報告書F セーブ or デリート
新しい所有者は監視が厳しかった。
先日ほんの少しハコニワに干渉しただけなのに、その直後にクレームが入ったのだ。
過去ログの全てを見ているのか、常に監視でもしているのか、異常なまでの探知力だと感心させられた。
「レインくんたちはトレーニング、かな? 精が出るねぇ」
コンタクトが取りにくなったので、ちょっかいは出さずに画面越しに眺めるだけと決めていた。
新顔の美少女が入ったと思いきや、今度は勇ましい女性が加わっていた。
レインくんも女好きだなぁと感じていると、そのエルザという女性に見覚えがあることに気づいた。
「あー、このバグったステータス……間違いないな。あの時の女の子か」
ショーコが新人であった頃の話。
野生の熊に襲われていた女の子を助けたことがあった。
まだシステム面について詳しくなかったので、その子のレベルを最大値に設定したのである。
無事少女は生還し、ショーコの目的は達成されたのだが、話はそこで終わらない。
どうやら触れてはいけない部分まで手を加えてしまったらしく、ステータスがとんでもない状態になっていた。
二桁三桁の数値などではなく、見たこともない謎の文字列。
それは彼女らの世界で化け物並みの強さを与えたようだ。
周りの社員には内緒で仕出かしたことなので、なんら修正を施すことができない。
その結果、ショーコほしらばっくれる事に決めたのだ。
「ハコニワのスピードは、10倍速か。ちゃっちゃか進むわけだねぇ」
ハコニワは等速から一兆倍の速度にまで時間の流れを変更することができる。
もちろんでかい数字を用いるのは、惑星創成期など、目立った動きのない時期に用いる。
人間のような発展性の高い命が生まれると、1から100倍の速さで管理されるのが一般的だ。
「このままの速さで進めたら、10日足らずで邪神復活……かぁ。なんとかならないかなー」
このハコニワにすっかり情が移ってしまったようだ。
あんまり肩入れすると後々辛くなる、というのは分かっているけれど。
見知った顔の殺される事だけは、なんとか避けたかった。
ーープルルルッ。
デスクの電話が鳴った。
居留守を決め込もうとしたが、ディスプレイ画面を見て考えを改めた。
「はい、管理事業部ショーコです」
「システム部ノザキだ。今話せるか?」
「なんか頻繁に電話してくるね。どうして?」
「まぁ、特別だからな」
「会社の電話で口説くなんて、随分度胸あるじゃん」
「訂正する。お前の依頼が特別だからだ」
何だそれ!
そこは「ショーコのスレンダーボディをペロりたい、貧乳最高!」くらい言えよ。
チンKもぎ取るぞ。
もちろん、そんな下品なことは言わない、手元のメモ帳に書き記すのみだ。
こうして不満をコンパクトに吐き出す私は、今日もホンワカお姉さんで居られる。
「それで、一体何の用よ?」
「以前依頼された案件だ。役職についてのものだ」
「……うん?」
「変態の役職が変更できないからなんとかしろ、そう言ってたよな?」
「うん」
「おい、お前まさか?」
「大丈夫、ちゃんと覚えてたよ」
「忘れてやがったなこの野郎」
正直言うと完全に忘れ去っていた。
あれから今日までに色々あったせいだろう。
散々な目に遭った合コンとか。
「んで、どうなの? 解決したの?」
「……まぁいい。あの件は難航中、というか半ばお手上げだ」
「何よそれ、打つ手なしってこと?」
「なんつうか、一部謎の言語が含まれてて解読不能なんだ。あの役職を作ったヤツは臨時スタッフだから、今はもう居ないしな」
「じゃあ、ずっとこのままなの?」
「人事部経由で話をつけてもらってる。時間はまぁ、かかると思う」
ハコニワ所有者の依頼に沿うために、すでに邪神をセットしてしまっていた。
『おぞましい悪辣な神とハコニワ住民の大戦争』というプランなのだが、現状では邪神の圧勝だろう。
戦争どころか、一方的な虐殺になりそうである。
だがもしレインの役職を化け物級に変更できたとしたら、勝ち目も見えてくるかもしれない。
中途半端ながら朗報だと言える。
場合によっては復活を遅らせて、レインのための時間を稼がせても良いのだ。
「こっちからの話は以上だ」
「はいよ。なんかあったら教えてね」
「わかってる。もう1つの案件は順調に進行中だ。また連絡する」
「……うん?」
ーープツリ。
電話は途切れてしまった。
もうひとつって、まだ何かあったっけ?
まるで心当たりがないけども……。
私の脳は『セーブ』は苦手なのに『デリート』が優秀すぎるから困る。
「まぁ、追い追いわかるっしょ。そんな事より作業すんべ」
キーボードに向かい、ステータス画面を操作した。
邪神の復活を遅らせる為である。
ユーザーにはハコニワ時間でのリリース日を伝えてしまっているが、システム障害とでも言っておこう。
「あれー? おかしいな。変更できない……」
邪神の修正が弾かれてしまう。
何度試しても日にちは変えられなかった。
それどころか、あらゆる情報が変更できない。
「この状態って、前にも見たよね?」
胸の奥に大きな不安がめり込んでくる。
邪神復活までの残り時間は、無情にもその数を減らし続けた。




