第29話 急所
教会を立ち去ってから今に至るまで、トントン拍子に話は進んだ。
ギルドはほとんど顔パス状態で登録ができ、商隊の護衛の仕事にもありつけた。
その仕事も実入りがよく、大陸をグルリと一緒に回るだけで5000ディナも貰えてしまう。
しかも食費や宿泊費も相手持ちなんだから、なんという高待遇なんだろう。
継続の仕事じゃなく単発の依頼だけど、それでも僕たちには十分なものだった。
今回の護衛の報酬を貰えたなら、手持ち金は5800ディナにも達する。
次にナダウの街に帰って来る日が楽しみだ。
「この旅の最中、オレは攻撃に参加しない。荷馬車を守る事に専念するから、迎撃は3人で対応してくれ」
仕事を請け負った時にグスタフが言った。
実際旅が始まると、本当にグスタフは攻撃に出なくなった。
かと言って荷馬車が標的になっているわけでもないので、今回の仕事を僕たちの実戦訓練と捉えているようだ。
「リーダー。先陣を任せているのに思い切りがよくない。守るか、先手を取るのか、瞬時に判断しないとダメだ」
「うーん。頭じゃわかってるんだけどねぇ」
「オリヴィエ。取り分け特殊な状態にならない限り、歌っていたほうが有益だ。補助魔法は状況を見て使ったほうがいいぞ」
「わかりました。まずは歌で参加するようにします」
「ミリィ。位置取りがまだ甘い。攻撃の瞬間だけでなく、常に射線を意識して動くべきだ」
「前衛職にはわからないと思うけど、すんごく難しいのよ? 敵も止まってはくれないしさ」
「まぁ……、後衛の難しい部分だろうな。だがそこをクリアできればグッと強くなれるぞ?」
「はぁ。わかったわ。天才美少女をなめんじゃないわよ」
グスタフは相変わらず的確なコメントをしてくれる。
シンプルで理にかなっているので、僕たちもスンナリと受け入れられる。
その結果動きが目に見えて良くなるのだから、その辺りは流石だと思う。
移動中に出現する敵の中には新顔があった。
オオゾラバチなんかが一番手こずった相手だ。
鋭い針で攻撃しつつ、こちらが反撃に出る頃には空高く飛んで行ってしまう。
ミリィが居なければ苦戦必須だったろう。
ライトニングという雷の魔法で多くを葬ることができた。
「魔法で倒すのはセオリーだが、敢えてリーダーに倒させてみてくれ」
「僕が? だって敵は空に逃げちゃうんだよ?」
「それでも攻撃は仕掛けてくる。その瞬間はこちらの手が届くんだ」
つまりは攻撃をかわしつつ当てろ、という事だ。
ずいぶんな高等技術に聞こえるけど、僕にできるんだろうか?
まぁ……とりあえず試してみるか。
怪我したらオリヴィエに治して貰えばいいんだし。
……なんて考えは甘かった。
何度試しても針を体に受けるばかりで一向に対処できなかった。
おかげであちこち穴だらけになってしまう。
ヒールで塞いでいるから、正確には穴の跡と言うべきか。
「リーダー。ポイントは間合いだ。敵よりもリーチが圧倒的に有利なのだから、こちらの方が先に当てられるハズだ」
「でもさぁ、あんなに早く動かれちゃったら難しいよ」
「動きを目で追う癖が出ているな。フェイントに惑わされず、攻撃の瞬間を見切る必要があるぞ」
「攻撃の瞬間……ねえ」
「お話のところ悪いけど、また出たわよ?」
「だとさ。じゃあ頑張ってこい!」
「うう……もう穴開けたくないよ」
オオゾラバチは前衛の僕を標的にしたようだ。
僕の目線の高さで滑空している。
何度も尻を浮かせているのはフェイントだ。
ここで攻撃をしてしまうと見事にかわされて、針を受けてしまう。
だからチャンスが訪れるまで手を出してはいけない。
「ここまでは分かるんだけどなぁ」
問題は敵の攻撃に合わせることだ。
視認できない動きに対応するには……。
「そうだ。次の動きを、読む!」
下腹部にツキンと痛みのようなものが走る。
フェイントの時と全く違う、闘気のようなものを僕は見逃さなかった。
大振りではなく、まっすぐ槍を突き出す。
それが見事に腹に刺さり、オオゾラバチはポトリと地面に落ちた。
初めての成功だった。
「やった! とうとう倒せたぞ!」
「おめでとうございます、レインさん」
「その調子だ。そのまま続けてみるんだ。何か技を覚えるかもしれんぞ?」
「技? そんなものがあるんだ」
「まぁ物は試しだ。しばらくハチを倒してみろ」
言われた通り、接近戦だけでハチを倒し続けた。
