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平凡男子の無茶ブリ無双伝  作者: おもちさん
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第32話  酪農家のしごき

僕はちょっとだけ後悔していた。

深く考えずに、エルザに戦闘指導のお願いをしたことを。

漠然とした不安が言わせた言葉だったけど、もっと別の方法を探るべきだったと今にして思う。


「421……422……」

「もっと気合い入れろ。ダラダラやっても意味はない」



拠点の近くの空き地に、エルザの鋭い声が響く。

基本の型で素振り千本。

最初に言い渡されたメニューがそれだった。

同じ動きが延々と続くため、付加も同じ部分にかかってしまう。

300を超えた頃には既に体から悲鳴があがっていた。



「そんなんじゃ虫も殺せん。目前に敵がいると想定しながらやるのだ」

「651……」

「槍を槍だと思うな。自分の手だと思って突け」

「652ぃ……」



僕の意識は徐々に薄らいでいった。

そのうち、何のために槍を突いているのかすら分からなくなる。

視界も狭まり、もはや自分の槍しか映っていない。

白い刃。

それが動くのを他人事のように見つめていた。



「……1000……!」

「休んでよし。オリヴィエ!」

「わかりました」



僕の傍で優しい光が灯る。

なんだか心地よい気分だ。

次第に意識が明瞭になり、体も楽になった。



「大丈夫ですか? ヒールは疲労にもある程度効き目がありますが……」

「ありがとう、随分と楽になったよ」

「レインは休め。次はオリヴィエの番だ」

「はい。お願いします!」



オリヴィエとエルザが向かい合う。

僕は彼女まで訓練を頼んでいることを知らなかった。

その華奢な彼女に、一体どれほどのノルマが課せられるのだろうか。


オリヴィエはスッと足を肩幅分だけ開き、両手をお腹に当てた。

そして、引き結んだ唇が動き出す。



「ワンちゃんとぉ~、クマさんがぁ~♪」

「ぉー、の音が少し低い」

「ワンちゃんとぉ~」

「無理にビブラートを使うな。まずは正確なメロディを追えるようになってからだ」



歌の修練だった。

剣呑とした空気がたちまちホンワカし始める。

当人は真剣なようだから、課題のチョイスに物を言うのは止めておこう。


こうしてトレーニングは始まった。

僕はもっぱら槍を突き、休みながら歌を聴く。

毎日そんな事の繰り返しだ。


その間グスタフとミリィはというと、大陸のあちこちを巡っていた。

レベル上げを兼ねて、情報収集をしてくるらしい。


ここウェステンドにも断片的ながら、各地から不穏な報せが届いている。

それらの噂の真相を確かめてくれるらしい。



「オリヴィエはしばらく休め。レイン、素振り1000本」

「ヒェッ」



こんな事なら僕も情報収集側に回れば良かった。

口が裂けても言えないけど。

強くなりたい気持ちはあるけども。

それでも、このトレーニングは心身ともに堪えるものがあった。


雨の日も風の日も休みはない。



「851! 852!」

「軸をぶれさせるな。常に最適なフォームで突け」


「いたーいかったねー、いたぁいかったねー♪」

「もっと音の階段を意識するんだ。雰囲気だけで歌おうとするな」



トレーニングの内容も上乗せされていく。



「1621! 1622!」

「顎を引け。疲れても姿勢に出すな」

「ああぁああ~ あぁあああ~♪」

「音が降るときに外れがちだ。登りと降りを同じようにしろ」



そしてある時を境に、エルザはトレーニング中に指摘をしなくなった。

何をしているのかというと、ただじっと見てるだけだ。

そして僕がいつものように素振りを終えて、休んでいたときの事だ。

エルザは体をほぐしながら言った。



「そろそろ実戦形式でいくぞ。槍を持て」

「うん。槍をどうするの?」

「私とこれから模擬戦をやる。殺すつもりで掛かってこい」

「ええ? この槍はとても危ないん……」



僕が言い終わる前に、一迅の風が吹いた。

顔の目の前には握り拳がある。

それはエルザのものだった。

遅れてやってきた恐怖が体を震わせた。



「手加減を考えたか? そんな余裕がいつまで保つやら」

「わかった、本気でいくよ!」



僕がそう叫んでもエルザは構えない。

腕は下がり、腰も落としていない。

まるで立ち話でも始めるような姿勢だった。

そんな彼女を前にして、僕はというと……。



「どうした。打ち込んでこい」

「うう……」



体がすくんでしまって、間合いに入ることすら出来ない。

どうイメージしても返り討ちにあう結果が見えてしまうからだ。



「敵は気長に待ってはくれんぞ」

「グハッ!?」


手のひらを軽く当てられただけ、のはずだった。

それでも僕は派手に吹き飛ばされ、大木に背中から激突する。

ほんの一撃でこのダメージだ。

エルザは今まで出会った誰よりも強かった。



「守ってばかりでは勝てんぞ。まぁ、その守りすらお粗末だが」

「い、行くぞッ!」



通用しないとわかっていてもやるしかない。

全力の突きをお見舞いする。

エルザは上体を少しだけ反らし、綺麗に避けた。


僕はさらに一歩踏み込んで槍を横薙ぎにした。

肩を狙ったその攻撃も、足捌きだけで避けられてしまう。


だがそれは想定済みだ。

横薙ぎの勢いを殺さずに、再び弧を描くようにして横に払った。

今度の狙いは膝元。

相手の意識を上半身に集めてからの、足への攻撃だ。



「どうだ!」

「甘い」



槍を振りきる前に、エルザは一気に距離をつめた。

そして、がら空きの僕の胴に衝撃が走る。



「小細工など考えるな!」

「うわぁっ!」



またしても吹き飛ばされてしまう。

工夫を凝らしてはみたものの、彼女には通用しなかった。


それから何度挑戦しても結果は同じだった。

僕の槍が空振りして、無様に転がされる。

結局この日は良いところがなく、トレーニングは終わった。



「いてて。あちこち赤くなってるよ」

「レインさん、大丈夫ですか?」



地面に座り込んでいる僕のもとにオリヴィエがやってきた。



「ヒールはかけるな、とエルザさんから言われてしまったので。すみませんが……」

「わかってるよ。どこを打たれたか覚えておけ、とも言ってたし」

「代わりに塗り薬を用意しました。打ち身に良く効きます」



ヒールじゃないから回復しても問題ない、という理屈だ。

これは大丈夫なのかな?

まぁ、怒られたら止めればいいか。



「……はぁ」

「痛みますか?」

「いや、悔しくってさ」



自分の攻撃が通じなかった事がとても悔しいし、エルザの動きに翻弄されっぱなしだった事も情けないと思った。

そして、その姿をオリヴィエに見られていた事。

それも凄く嫌だった。


僕の愚痴を聞いている間も、彼女は治療を続けてくれた。

優しい指使いが、さらに僕を暗い気持ちにさせる。



「レインさんは成長してますよ。安心してください」

「そうなの? 自分では良くわからないけど」

「もう見違えるほどなのですが、ご本人は気付かないものなのでしょうね」

「うーん。実感がわかないなぁ」

「トレーニングが終わった頃には、きっと確信が得られますよ。別人のようになってるかもしれませんね」



オリヴィエは傷だけでなく、心のケアまでしてくれる。

こんな時は特に聖職者らしく見えた。

何というか、お世話になりっぱなしな気がする。


ーーもっと強くなって、オリヴィエを安心させてやりたい。


そんな想いが自然と沸き起こってきた。

明日からも頑張れそうな気がする。


それからの僕は下らない不満など漏らさず、黙って彼女の指先を見ていた。

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