。本当に何を言ってるのよ!」



ミリィが鼻を鳴らしながら言った。

冗談のつもりはないらしく、目は真剣そのものだ。

グスタフは相づちすら打たず、黙って僕を見ている。



「いつまでそこに突っ立ってる気だ。ここに居ても仕方あるまい」

「エルザさん……」

「今は不思議と魔物の姿が見えない。急げばかなりの距離を稼げそうだ」



道の先を指さしながら彼女は言った。

僕に付いて行くのが当然とでも言いた気だ。

そして……。



「レインさん」

「オリヴィエさん……」



今の自分にとって一番会うのが辛い相手だ。

不思議な罪悪感がこみ上げてくる。

彼女を裏切ってしまったような、そんな気分に陥いってしまうのだ。



「細やかな気遣いも、難しい話も今は不要です。ただ、一言だけお伝えします」

「……何だい?」

「私はあなたを、決して独りにはしません」

「……でも」

「諦めな、リーダー。ここに居るヤツは誰1人留守番を受け入れねぇって」



皆が僕を見ている。

そこに非難をするような気配はない。

ただ真っ直ぐな目が向けられていた。



「……わかったよ。どうなっても知らないからね?!」

「よぉし、快諾してもらえたし出発だ!」

「参りましょう。『チーム生真面目』の出立です」

「何よそれ、そんなチーム名だったの?!」



それからは、夜の街道の静けさを破るようにして進んだ。

悲壮感は欠片もなく、いつもの旅と変わらない様子で。

雲ひとつない夜空に輝く蒼い月。

それが僕たちの歩むべき道を、優しく照らし続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