一度コツをつかむと難しい作業ではなくなる。
2回に一度くらいだった成功率も、今ではほぼ完璧なタイミングで迎撃できている。
「そろそろじゃないか? ステータス画面を見てみろ」
「どれどれ……。ほんとだ! 技らしいものが出てる!」
魔法の項目の下に「急所突き」の文字が見えた。
これが僕の初めての技になる。
初めて人に胸を張って言える技能なだけに、喜びもぐっと大きかった。
「レインさん、ちょっと試したい事があるんですが」
「うん。どうかしたの?」
「その急所突きを、私に向けてください」
「ええ!? 突然どうしたの?」
ここでオリヴィエがとんでもない事を口走った。
度々言動が怪しくなる事はあるけど、今回のは初めてのケースだった。
「もちろん武器は使わずに。手刀あたりが良いと思います」
「それは構わないけど……。危なくないかなぁ?」
「大丈夫です。何かあればヒールを使いますから」
「何を考えてるのか知らないけど、わかったよ」
僕は極力手の力を抜いて、オリヴィエの鳩尾に手刀を突いた。
頼まれたこととは言え、女の子に攻撃をするというのは後味が最高に悪い。
怪我なんかしなきゃいいけどさ。
オリヴィエはというと、技を受けてからすっかり無言になってしまった。
「オリヴィエさん。やっぱり痛かった?」
「……ン」
「やっぱり無茶だったんだ。急いで回復を」
「ンフーー」
「……何その表情?」
オリヴィエは鼻で大きく息を吐いた。
顔を綻ばせ、片手を頬に当てている。
見間違いじゃなければ、恍惚とした表情というやつだろう。
……なんでだ?
「ちょっとオリヴィエ! その反応は、気持ちよかったんでしょ?!」
「ンフーー」
「レインくん! 私にもお願い、急所をいっぱい突いて! それはもう無遠慮に!」
「えええ?! 言い方! 言い方がなんか嫌だッ!」
「ンフーー」
せっかく体得した僕の技が。
ようやく戦闘職っぽい技を覚えたのに、また変態っぽさが付け加えられてしまった。
こうなったら次に覚える技に期待しよう……うん。
それから僕たちはそこそこにレベルを上げ、護衛の任務を終えた。
そして約束通り5000ディナが支払われた。
このお金で武器が買えると思うと、足取りも軽くなる。
「リーダー、ちょっと話があるんだが」
グスタフの顔が少しだけ緊張している。
手には手紙らしきものが握られていた。
「さっき手紙屋から返事を受け取ったんだ。エルザからの返事を」
「エルザさんって、婚約者だよね? 故郷に居るっていう」
「そうだ。そのエルザだが、故郷に居づらくなったらしい。王家の連中のせいでな」
「そうなんだ。ひょっとして調べ上げられたのかな?」
見た目が奇抜な僕らだ。
全員の顔と名前がバレてしまっている可能性は低くない。
グスタフの身元を割り出し、ゴップ村にたどり着くのも難しくなかったのかもしれない。
「だからこっちに呼び寄せたんだが、もうこの街に着いているらしい。それで、頼みたいんだが……」
「もしかして、僕たちの一行に加えて欲しいって話? それだったら構わないよ」
「……すまん。オレもエルザもこの大陸にはろくな伝手がないんだ」
グスタフは深々と頭を下げた。
普段の猛々しさからかけ離れた姿に、僕は戸惑ってしまった。
ここまで真剣になれるなんて、よっぽど好きなんだなぁと思う。
僕たちは街の入り口に移動した。
ここで待っていれば合流できるとの事だ。
「本当は最上級の役職に就くまでは、エルザに会わないつもりだったんだがなぁ」
グスタフがぼやいた。
ひょっとして、成功者になってからプロポーズでもするつもりだったんだろうか。
思いの外ロマンチストなんだなぁ。
「グスタフさん。あちらから1人の女性がやってきますけど」
「……間違いない。エルザだ」
オリヴィエの言う通り、皮袋を背負った女性がこちらに近づいてきた。
スラッとした長身の、質素な装いの人だ。
顔立ちはとても整っているけど、少し目付きが鋭いかな?
「これまで話にはよく聞きましたが、実際にお会いするのは初めてですね」
「そうだね。急な話だったけど、こうして会えて良かったと思うよ」
エルザも僕たちに気づいたのか、まっすぐこちらへと近づいてきた。
これから感動の再会になるんだろうか。
……などと、この時はボンヤリと考えていた。
それが大きな誤りであったことを、この直後に思い知ることとなる。




