第8話 パワーバランスの崩壊
失意の底に突き落とされた僕だけど、気を取り直して次の行動に移った。
先日訪れたダンジョンの攻略だ。
ここはボスのような大それたモノは居ないらしいから、攻略の基準がわかりにくいけども。
ともかく全エリア踏破できたらオッケーという事にしよう。
前回と同じように僕がアタッカー、オリヴィエが援護・照明係だ。
レベルも上がっているし、装備もマシになったせいか以前よりも順調だ。
回復も戦闘2回につき1度で済んでいる。
とげとげネズミだって複数出ても撃退出来たりと、自分の成長を実感できた。
それでも油断だけはしないように、ゆっくりと奥へ進んだ。
戦闘が楽になったからといって、迷子になったり、毒持ちの敵が出たりと、危険な要素は他にいくらでもあるからだ。
しばらく警戒しながら進むと、遠くに黒い塊が見えた。
魔物かとも思ったけど、どうやら人が倒れているようだ。
「オリヴィエさん、人が倒れている!」
「早く回復をしましょう。レインさんは水の準備を」
手早くヒールをかけて、口に少しだけ水を含ませてあげた。
意識が多少あるのか、吐き出す事もなく全て嚥下した。
倒れていたのは屈強な男だった。
装備も僕より良いし、何より強そうに見える。
腕の太さや腹筋の感じが同じ人間とは思えないほどだ。
こんな人でも行き倒れになるなんて、やっぱりダンジョンは怖いところだと思った。
「大丈夫ですか? 怪我は治しましたけれども」
「す、すまねぇが……何か食いモンを分けてくれ。金ならあるから、頼む」
「それは構わないよ、パンと干し肉でいいかな?」
「ああ、そいつはゴチソウだ。ありがとうよ」
そういって彼は10ディナも渡してくれた。
相場よりもずっと高い値段だ。
返そうとしたけど、命の恩人だからと言い突っ返された。
「ふぃーー、助かったぜ! まだオレはツキに見放されてなかったみてぇだ!」
「元気になってくれて何よりだよ。あ、僕はレイン。この子はオリヴィエって言うんだ」
「おっと、自己紹介もしてなかったな。オレはゴップ村のグスタフってんだ。よろしくな」
「ゴップ村ですか。ここからさほど離れてない、牧畜が有名な村ですね?」
「そうそう、羊や山羊の数が村人よりも多い村ってな!」
グスタフは高らかに笑った。
なんか豪快な人だけど、悪い印象は受けないな。
僕を見る目もおかしくないし。
2・3会話をしてから、オリヴィエはグスタフの上半身を指差しながら言った。
「グスタフさん、追い剥ぎにでも遭ったんでしょうか。上の装備が無くなってますよ」
「それ僕も気になってた。悪い奴がこの辺に潜んでるのかな?」
「いいや、オレはいつもこの格好だぜ?」
「え、この格好って。上半身裸ってことですか?」
え、本気で言ってる?
憔悴して錯乱してる訳じゃあ無さそうだ。
マジマジと彼を見ると、どう見ても上が裸と大差がない。
肘、肩、左胸には鉄らしき防具があるけど、他は剥き出しの皮膚だ。
突き出た胸板や8つに割れた腹筋が、これでもかと主張をしていて目のやり場に困る。
「可動部と急所以外に防御は不要! ついでに布も不要! それがグスタフの生き様ってヤツよ」
「すごいなぁ、マネはしたくないけど」
「もしレインさんがこうなっても、私は付いて行きますから」
「うん、そんな日はきっと来ないよ」
「レインって言ったな。お前のそのスタイルも悪くないが、男はやっぱり筋肉の鎧を頼るべきだ」
しまった、僕の今の見た目を失念していた。
考えてみれば、僕もそこまで大差ない格好なんだった。
こっちは主に腰回りが手薄なんだけどさ。
「なぁ、良かったらオレもアンタらの仲間に入れてくれねえか? 一人旅もさすがに限界だ」
「えっと、オリヴィエはどう思う?」
「私は異論はありません。ですが……」
「ですが?」
「レインさんとグスタフさんに挟まれた私は、世間からどう見えるのでしょう?」
上半身裸の男、ギリ陰部の男、そして聖職者。
……山賊に攫われた少女にしか見えない。
グスタフが参加することで、僕らのイメージが大きく偏ってしまうようだ。
元凶の僕が言うのもなんだけど、正直勘弁してほしい。
それでも執拗に食い下がるグスタフを拒みきれず、結局仲間に入れることとなった。
ちょっと変な人だけど、新しい馴染みが増えたことは素直に嬉しかった。
あれから奥へと進んだけど、すぐ様行き止まりにたどり着いた。
どうやらここが最深部らしい、何もなかったけど。
どこか肩透かしをくらったような気分のまま、街へと戻った。
グスタフが加わったことで街の人の眼が鋭くなった気がしたけど、やっぱりいつぞや程じゃない。
宿にも普通に泊まれてるし。
よほど前の状態が異常だったんだろう。
ちなみに借りたのは1部屋で、3人分のベッドのある広い部屋だ。
オリヴィエはこんな見た目の男2人と夜を明かせるなんて、肝が座っていると思う。
ちなみにグスタフには、許婚が故郷に居るらしい。
もう心底惚れきっているようで、他の女性が眼に入らないんだとか。
「エルザの話を聞きたいって? じゃあこれはオレが4歳の時の話だがな……」
うっかり婚約者の話を聞いたばっかりにエライ目に遭ってしまった。
延々とそして詳細なラブストーリーを聞かされて、僕はウンザリとしてしまった。
オリヴィエは眼を輝かせながら聞いてたけども。
グスタフが喋り終えたら拍手までしてたもの。
本当恋愛モノが好きなんだなぁ。
「だからオレに変な気を起こす理由も動機もねえぜ? 居ないモンだと思ってくれて構わないくらいだ」
「じゃあ、今まで通りでいっか? 2部屋取ると宿代も跳ね上がるし……、オリヴィエはいいかな?」
「ええ、構いません。レインさんの寝顔眺めたり、寝汗をクンカクンカできないのは苦痛ですから」
「そんなことしてないでしょ。してないよね? してないって言って、怖いから」
僕らのやり取りを聞いてグスタフが大笑いをした。
何がそんなに楽しいのか良くわからないんだけど。
こうして、僕らの旅は一層賑やかになっていくのだった。




