第31話 サポートします
「おっ。英雄のあんちゃん御一行じゃねえか」
僕らはナダウの武器屋にやってきた。
イスタの店よりも若干狭い店内から、無骨ながらも愛想の良い声がかけられる。
悲鳴や罵声に慣れきった僕からすると、有り得ないレベルの歓待だった。
「予算は4000ディナで、槍と杖、他には鎧なんか見たいんですけど」
「そうかい、ウチは狭いが品揃えは自信があるからな。ゆっくり見ていってくれ!」
「確かに上等そうなものがたくさんありますね」
「うわっ。この剣は2万ディナだって! どんな人が買っていくんだろう?」
壁の上の方に展示されている剣や槍はビックリする程高額だった。
とても庶民の手に収まりそうな品ではない。
「ああ、そこのは止めといた方がいいぞ。見た目が良いだけのナマクラだ」
「そうなんですか? 凄く立派に見えますけど……」
「そいつは貴族のぼっちゃんが見栄の為に履くもんだ。実用性は全くないぞ」
「まぁ、仮に買おうと思っても手が届かないんですけどね」
「あんちゃんは槍遣いだったな。そんな飾り物なんか見てねえで、こっちはどうだい?」
店主は僕に短槍を手渡してきた。
飾りっ気のない、しっかりとした重みのある槍。
刀身の部分はハッとさせられるほどの鋭さがあり、思わず見とれてしまうほどだ。
「どうだい、中々の品だろう? 名を『水斬の槍』という物だ。その名の通り、水流さえもスパっと切れちまいそうな仕上がりから付いた名だ」
「リーダー、それは相当な業物だぞ。さすがに4000ディナでは……」
「それだったら銅の短槍を下取りして、2000でいいぞ」
「本気か?! これくらいの品なら8000はするだろう!」
グスタフが『信じられない』という声を上げる。
店主は冗談のつもりは無いようで真剣な顔つきだ。
「街を救ってくれたお礼だ。さすがに材料費くらいは貰うがな」
「本当にいいんですか? 僕としてはとても助かりますが……」
「オレがどんなに良い品を生み出しても、黒狼団なんかに持ってかれたらつまらねえんだよ。どうせなら良識のあるヤツに振るって欲しいってもんよ」
「じゃあ、お言葉に甘えていただきますね!」
「おうよ。そいつが気に入ったらウチの宣伝も頼むぜ?」
店主が弾けたように笑った。
早速清算を済ませ、僕の手元に水斬の槍が収まる。
「他には何かいるのかい? 杖って事はどっちかの嬢ちゃんが使いたいんだろ?」
「シスター向けのものがあれば欲しいですね。手ごろな物はありますか?」
「そうだなぁ。角の展示が魔導師用なんだが、シスター用のはまだあったかな……」
武器屋なだけあって、刃物でないものは雑な扱いだった。
剣や槍はキチンと整頓させて飾っているのに、杖はまとめて隅に置かれている。
この辺は店主の趣味なんだろう。
「オリヴェエさん。何か欲しいものはある?」
「そうですね……。これなんかが使い易そうですが、1500ディナもするんですね」
「そいつは魔法の射程距離が広がる代物だ。回復や援護系なら間違いのないものだな」
「それは助かるんですが、これを買ってしまうと他の皆さんが何も買えなくなってしまいますね」
「いいんじゃねえか? これまで頑張ってきた2人で使っちまっても」
「私は別に構わないわ。自分用の杖は買ったばかりだしね」
頑張ってきた人の中にグスタフは入らないんだろうか。
なんだかんだ言って中央大陸から一緒に居るメンバーなのだ。
彼の苦労にも何か報いた方がいい気がする。
「オレは要らないぞ。なにせこの『鋼の剣』があるからな」
「愛用の剣だよね。よっぽど気に入ってるの?」
「なんというか……別格なんだ。これさえあれば大抵の敵を倒せる、そんな気にさせてくれるんだ」
「わかります」
「そうだな」
「鋼の剣はみんなの憧れよね」
その場に居た全員がウンウンと頷く。
僕だけピンと来てないけど、これは常識なんだろうか?
