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配役の理お断り  作者: ヤマト〆
配役
2/26

配役①

店員のありがとうございました。や、いらっしゃいませ。にはどれ位の意味が込められているのだろう。

この街の名前はディスティニー。


その街の一角で、一人の少年は川に流れている鱗のようにびっしりと行儀よく並んでいる桜の花びらを、呆然と眺めていた。


彼の名前は金条臆人(きんじょう おくと)である。


臆人は、そんな春にしか見られない景色をじっと眺めた後、そっとカーテンを閉めた。


見慣れた木製の勉強机に、昔からある黒く四角いテレビ台。そして少し前に買って貰った薄型の32インチのテレビが傍で佇んでいる。


臆人は手近にあった本棚から一冊本を手に取って、一枚一枚読む事も無くめくっていく。


最近買った新発売の漫画は、殆ど読まないでただ買うだけ買って、読まずに本棚へと移される。


なら何故買っているかと言うと、半端な巻数で買うのを止めるのが嫌だからだ。


週刊誌を読むようになってから、先が分かっている単行本を買うのは無意味な気もするが、だからと言って買うのを止めるわけにもいかない。


だから読まない新刊がどんどん溜まっていくのだ。


けれど、もうこの続きの単行本をここに収める事は出来ないかもしれない。


何故なら__


「臆人?起きてるの? 起きてるなら早く朝ご飯食べちゃいなさい」


「あぁうん。分かった」


母親に生返事して、手に取った単行本を元の位置に戻す。そして一つ溜め息を吐いた。


今日、臆人はこの家を出て行くのだ。十六年間ずっと暮らしていたこの街を去るのは、少し寂しい気もする。


けれど、ずっと遠くに行く訳ではない。


ただ中心部に移動になるだけで、帰って来ようと思えば帰って来られる距離だ。


憧れの一人暮らし。親元を離れての生活は、不安と好奇心が半々になって心に住んでいる。


一人暮らしと言っても寮での生活なので、そこまで不安になる事は無いのだが、もしかすると不安な事は"そこ"では無いのかもしれない。


臆人はこの春、勇泉高等学校に入学することになっている。


この世界のヒーローを目指している優秀な子供達が集まる所謂名門校だ。


名門校__その名前に対して臆人は好きになれそうになかった。


けれど、入学してしまったものは仕方がない。


この世界には、入学したくても出来なかった子供達が大勢いるのだから、泣き言なんて言えないし、言ってはいけない。


「ちょっと何してるのよ臆人? 早くしないと入学式間に合わないわよ?」


中々降りて来ない臆人を見兼ねて、母親は再度臆人を呼びに来た。


「今降りるよ」


臆人は手に持っていた本を本棚に戻すと、母親と一緒に一階のリビングへと降りて行った。


母親の名前は金条(きんじょう) 桃子(ももこ)と言う。銀色に染まった髪を、少しウェーブさせながら肩まで下ろしている。


桃子の銀髪は臆人に遺伝した様で、臆人の髪も同じ銀色である。


この世界では珍しい色合いだ。


桃子は天然である。本人は気付いていないが、少し抜けている部分が有る。


だから、臆人はリビングのドアを開けた瞬間、溜め息を吐いた。


食卓が、最後の晩餐のように豪華なものになっていたからだ。


臆人はじろりと桃子を見る。


「ママ、張り切りすぎて作り過ぎちゃった」


語尾にてへぺろとか言ったらどうしようかと思ったが、そこは年齢を弁えているらしい。


弁えるのならば、十人で食べても食べ切れないであろうこの朝食の数々を弁えて欲しいものだが。


「こんなに食べれる訳無いじゃん……」


「お弁当もあるわよ!」


テーブルの上にあったお弁当を何故か見せ付けてくる。


「いや、そんなどうよ! みたいな感じで言われても反応に困る! しかも弁当箱持って帰って来れないし!」


「あっちで弁当箱使いなさいよ。自炊よ自炊」


「学食とか弁当とかで済ませるよ」


「あんたそれじゃ身体に悪いじゃない!」


「死にはしないから大丈夫だよ」


桃子はとんでもない心配性である。というか、お節介である。


臆人は席に着くと、一緒くたに並べられてる惣菜や主食の数々を見ながら、「いただきます」と言った。


「もう当分食べられないかもしれないから、味わって食べなさい」


「ん」


軽く返事をして取り敢えず手前にある惣菜を平らげていく。


何故か中央にカツ丼が置いてあるが、特に今日は勝つ用事は無いので、あれは手を付けなくて良い筈だ。


「莉愛も呼んだんだけど、来るかしらね? あの娘ったら呼んでも全然返事もしないし……まだ寝てるのかしら?」


莉愛とは、臆人の妹で、今年中学生になったばかりの思春期真っ盛りだ。


母親には良く反抗するが、周りの友達にはそうでも無いらしい。要は内弁慶だ。


臆人はそんな妹を遠巻きに見ているだけだ。触らぬ神に祟りなし。


だから臆人には殆ど被害が無い。その代わり、母親には結構凄い。


断っておくが、それは口だけであり、手は出していない。


だからこそ、臆人は見てるだけなのだ。口の争いに関しては、男は弱い。返り討ちにされるだけだ。


「まあ、見送りなんて別にしなくても良いし。ていうか、別に帰って来れない距離じゃないから、時々帰って来るだろうし」


「でもねぇ……」


まだ納得出来ない様子の桃子だが、臆人にとっては関係の無い事だ。


取り敢えず手前の朝食だけ片付けて、臆人は用意を始めた。


荷物は玄関に纏めてあるのでやる事は殆ど無いが、確認程度の事はしておく。


その時、軽やかにインターホンが鳴ったのに気付き、臆人は顔をしかめた。


「何だよもう来たのか」


臆人は確認を止めて着替える事にした。


「早く行きなさい。可愛い女の子を待たせちゃいけないわよ?」


桃子はにやけながら言う。


「可愛い……ねぇ」


そこに関しては何とも言えない所だ。


ぱぱっと着替えを済ませた臆人は、玄関へと移動する。


纏めてある荷物を持ち上げて、臆人は振り返った。


「んじゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


「行ってらー」


母親の声ともう一つ、上の階から声が届いた。


階段の方を向いても人影は無い。恐らく声に反応して上から声を掛けて来たのだろう。


そんな二人に見送られ、臆人は外へと歩き出した。




***




外へ出ると、左側から熱烈な視線が突き刺さって来る事に気付き、臆人はゾッとする。


恐る恐る左を振り向くと、インターホンの前で獲物を狙う鷹のように、鋭い目付きを向けてくる一人の少女が立っていた。


彼女の名前は雲野(くもの) (あかり)


