報告書H 2つの要素
未読メール1件。
私のメーラーに表示されている。
さっきまですべて既読だったのに、だ。
どういうことだろ。
電話もメールもダメになってるんじゃないの?
送信元のアドレスに見覚えはない。
件名は『神様気取りのクズどもへ』だってさ。
うん、絶対開かない。
まずはマネージャーに相談だ!
マネージャーの席へ向かうと、そこには先客がいた。
冷徹女と真剣に話す大柄な男。
今ではすっかりお馴染みとなったノザキだ。
私に送られた謎のファイルについて説明してるのかもしれない。
もしそうであれば、とても助かる。
なにせ私はパソコン絡みの話はさっぱりだから。
「マネージャー。私宛にずいぶん前にファイルが送られてきて、反映しちゃってでもそれはダメなやつで。さっきも繋がらないハズなのにメールが届いて、でも変なやつで」
「落ち着けショーコ。粗方ノザキから聞いて把握してる。なにかまた起きたのか?」
事前に伝わってるとはありがたい。
よくやったノザキ。
ひとまず2人に私のデスクまで来てもらい、画面を見せた。
真っ先にノザキが唸り声をあげた。
意味深な態度は止めてほしい。
「開けてみるしか、ないか?」
「そうでしょうな。にらめっこしても仕方ないですよ」
「ヤダヤダ、私は怖いからノザキさんやってよ」
「お前のPCだろ? まぁいいけどさ」
こういうのは専門家に任せるに限る。
たとえそれが『メールを開く』なんてチュートリアル以下の難易度であっても。
モニターのポインタに視線が吸い寄せられる。
それは滑らかに動き、閉じた手紙のアイコンに重なる。
開かれた中身はただのテキストのみ。
異様なのは、その文面だけだった。
『神を気取る愚か者ども。
正義無き力を振るう悪逆の徒よ。
2つの毒が貴様らを破滅へと追い込む。
眺めることしかできない境遇で、己が罪の深さを噛み締めろ』
なんじゃこりゃ。
こんな事態でなきゃ、黒ボエムで片付ける内容だ。
中学生が調べものしつつ書いたような、たどたどしさすら感じる。
「なぁショーコ。ちょっとファイル開いていいか?」
「構わないけど、なんの?」
「この前送られてきた不審なファイルだよ。それと、役職のリストもだ」
「左上にショートカットあるから。そこから見れるよ」
私たちが手探りで追求している間も、このフロアは混乱が起きている。
ヒステリックなわめき声、乾いた笑い、様々な負のざわめきがオフィスを支配した。
「ねぇ、画面まで切り替わったんだけど?! ハコニワの映像だけど、誰の管轄のやつよ?」
「オレもだ! 1ヶ所を映したまま、制御不能だぞ!」
周りのモニターを見ると、みな一様に同じ画面が表示されていた。
とあるハコニワの、いちエリアが。
私にはそれがどこだか理解できた。
そこはレインくんが一番最初に訪れた街の、すぐ近くだったから。
「くそっ。ショーコのpcもダメか!」
ノザキが机を力任せに叩いた。
私のモニターも同じように、例の場所の映像に切り替わり、こちらから制御できなくなった。
画面の上側には赤い文字で『貴様らの世界が間もなく終わる』と表示されている。
「マネージャー。一刻の猶予もないです。警察に連絡を……」
「手配済みだ。それよりもノザキ、何を調べようとしたんだ?」
「ショーコの担当のハコニワは何かと不自然でしてね。ハコニワ本体ではなく、役職などの拡張要素が、なんですがね」
「確かに、彼女から時おり珍しい現象が報告されたな」
「2つの毒って言葉に嫌な予感がしましてね。ファイルの中を見て確認したかったんですが、それも今となってはねぇ」
「システム部からなんとかできないか?」
「残念ながら、管理事業部より先に攻撃されてましてね」
ノザキが肩を竦める。
まるで打つ手ナシと言いたげだ。
「推測で構わない。懸念点を教えろ」
「自信はないんですが……。邪神のデータと変態のデータが合わさることで、全く別のデータになるんじゃないかって思いましてね」
「別のデータ?」
「正直、それが何なのかわかりません。そもそも合算されるかなんて予想でしかないですし」
「2つの毒、とはそれを指すのか? 終わらせるだの書かれているが」
「さぁ……。でも、ショーコのハコニワがこうして強調されてますし、見当違いとも言えないのでは?」
「なんでわざわざ面倒な事するんですか? いっぺんにやれば良いものを」
「本来攻撃的なファイルを、セキュリティの目を誤魔化すために分割した。そう考えたらどうだ?」
「あり得なくは無いです。実際どちらも導入できてる訳ですし」
なんてこった。
これまで無難に最低限度の仕事をこなしてきた私が、こんな大それた話に巻き込まれようとは。
これはタコ部屋行き確定かもしれない。
「じゃあ、レイン君を邪神から遠ざければ、最悪の事態は避けられますよね?」
「遠ざけるって、どうやるんだ? もうこっちからハコニワにコンタクトは取れないぞ」
「あっ……」
ノザキの言う通りだった。
画面こそ彼らの世界を映し出しているが、いつものように会話など一切が出来なくなっていた。
「ともかく、警察の動きに期待しよう。直接犯人を捕まえられれば良いんだ」
「そう、ですよね」
そう話している間にも状況は変化した。
モニターは何もない草原を映していたのだが、突如塔らしきものが現れた。
それは禍々しいまでの赤黒い光を帯びており、尋常なものでないことは説明を聞くまでもない。
ーーレイン君。どうか、無茶しないでね。
あのお人好しな青年を思い浮かべた。
彼なら、邪神の討伐に向かってしまうかもしれない。
その心配はあるけれど、私に出来ることは成り行きを見守る事だけだった。




