第25話 正しさとは何か
目指すは僕の故郷である西端の村。
グスタフを先頭にして山道を下っていった。
中陣の役目を持つ僕はもちろん2番目だ。
オリヴィエと、加入したミリィは僕の両隣に居る。
これは陣形を意識しての事……ではない。
2人とも僕の両腕に引っ付いているのだから、戦いのそれとは大きくかけ離れていた。
「ミリィさん、離れてください。レインさんが困ってます」
「じゃあオリヴィエも離れなさいよ。私だけだなんて不公平じゃない」
「私は良いのです。これは今まで通りですから」
「いや、こんな事をされるのって初めてだと思う……」
「今まで通りですから!」
いわゆる『両手に花』というやつだけど、今とても困っている。
なにせ僕を挟んで舌戦が繰り広げられているのだ。
僕にこの状況を喜ぶ感性は備わっていないらしい。
なんというか……居たたまれない気分になる。
「ところでさ。あなたたちはもう……ヤッたの?」
「唐突に何を言いだすの?!」
「もちろんです。今でも2日に1度はヤッてますね」
「オリヴィエさん?!」
シレッとオリヴィエが嘘をつく。
そういう態度は神様に怒られると思うよ。
まぁ何について『やった』のかは触れられていないけども。
というかこの話題は危険な薫りがするので、別の方に意識を向けさせなきゃ。
「2人ともいい加減離れてよ。これじゃ戦えないじゃないか」
「わかりました。私も腕を放しますので、ミリィさんもお願いします。タイミングは『せーのッ!』でやりましょう」
「待って。それは『の』で放すの? それとも『ッ!』なの?」
「そんな細かいこと言ってないで……」
「敵だ! ちっとばかり多いぞ!」
ほら言わんこっちゃない!
これから戦闘なのに槍も握れてないよ!
間の悪いことに鉄トカゲが5体も現れた。
負けはしないまでも、油断のならない数だ。
僕は慌てて短槍を構えようとするけども、ミリィの気だるげな声の方が早かった。
「エリアライトニング」
その言葉と共に彼女の手から稲光がほとばしり、轟音が辺りを包んだ。
その後に残されたのは鉄トカゲらしき残骸と、大きく抉れた地面。
一呼吸のうちに戦闘が終わってしまった。
「どう? これくらいの相手なら瞬殺よ」
「すごい……鉄トカゲを一瞬で、だなんて」
「まぁ今のは魔法に弱い敵だからね。良いカモってやつよ」
それからと言うもの、出てくる敵はみんなミリィが片付けてしまった。
あまりの手際の良さに、僕たちは舌を巻くばかりだ。
特に僕は攻撃魔法を初めて見るので、終始驚かされっぱなしだった。
「流石に疲れたわ、ちょっと休ませてー」
ミリィが道端に座り込みながら言った。
あれだけ魔法を連発したのだから仕方がない。
少し休ませた方が良さそうだ。
「グスタフさん。ちょっとここでひと休みしない?」
「構わんぞ、ミリィなんだろ?」
「そうなんだよ。無理しすぎたみたいでさ」
「えへへ、新参者だから実力を見て欲しくってさ。張り切りすぎちゃった」
僕にウィンクしながらミリィが言った。
余裕あるじゃん……と思いはしたが、もちろん口には出さない。
実のところ休憩を取れるのは僕にとってもありがたい話だ。
みんなに伝えておきたい事があるからだ。
僕の故郷のウェステンドに着く前に、知っておいて欲しい事が。
「ちょっといいかな。みんなに聞いて欲しいんだけど」
「どうしたんだリーダー。急に改まって」
「やっぱりオリヴィエが一番、というお話ですか? ではどうぞ」
「古い女より新しい方が興奮するって話? ではどうぞ」
こんな時でさえ繰り広げられる空中戦を無視して、話を続けた。
「唐突な話だけど、落ち着いて聞いてね。僕は1度死んだ人間なんだ。なぜここに居るのかというと、女神様らしき人に生き返して貰えたからなんだ」
それを聴いた3人の反応は様々だった。
グスタフは怪訝そうに唸り、オリヴィエは大きく頷き、ミリィは両目を見開いた。
特にミリィに対しては、ちょっとだけ仕返しをしたような気分にさせられた。
「死んだという事実については間違いないのか?」