紅く燃えるような髪色と瞳。どちらも自前のものらしい。


因みに臆人の瞳の色は黒である。


「何そこで突っ立ってんのよ! 早く来なさいよ!」


「いや……だって今にも飛び付いてきそうだし」


「猫とか犬じゃないんだから飛び付くわけないでしょ! 馬鹿なの?」


「じゃあ何だ?鷹か?」


「人間よ! 馬鹿な事言ってないで早く行くわよ! 入学式早々遅刻なんてごめんだし!」


明は捲したてるように喋ると、ふんと鼻を鳴らしながら、下ろした荷物を背負って、近くのキャリーケースの取っ手を伸ばして__


「あんた少し位持ってよ! 気が利かないわね!」


挙げ句の果てには怒鳴るという、清楚とは真逆のキレッキレの幼馴染だった。


そう、雲野 明は臆人と幼馴染である。


家が隣なので、必然的に良く会ってしまう二人は、中学校までは仲良し二人組だった。


小学校で男女が仲良くしてるとからかわれそうだが、明はそれを物ともしなかった。


何せ、男よりも身長の伸びが早く、男よりも力が有り、男よりも喧嘩が強く、男よりも態度がでかい。


そんな明がからかわれる事もなく、臆人と明は良く遊んだ。


だが、中学校に入ると流石にそうはいかない。


明よりも体格が良い男子が現れ、身長もどんどん高くなっていく。


一方の明は身長はストップし、力も弱くなり、何より女らしくなっていった。


女らしくというのは、性格ではなく身体の話だ。


明はモテるようになった。


元からハキハキして、男子とも冗談を言い合える位明るい性格なのも相まって、ちょっとしたアイドルになってしまった。


そうなってから、臆人は明と話し辛くなった。


臆人は、そんなに喋りが上手い方じゃない。寧ろ下手だ。


中学校に入ってから女子という存在が苦手になったし、ある事がきっかけで、少しの間休学したりもした。


だから、そんなに中学校は明るい学生生活では無かった。


そんな臆人に対して、明はいつも通りだった。


唯一違うのは、放課後臆人が一人になった所を狙ってやって来るのだ。


彼女なりの気遣いである。


そしてそのまま三年が過ぎて今に至るという訳だ。


因みに臆人と明の高校が一緒なのは偶々である。


臆人は明に行く高校を教えなかった。明も臆人に行く高校を教えなかった。


なのに、受験会場で会った時は、思わず二人で笑ってしまった。


そして二人共見事に合格したのだ。


運命? それはこの街の名前だけで充分である。


単なる偶然の産物だ。




***




二人は歩きながら駅を目指す。新幹線に乗る為だ。


「し!ん!か!ん!せ!ん! 私乗るの初めてなのよ!」


「まあ、俺もだ」


何にそんなはしゃぐ所があるのか分からないが、とにかく明は楽しみらしい。


だが、臆人はそんな明がこの後どうなってしまうのかを知っているので、頭が痛くなるだけなのだが。


新幹線は魔力によって動かされている。


少し前までは電気やら蒸気やらで動いていたのだが、近年の高度経済成長により、あっという間に魔力で動く新幹線に早変わりした。


魔力というのは、人間に備わっている実体を持たない力で、その実態も完全には明らかになっていない未知の力だ。


この力が一体何で、何の為に存在しているのかなんて臆人は知らないし、知る気もない。


とは言え、人間というのはそれが便利であれば使おうとする習性がある。


戦乱期は魔力を駆使し、人々を殺す道具や武器を造り続けていたらしいが、最近は物騒な事件があまり無いので、こうして工業や産業に運用されている次第である。


各いう臆人も、魔力は便利に使用している。と言うより、魔力で行使出来る"魔法"を使ってると言った方が正しい。


魔法は実害が無い。強いて言うなら、使い過ぎると動けなくなる位だ。


それだって、一時間程すれば動けるようにはなる。回復するのにはもう少し時間が必要ではあるが、その程度だ。死にはしない。


