ケモノ達の奇夜
これまで、うっとりと鏡の中の自分を見つめた経験はあまりない。
しかし先日、友人から譲り受けた衣装には時間を忘れさせる魅力が詰まっていた。
頭部からくるぶしまでを隙間なく覆う、柔らかかつ自然な風合いの灰色の人造被毛。
凛々しく頭上を飾る三角耳、薄く開いた大顎に並ぶ鋭い牙と、ちょこんと覗く舌先の愛嬌。
やや大げさな造形ながらしっかりと取りつけられた黒い爪、そしてリアルな肉球が嬉しいふわふわグローブともこもこシューズ。
底光りする琥珀色の眼球はじっさい暗闇での発光機能付きで、見る者の心をときめかせる迫力の完成度である。
ねだられればお菓子を用意する程度、そんな消極的在り方を覆すときが訪れたのだ。
いつもいつも、驚かされ振り回される側でいる必要があるだろうか?
来たるハロウィンの夜、私は狼人間〈ワーウルフ〉と化し、容赦なく恐怖を振り撒いてみせよう。
「トリック・アンド・トリート!!」
「うっわ!あ~……ノルさんでもそういうコトするんだねぇ」
「ご協力感謝しますルークさん。ではお菓子をどうぞ」
「自己完結!?ええっと、ありがとうゴザイマス」
「お邪魔しました、それでは良い夜を」
「ああ、部屋の並びでオレが一番なのか。もうちょっと様子見ててイイ?」
「もちろんです。でも、静かにしていてくださいね?」
頷いて唇の前に指を立ててみせると、狼さんはふわんとした尻尾を揺らしながらフィンの部屋へむかった。
菓子を詰めこんだ肩掛けのポーチも背中側にまわされて、一応隠してるつもりらしい。
持ったままの自分の袋を見下ろすと、端に小さく頭文字が書かれていた。
ポーチの菓子袋も色がばらばらだし、個人の好みに合わせて中身を選ぶなんて面倒臭いことも、この人ならやるのかなぁ?
なら中身は高確率でチョコレート、このまま持ってたんじゃ溶けるってコト。
でも珍しい行動をとるノルさんから目を離すのも惜しい、なんて留まってたのは大正解。
声はかけず、扉をノックしようとしていた狼さんが動きを止めた。
そのままこっちに振り返って、顔の横で両手の爪を振りかざした、威嚇のポーズ。
三秒後に、今度は両腕を頭上に振り上げた、襲撃のポーズを決めてくれた。
どっちもグッときたから音をたてないように拍手した、なのにちょっとうなだれて扉に向き直るとか何なの、何のサービス?
実はこの人、オレらの情緒面を矯正すべく派遣されてきた、特殊工作員じゃないかとたま~に思う。
じゃなきゃ、入れ込みすぎて頭おかしくさせるために送りこまれたスパイとか?
ま、居てくれるなら別にどっちでもイイんだけど。
うろつく気配に気付いているはずのフィンも、空気を読んでいるのか出て来ない。
脅かす気満々の彼女のためにイイ芝居見せてくれって期待と不安で、見てるこっちが緊張する。
ノックは二度、一秒置いてゆっくり扉が開いて。
「トリック・アンド・トリート!!」
「……こんばんはノルさん、素敵な毛皮だ。シンリンオオカミだろうか?真っ白な牙が良く映えるな」
「…………ありがとうございます。あの、触ってみますか?」
「構わなければ」
待てちょっと、それ上手いコトやりすぎだろっ!?
