報告書D ショーコの想い
ーー通信が復旧したぞぉぉぉおッ!
フロアに野太い絶叫が上がった。
それに拍手と歓声が続く。
5営業日にも及んだ壮大な通信障害はようやく解決したらしい。
システムの連中に言わせれば、社史に残るレベルの事故だったとか。
そんな事はクソどうでもいい。
これを期にノー残業デーだった日々が終電デーに変わるのかと思うと、この世界を呪いたい衝動に襲われる。
「あぁ、ヤバイ……。ラスボスが5体に増えてる……」
「何よこれ、密林になってんじゃない! せっかく大草原を頑張って作ったのにぃー」
「うわわ! 中世レベルだった文明が近代化してる?!」
他の担当者のハコニワは大変な事になっているようだ。
障害直前の命令やデータが悪さをしているのだろう。
今回のトラブルはプラネット本体に『繋がらない』というだけの話であり、星の営みは着実に繰り返されていたらしい。
現地時間も止まっててくれたら楽だったろうに、と思う。
私のプラネットはというと、幸いにも特別なトラブルは起きていなかった。
「レイン君は無事なのかな……?」
全てのデータが切断直前で止まっていたため、彼の動きは追えていなかった。
画面は一行が王都に近づいた時点で止まっている。
国王に捕縛されて処刑……なんて事になってなきゃいいけど。
「なんだ、別の大陸に逃げたのね。良かったぁ」
レインに話しかけようかと思ったが、今は教会で真面目な話をしてるみたいだ。
後で暇を見つけた時に声掛けをするとしよう。
それにしてもみんな無事でよかった。
ここ最近か抱えていた肩の荷がスルンと落ちるようだ。
今日のカシューナッツ・ラテはさぞや美味な事だろう。
焙煎特有の香ばしい薫りに想いを馳せていたところ、デスクの電話が鳴った。
画面には『マネージャー』と表示されている。
私は4コール鳴るまで焦らしてから応答した。
「はい、なにかありましたか?」
「忙しいところ悪いんだが、私のデスクまで来てくれ」
「わかりました、すぐ向かいます」
通話解除のボタンを押してから、受話器をガタンと置いた。
一体何についてのお説教だろうか。
トイレに行く振りをしてカフェに行ってたことがバレた?
それとも電車遅延と偽って寝坊をごまかした事?
やべぇな、思い当たるフシしかねぇぞ……。
私は処刑場に赴く気分でマネージャーのもとへと向かった。
「所有者の変更……ですか?」
お説教でも吊し上げでもなかった。
ただの事務連絡だ。
なんだよビビらせやがって……。
そんな用件なら社内メールで言えよな。
「新しい所有者の情報はこれだ。手すきになったら上書きを頼む」
「わかりました。今日中に片付けます」
「あとこれは、大きな声じゃ言えない事なんだが」
マネージャーがズイと顔を寄せてきた。
間近で見ると眼力が一層凶悪なものになる。
私は思わず半歩後ずさってしまった。
「先日の通信トラブルは、どうやら外部からの攻撃らしい」
「えぇ? それは本当なんですか?」
「今のは非公式な見解だから、公言はするなよ。あくまでも注意喚起の話だ」
「はぁ、そうですか」
「何かしらデータを不正操作されている可能性もある。不可解な点があれば私に報告するように。行ってよし」
「わっかりましたー失礼しまーす」
あーおっかねぇ。
あの眼はヤバすぎる、戦場を知ってる人間のものだよ。
トイレの個室で『ママでちゅよー(はぁと)』なんてボイスメッセージを録音してた人間と同一人物だなんて思えない。
「さて、新しい所有者さんはっと。45歳のおじ様ねー」
前の所有者は14歳の少年だった。
そのせいかハコニワの造りも『剣と魔法のファンタジー』となっている。
ど真ん中ストレートのコッテコテというやつだ。
それを40代を折り返した人間が求めるというのは、少し違和感があった。
いや、別におじさんがファンタジーにハマっててもいいんだけどさ。
私もこういうの好きだし。
それでも嫌な予感というか、胸のしこりというか、言葉にできない不安に襲われてしまった。
「それでも、私に出来ることなんか何もないけどね」
ポチポチと詳細画面から所有者情報を上書きした。
あくまでも私はオペレーターであり、決定権なんか与えられていない。
上からの命令に『ノー』と言えるだけの権限はない。
さらに言えば断る為の根拠すら見つからないのだから、歯向かう意味すらないのだ。
「ええと、今後のスケジュールはと」
新しい所有者からの依頼に大きな変更点はなかった。
当初の予定通りに進めて欲しいとの事。
なので、システム部から用意されたファイルを実行することにした。
ハコニワの住民からしたら、私は悪の化身か何かに映るかもしれない。
「レイン君、頼むよ。頼りにしてるからね……」
現地時間で半年後。
一柱の邪神が誕生することになる。
あの世界の住民のうち、果たして何人が生き残れるのか……。
私の憂鬱な気分とは裏腹に、データファイルの実行が完了してしまった。




