第27話 お兄ちゃん判断
森の中に住もう。
言うのは簡単だけど、実行するとなると大変だ。
木を伐り倒し、切り株を退けて、水源を探し出し、家具を用意して、田畑も作り、毎日の食料の用意魔物の撃退オリヴィエとミリィの空中戦争奪戦……。
もう、目眩がする程の忙しさだ。
おかげで落ち込んでる暇すら無くなったけど、同時に体を休める時間も無くなってしまった。
人生とはなんとも歪なものだとつくづく思う。
そんな日々の中、慣れない作業には怪我がつきまとった。
「痛いッ!」
「レインさん、大丈夫ですか?」
「いてて。金槌で手を……」
ちょっとボンヤリした時に、手を思いっきり叩いてしまった。
手の甲が紫に変色しはじめる。
「これは大変。すぐに対処しますね」
「お願いするよ……って何してんの?」
「硬いもので挟んでしまったなら、次は柔らかいもので挟まないと」
そういってオリヴィエは僕の手を胸元に導こうとする。
こんな時は、今までだったら僕が一言返して終わるんだけど、最近はそうはいかない。
ミリィが横からちょっかいを出すからだ。
「ちょっと待った。胸の大きさ、柔らかさにかけては私の方が断然上よ!」
「いやいや、今のはそんな話じゃないんだよ」
「そうですよ。大小はどうでも良くて、『誰のおっぱいであるか』が重要なのです」
「それも違うからね?!」
こんな風にどんどん話が拗れていくのだ。
こっちは手が痛いって言うのに、形がどうの、色がどうとか白熱の議論が繰り広げられる。
そして『変な意味じゃなくて』揉み合いが起きた頃、女神様が話しかけてきた。
それが混乱に拍車をかけたのだ。
なにせ邪神の復活に備えろとか言うのだから、僕はもうすっかりパニックだ。
手は痛いし、オリヴィエたちは言い争いを再開するし、邪神に備えろと言ったっきり女神様は消えちゃうし。
グスタフがここに戻ってくるまで、僕たちは混沌の極みにあった。
「邪神……ねぇ。神託とやらをリーダー以外に聴いてないんなら、信憑性が薄いかもしれんぞ」
現場を見ていないグスタフは懐疑的だ。
確かに突然『悪い神が復活します』なんて言われても、普通は信じないだろう。
「うーん。以前は女神様の言葉を頻繁に聞いてた訳だから、これも空耳とかじゃないと思うよ?」
「勘違い、聞き間違いってセンもあるだろう。オリヴィエあたりも聴いてたんなら、すり合わせが出来るんだがな」
僕らの兄貴的存在グスタフ。
粗暴なようで実は理知的、良心的なグスタフ。
その彼が言うのだから、一理あるんだろう。
「他に何か言ってたか? 例えば邪神復活の阻止についてとか、撃退法とか」
「ううん、何も。レベル上げとけ、としか」
「じゃあ気にするだけ無駄だな。情報が何もないんじゃ動きようがない」
「そりゃそうだけど……どうにも不安でさ」
僕の思い違いだったら良いけど、もし本当だとしたら?
そう思うと安心できなかった。
ボンヤリ過ごしていたら、取り返しのつかないことになりそうで。
「だったら当面の目標をレベル上げにしたら良いさ。ひとまず上級職を目指すってのはどうだ?」
「上級職?」
「レベル30になるとワンランク上の役職が与えられるようになるし、基礎ステータスも上がるんだ。大神殿に行く必要があるから面倒だがな」
グスタフの提案はシンプルだった。
不安なら強くなれ。
そして上級職を目指せ、と言う。
確かにそれは理に叶っているし、ゴールもわかりやすい。
気を病んだままで居るよりはずっと建設的だった。
「レベル30ってのは遠いけど、みんなで頑張って上級職を目指そう!」
「わかりました。私も頑張りますね」
「経験値稼ぎならアタシに任せて。魔法で倒してガッポリだからね」
そこで僕は気づいてしまう。
気づかなきゃ幸せなのに。
そして言わなきゃ良いのに、口をうっかり滑らせてしまう。
「変態の上級って、なんだろうね?」
辺りは水を打ったように静かになった。
疑問への答えはもちろん、慰めの言葉も聞こえてこない。
これは、完全に僕が悪いと思う。
もし逆の立場だったとしたら、何て言ってあげればいいかわからないもの。
「ともかく、家を建ててしまおう。今後の事は拠点が形になってから考えれば良い」
「うんうん、そうしようか」
沈黙を破ったのは、仕切り直しにピッタリの言葉だった。
本当にグスタフは頼りになる。
戦闘でも日常でもお世話になってしまって、本当に申し訳ない。