「うん、勘違いなんかじゃないよ。崖から転落して即死したみたい」
「それを期に神と対話ができるようになったのですか?」
「そうだね。最近はめっきりお声がかからないけど、その一件以来話せるようになったよ」
「あなたって本当に予想を上回ってくれるわね! どこまで私を夢中にさせれば気が済むの?!」
「ごめん、それは意味がわからない」
感想は色々だったけど、僕の身の上については理解してくれたようだ。
疑うことなく受け入れてくれたのも、この珍妙な役職のおかげかもしれない。
さて、ここからが本題だ。
「それでさ、村には今も両親が住んでいるはずなんだけど。僕の正体は伏せておこうと思う」
「どうしてですか? ご両親に伝えれば喜ぶと思うんですが」
「今の僕の外見は前世と全く別人なんだ。しかもこんな格好だし。そんな人が息子と名乗ったらどう思う?」
「凄く言いづらいが、信じて貰えないだろうな。見た目が変わっていないというならまだしも……」
「タチの悪いイタズラだと思われちゃうよね。その結果両親は深く傷つくかもしれない。だから僕が生きていることは明かさないでおきたい」
「まぁ、レインがそう言うならいいんじゃない? それって当事者の問題であって、外からつっつく話じゃないよね」
僕の意図は伝わったようで、歯切れを悪くさせつつも納得してくれた。
ひと目だけ親の姿が見られれば、僕はそれで良かった。
これが最善の選択肢なのかはわからない。
答えを知らない事は、ここに居る全員が同じだった。
それから僕たちは下山して、西へと向かった。
ここまで来ると村まで目と鼻の先だ。
「あそこに村が見えるでしょ。あれがウェステンドの村だよ」
「草原や森に囲まれた、静かで良さそうな村ですね」
目にする光景は何一つ変わっていなかった。
十数年見守り続けた景色となんら変わりはない
それは村に着いてからも同様で、あらゆるものが記憶と一致した。
村を囲っている腐りかけた木の冊。
小さい頃に遊んで怪我をしてしまった古井戸。
家で叱られた後によく駆け込んだ、この村唯一の雑貨屋。
話好きのおばさんが経営する食堂。
数え上げればキリがない程、何もかもが懐かしく感じられた。
この村はまるで時間が止まっているかのようだ。
「レインさん。久しぶりの故郷ですが、どうですか?」
「嬉しさと寂しさの……半々かな。誰も僕に気づいてもらえないし」
見知った顔から声がかけられることはなかった。
依頼中の冒険者一行、くらいにしか思われてなさそうだ。
透明人間にでもなったらこんな気分になるだろう。
僕は1度死んでしまった人間なのだから、仕方がないのかもしれない。
「まずは、僕の家に向かってもいいかな? 時間は取らせないからさ」
「ここではオレたちに気遣いは無用だ。後に付いていくから、やりたいようにやってくれ」
グスタフの言葉が心強い。
村の人たちの反応に気後れしかけたけど、どうにか気をとり直すことが出来た。
そこから少しだけ歩いてたどり着いた。
村の端にひっそりとただずむ、古びた家に。
運命の日まで両親と住んでいた生家だ。
「あの家がご実家ですか。もしかして門の前にいる女性は……」
「……母さん」
見間違えるはずがない、自分の母親だった。
いくらかやつれて、不健康そうに見える。
辺りをしきりに見回しているのは、誰かを探しているんだろうか。
「レイン! レインなんだろう?!」
僕は自分の耳を疑った。
間違いなく母さんはそう言ったのだ。
そして僕だけを見据えて、必死の形相で駆け寄ってくる。
思い違いでも、聞き間違いでも無さそうだ。
「あぁ、良かった! 生きててくれて良かった! 母さんは信じてたよ。今も世界のどこかで生きてるって、ずっと信じてたんだよぉ」
母さんは嗚咽混じりに僕の胸の中で泣きじゃくった。
その姿に涙ぐんでしまうけど、同時にひとつの疑問が浮かび上がった。
ーーなぜ母さんは僕がわかった? 村の人は誰も気づかなかったのに。
いくら考えても、答えなんか見つからない。
取るべき態度を見失った僕は、母さんの震える肩に手を添えるくらいしか出来なかった。




