報告書G 2度目の攻撃
水曜の午後。
たぶん週のサイクルの中で最もアンニュイで、そして労働意欲の低い時間帯だ。
こんな時にデスクの上で大いびきをかいて眠れたら、さぞや気持ちいいことだろう。
もちろん、そんな無意味なやらかしはしない。
だってマネージャー様が見てるもん。
ーーピロン。
通知とな?
ハコニワからだけど、心当たりは特に無い。
「ええっと、ユニットAのなんちゃらなんちゃらが、アップデートを要求しています? 更新しますか??」
なんだっけこの要求。
たまに出てくるんだけど忘れちった。
作業中にもいきなり飛んでくるから、うっかりノーを押すこともある、気になる通知。
「まぁ、アップデートってんなら良いことだよね?」
かつて承認ボタンを乱打して痛い目を見たから、その辺は慎重になりかちだ。
でも今回は不審な点がないので承認をポチり。
すると、西大陸のどこかに光が降り注いだ。
位置から見て、大神殿な気がする。
「あぁ、アップデートってそういう事ね。ハコニワの諸君よ、励みたまえ」
なんか良いことした気がする。
そうなると不思議なもんで、労働意欲にも火が点る。
よし、今日は定時であがって、家でひたすらゲームやるぞーッ!
そんなやる気十分な私に電話がきた。
人の気勢に水を差すんじゃないよ。
電話の主は……システムかこの野郎。
「はいー、管理事業部のショーコでっすぅー」
「システム部ノザキ、何だその反応は?」
「何でもないですぅー。ご用件をチャッチャとお願いしますぅー」
「……まぁいいか。邪神プログラムが完成した。これから送るから、スケジュール通りに導入してくれ」
何いってんだコイツ?
そのプログラムなら随分前に受け取ってるし、もう導入済みだっての。
というか、じきに復活するっての。
何せハコニワは現在20倍速。
現地での半年も、こっちの世界じゃあっという間さ。
「そのプログラムって、だいぶ前に送ってきたじゃん。忘れたの?」
「おいちょっと待て! オレは身におぼえがないぞ?」
「自分で送りつけておいて? まさか、忙しさのあまり……もう、心が」
「変な気を回すな! ともかくその前のメールとやらを転送してくれ」
なにその剣幕、おっかねぇ。
ていうかヤバイ?
アタシやらかした??
言われた通りにメールをノザキに転送した。
そしたら電話越しからは呻き声が返ってきた。
その気を持たせる感じやめてよ。
「結論から言おう。これはオレからじゃない。随分手の込んだ真似しやがって……」
「嘘でしょ? 文面だって自然だったし、アドレスだってアンタからだし。どう見ても本物じゃん!」
「そうか、お前はハコニワ専用言語が読めないんだったな。添付のプログラムの中身なんか見てないよな?」
「見てわからんもんをわざわざ確認すると思う?」
当然見てないよ。
どれだけじっくり眺めても、何の事やらさっぱりだもの。
コテコテの日本人が英字新聞なんか読まねぇだろ?
それと同じことよ。
「中を改めたがな、こいつはヤベェ。こんなの書けるヤツ社内には居ないぞ」
「え、え、なんなの。どういうことよ?」
「以前、変態の役職の件でてこずってる話はしたよな? 見たこともない言語が使われていた事が原因なんだが……このプログラムはどうよ」
「どうよって、さっさと結論に入ってよ!」
「全部だよ全部。頭からケツまで全部が不明の言語なの!」
「そんな……」
頭の中では警鐘が鳴り続けている。
とにかく、私はとんでもない事を仕出かしたようだ。
失職はもちろん、場合によっては裁判沙汰になるかも。
……おこづかいで払える額じゃ、ないよね。
「ともかくお前はマネージャーに報告しろ、オレはこれから上と話を……」
ブツン。
物凄い半端な所で通信が切れた。
おい、ちょっと待てよ。
こんな不安な私を途中で放るなって!
こっちは頭真っ白なんだぞ!
ともかく、今はマネージャー。
トラブったならまずは相談!
もしかするとまるっと解決できる案が出てくるかも!
……なんて奇跡が起こるほど世の中は甘くない。
フロアのあちこちが途端に騒がしくなった。
ーーあれ、繋がらない?
ーーちょっと! また障害なの?!
ーーおい。電話も繋がらないぞ! メールもだ!
ーー誰かぁ。システム部までダッシュで行ってきてよー!
再びの通信障害。
どうやら私の電話だけではなかったらしい。
ハコニワの通信も、電話もメールも、あらゆる通信手段が断たれてしまったみたいだ。
「これ……私のせい?」
何とかしようという気持ちと、どうにでもなれという気持ち。
その両者が拮抗している。
いっそ黙って消えたい所だが、ともかく相談しよう。
これから転落人生を迎えたとしても、せめて後始末くらいはちゃんとやらないと。