この世界は、利便性の高いものが次から次へと湧いてくる。


つい最近では、電気と魔力を組み合わせた新システムの新幹線が完成したらしい。


この新幹線の特徴は揺れが全く無いという噂だ。是非とも一度は乗ってみたいものだ。


恐らく乗り物に弱い人でも乗れる事だろう。


「うわぁ! 格好良いわね!」


明は、ホームに止められている青と白のペイントで彩られた新幹線を見て、より一層はしゃいでいる。


「さぁ、早く乗るわよ!」


手続きを済ませて、手早く空いてる席に座る。


明は窓側の席に座った。


「……後悔するなよ」


「何が?」


その言葉と同時に、新幹線は動き始めた。


すると、明の顔がみるみる内に青ざめる。


「はしゃげば何とかなるかと思ったけど、どうやらダメみたいね。不覚だわ」


「良いから寝とけよ。吐いたりしたら迷惑だろうが」


「うっさいわね……私はこの日をどれほど待ち望んでいたか、あんたには分からないでしょ。

ほら、お菓子だってこんなに持って来たのよ……食べるしか無いでしょ……うぷ……うげぇ」


「ええい! 女子が変な声を上げるな! 寝ろ! 菓子は俺が全部食う!!」


臆人は明からお菓子を取り上げて、口に放り込んだ。


「私のジャガ子とジャガ男が……!」


「菓子に名前を付けるな!」


「うぐぐ……覚えてなさいよ臆人。この怨みは末代まで続くと……思い……なさ……い」


どうやら気持ち悪さが明の意識を刈り取っているようで、段々と大人しくなっていった。


何だか餌を食べれなくてシュンとした犬のようだった。


臆人はふと窓の景色を見た。


風景が飛ぶように流れていき、残像のように通り過ぎて行く。


田んぼや畑ばかりだった光景が、工場や建物などが跋扈する光景に移り変わって行く。


臆人の原風景は、どうやらここまでのようだ。


「あんたさぁ……良いのこれで?」


大人しく寝ていたと思っていた明が、小さく呟いた。


「……別に良いも何もねぇよ」


臆人は短く答えた。


「なら良いんだけどね」


この言葉を最後に、明は終始喋らなかった。


この会話の意味を、臆人は分かったつもりでそう答えた。


"あんたはこのままヒーロー科に進んでいいの?"


きっと明はそう言いたかったのだろう。


ヒーロー科とは、ヒーローを学ぶ為の、ヒーローになる為には必ず通らなければならない教育学科だ。


ヒーローになる為の知識、ヒーローになった上でどう生きていくか、どうすれば有名になれるか、どうすればヒーローになれるのかを全て教えてくれる学科だ。


謂わば、ヒーローへの近道になる学校だ。


「近道ねぇ……」


近道なんかねぇってばよ、と言えたらどんなに楽な事だっただろうか。


この学校に通う事で、ヒーローへの近道になるのは確実であり、必然だ。


ヒーロー科の学校に通い、ヒーロー科の学校を卒業し、良いギルドに入る事こそが良い人生だと、ある有名な人はそうも言った。


良い人生とはそんな事なのかと、もしその有名な人が生きているなら問いたい。


その瞬間、忌まわしい記憶が脳を掠めた。


天井から吊るされたロープ。ギシギシと軋む音。人の影。人の匂い。輪っか。黒髪。だらりと垂れた手。生気のない__。


「__!」


臆人は顔を歪めたまま、隣を振り向いた。


明は気持ちよさそうに寝ていた。先程とは大違いである。


取りあえず冷や汗を拭うと、臆人もまた一眠りする事にした。


暫し目を瞑り、視界が真っ暗に染まる。


臆人の意識は闇に消えた。


そして、その時に夢を見た。


ある男が懸命に、身を粉にして少年を助け、そのまま笑いながら飛び去っていく姿を。


その男は名乗ることもせず、次の助けを求める人々に駆け寄っていくのだ。


そんな、温かな風景。


彼はひたすらに笑っていた。








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