報告書E 御神託
ここ最近憂鬱だった。
それは暗黒企業で働いてるからではない。
そして、昨日の合コンが空振ったからでもない。
いや、合コンの件は割と引きずってるか。
なんせ個人情報の一切を聞かれなかったしな。
6つ下の新人の娘は超絶エリートと良い感じだったのに、口惜しや。
「レインくんは、どんな感じかなーっと」
現実逃避も兼ねてハコニワの世界へと意識を移す。
そうするとたちまち疎外感と罪悪感が混ざったような、不快な感情に襲われてしまうのだ。
レインたちとは例の通信切断以来、1度も口を聞いていなかった。
日数で言えば半月くらいになるだろうか。
第一声にどんな言葉をかければ良いのか、ひどく迷う。
ましてや私は、邪神という災厄をこの世界にもたらそうとしているのだ。
もし逆の立場であったなら『どの面下げて?』くらい言ってしまうかもしれない。
画面には3人の男女が映し出された。
そこにはレインくん、オリヴィエちゃん、そして見知らぬ女の子が居た。
森の奥深くで、何やら言い争いをしているようだ。
「これは……。どんな痴話喧嘩をしてるんですかねぇ」
ゲスな感情に心を許しながら、現場の音声をアクティブにした。
途端に私のヘッドフォンが賑やかに騒ぎ出す。
「だからさぁ、私のも試してみてってば」
「放してよ。何度も断ってるじゃないか」
「そうですよ、ミリィさん。レインさんのお気に入りは私のおっぱいです。あなたのものではありません」
「ふふん、認識が甘いわねオリヴィエ。人の腕はなぜ2本あるか知ってるの?」
「いえ、知りませんが。ミリィさんはご存知なのですか?」
「それは2人分の乳を揉むためよ!」
「その理屈は通りません。両乳房を包み込むためのはずです!」
「ねぇ、もうこの話題やめようよッ!」
私の中に黒い感情がドォワッと広がっていく。
心の器の底が抜けてしまったような気分だ。
でもこの空気感はありがたい、凄く話しかけやすいから。
せっかくだから神々しい視覚エフェクトもつけてやる。
今までは声だけしか届けてなかったから、きっと驚く事だろう。
「どれにすっかなぁ。8番でいっか」
エフェクトをアクティブにした。
するとどうだろう。
レインくんの頭上に金色の光と純白の鳥の羽が降り注いだではないか。
うん、神託っぽくていいじゃない。
私は厳かな空気の中で、マイク越しに声を届けた。
「もーんじゃえっ もーんじゃえっ」
「この声は女神様?! 久しぶりだというとに何言ってんの!」
小動物のようにキョロキョロするレインきゅん、かわいい。
あまりの神々しさに感激したらしいオリヴィエちゃん、かわいい。
新顔の女の子も嬉しそうに跳び跳ねている……クッソかわいい。
あらら、オリヴィエちゃんったら膝を折って祈り出しちゃった。
声は聞こえなくとも光は見えてるもんね、信心深い人ならそうなるか。
さっきの神の御言葉は『乳を揉め』なんだけどね。
「それで、何か用なの?」
「あぁ、忘れる所だった。遠くない未来に大変な事が起きるから、レベル上げといてね」
「えぇ! 大変な事って何が起きるの?!」
「邪神がね、復活しちゃうっぽい。たぶん半年後くらいかな」
「急すぎるよ、僕に何が出来……」
「そんじゃがんばってねー」
私は一方的に通信を切った。
できれば事細かに説明したかったけど、それがクライアントにバレたら一大事だ。
だから最低限の情報だけ与えて、連絡を断ったのだ。
前の所有者は中学生のあんちゃんだったから、ごまかしが利いたけども。
それはさておき、私は業務に戻らなくては。
待っているのはハコニワに数々の凶兆を起こす作業だ。
「えっと……作物の実り半減、大神殿の水源値ゼロ、季節の変化量減衰っと」
さらりとお手軽に対応してしまったが、現地では大騒ぎになるレベルの話だろう。
住民は強い不安に襲われるはずだ。
そして復活の日が来れば絶望へと塗り替えられ、世界は阿鼻叫喚の地獄絵図となる。
「レインくん。どうか死なないでね」
そんな声が自然と漏れた。
当初は世界を救えなんて言ってしまったが、今はそんな気持ちにはなれなかった。
見知った顔に死んで欲しくないと、ただそれを願うばかりだ。
私は彼らの無事を祈った。
居るかどうかわからない、私の世界の神様に向けて。