「レイン、もしグスタフに気を使ってくれるというのなら、鎧を買ってやってくれ。値段が高いようなら服でも構わん」
「おいおい、オレには筋肉の鎧があるから……」
「その鎧を一撃で打ち抜かれたのを忘れたか? ゴチャゴチャ言わずに何か着ろ」
「はぁ……。わーったよ。リーダー、悪いが簡単なの一着買ってくれねえか?」
「うんいいよ。一応1000ディナくらいなら出せるし」
グスタフがつまらなそうな顔で言った。
そこにはこれまでの「お兄ちゃん風」なオーラは無かった。
なんというか、彼はエルザが来てから変わった気がする。
「体装備なら、皮の服50、皮の鎧250、ハーフメイル800だがどうする?」
「じゃあ、ハーフメイルにする?」
「いや、それだったらリーダーがハーフメイルを買うんだ。オレは皮の服でいい」
「いいの? なんだか僕ばっかり買っちゃってるけど……」
「動きにくい鉄製の鎧なんか来たら、オレの場合は逆効果だ。リーダーは前衛も兼ねてるんだから、防御力も強くした方がいいぞ」
僕が煮え切らない態度で居ると、グスタフが強引に着せてきた。
僕ばかり恩恵を受けて申し訳ない気分だけど、反対意見もないようなので有りがたく受けとることに。
「あんちゃん、今しがた着込んだ鎧が消えちまったみてぇだが……」
「ちゃんと着てはいるんですが、不思議な呪いがかかっているようで。今の僕はどう見えてますか?」
「入ってきた時と変わらねぇ。アウト……いや、ギリ陰部かな」
「そうなんですね。普通の格好していても、周りからはそう見えちゃうみたいです」
「そうかい、あんちゃんも苦労するな」
相変わらず僕の見た目は酷いらしい。
それはハーフメイルを身に付けた今でさえ、この言われようだ。
みんなが口を揃えて『ギリ陰部』と表現するのは不思議だけど。
というか、最近ちょっとアウト寄りのジャッジが付くようになってしまった。
僕に限っては、安易なレベル上げは危険かもしれない。
そんな事を頭の隅で考えつつ、残りの品も清算した。
「では僕らはこれで。また来ますね」
「まいどあり! 次までにまた良いの入れとくよっ」
こうやって気持ちよく買い物できるのも嬉しかった。
最初の街では頻繁に悲鳴があがり、あちこちで門前払いをされ、ようやく入店できても割高で売り付けられたもんだ。
……よく生き残れたよなぁ。
自分の悪運の強さには驚かされる。
それから僕たちは、ウェステンドに一度戻ることにした。
エルザの荷物を置きたかったし、ナダウでも依頼が少なかったからというのもある。
道中は、僕とオリヴィエの装備の確認の時間となった。
槍の威力はどれ程か、そしてオリヴィエの魔法の範囲はどこまで広がったか、試験的な陣形が組まれた。
相当な戦力アップをしていた事はすぐにわかった。
まず槍の方だけど、銅の短槍とは比べ物にもならなかった。
水斬の槍の威力は凄まじく、素振りと変わらない感覚で敵を貫けた。
防御力の高い鉄トカゲでさえ難なく串刺しにできる。
急所突きを使うまでもなかった。
オリヴィエの援護も格段に良くなっていた。
極端に離れたりしなければ援護が即座に受けられるので、タイムラグ無しに魔法をかけてもらえる。
目まぐるしく状況の変わる戦闘において、この進歩はかなりの強みとなりそうだ。
「これでいつでもレインさんの後ろからサポートできますね」
「本当に助かるよ、回復もプロテクションもすぐに受けられるから安心だね」
「お気軽に言ってくださいね。朝から晩まで即対応しますので」
「うんうん、頼もしいよ」
「夜もサポートしますからね」
「なんで強調したの。それは夜戦の意味だよね?」
オリヴィエは微笑んだまま答えない。
あぁ、これは返事のないヤツだ。
僕はひとまず曖昧な笑みを返すだけに留めた。
こうして僕たちは拠点に戻った。
どこか浮かれた気分の帰還だったけど、それもそこまでの話。
世界が徐々に禍々しい異変を見せ始めたことを、この頃になってようやく知るのだった。