でも女の人だもんなぁ、衣装を褒めるって手もありなのか……覚えとこう。
しばらく両耳をいじらせたあと、狼さんは緑色の袋をフィンに渡し次の部屋へ移動、でもそこの住人のワイゼンとついでに熊オヤジは今日はいない。
見ていると、ノルさん専用の伝言板に短い言葉を書きつけて裏返し、菓子袋もリボンを引っかけてそこに置いてくらしい。
「オレ来年も休みがいいなぁ。ノルさんの仮装見損なったうえ手渡しすらされないとか、哀しすぎる」
「そうだな。不運な奴らには克明にたっぷりと説明を垂れてやろう」
「当然!特にワイゼンだ、いつも偽情報でさんざん踊らされてるし」
「ああ。しかしあの衣装……もう少しノルさん的な部分の露出が欲しいな」
「どこ見たかったんだよこのムッツリ」
「否定はしない。だが秘匿によって燃える男の想像力にも限界はある。輪郭すら出ないのは問題だろう」
「…………あんたノルさんにナニ期待してんの?」
「お前は何も期待しないのか?」
たたみかけてくるムッツリによって、あぶなくイケナイ妄想世界に送りこまれるところだった。
それでもノックの音に意識をもどすと、今回は襲撃のポーズでキメた狼さんの姿。
そしてガチガチカシャカシャと、何重もの鍵や防犯装置の解除音だけを響かせていっこうに開かない扉。
間の悪い展開に息を潜めて見守る先で、振り上げた腕もすっと伸ばした小さな背中も、びくともさせずに毅然と立ちはだかる狼さん。
そのまま一分ちょい、ようやく重々しい扉が開いて異臭とともに現れたセトは、不機嫌そうな表情を一瞬で改めた。
「トリック・アンド・トリート!!」
「ノルさん……その格好は?」
「今夜はハロウィンですから。それではお菓子をどうぞ」
「あ、ありがとう。そっか、ハロウィン……なんだろう?よく解らないけど、胸がドキドキする」
「驚いて頂けましたか?」
「驚いたのとは、ちょっと違うような……――?」
「では恐怖でしょうか。本望です」
「分からない……これも怖いって気持ちなのかな?」
いつになく混乱した様子で気色悪いほどしおらしいセトの右手を、責任を感じたらしい狼さんが肉球クッションでつつむ。
おっと、コレもうらやましい。
ノルさんの方から触れられるのは貴重な経験だ、大人しい彼女は普段感情をスキンシップで表したりしないから。
自然とオレ達も必要最低限の接触でガマンするようになった、まあ、いくつか例外はあっても。
……ちぇっ、フツーに驚いたオレの対応って実は一番損してないか?ちくしょう、セトの笑顔がムカつく。
「ありがとう、貴重な体験だった。いいねハロウィン、僕も来年は参加するよ」
「そうですか、楽しみにしていますね」
なぜか穏やかに答えているノルさんに違和感を感じてフィンに目を合わせると、眉をひそめた奴もゆっくりと首を振った。
そのままセトも加わりたむろする男三人で、非日常を楽しむ興奮を動きの端々に滲ませ、踊るような足どりの狼さんを鑑賞する。
ベルトランの伝言板に紫色の袋を下げて、いよいよ今夜最後の獲物を狙う狼さん。
肩幅に開いた足、自然体でありながらも素早くポーズに移れるほどよい集中力を残し、ノックを。
今度の扉はなめらかに開いたものの、出てきたレイスさんの表情がヤバかった。
――ゾワッと嫌な疼きを知覚、同時に隣でも息を呑む音。
威嚇のポーズを取っていた狼さんを、つむじからつま先まで冷ややかに見下したレイスさんは。
そのまま無造作に両腕を一握りにして、萎縮した狼さんを部屋に引きずりこんだ。
くぐもった悲鳴も扉で断ち切る、二秒足らずの早業で。
「っ~~それだっ!!そうかっ、あの動悸はそういうことか!可愛い、この相手を自分の領域に引き込んで思う存分弄り倒したい、その欲求が脈拍の高進を促したに違いないんだっ、ははっ……納得だ、すっきりしたよ!!」
「うるさいんだよメガネっ、今の見て言うことがソレか!?なんだよあの人サイテーだ!!」
「ああ、あれは無いな。ノルさんをどうする気なんだ?…………扉は通電してるな、防御機構が作動中だ」
「邪魔するなって?上等だね」
「黙りなさい君達、そう殺気立たなくても大丈夫です」
ひらめきが一段落したのか、急に冷徹な表情を見せるセトがめちゃめちゃ鬱陶しい。
でも、理由もなく断言する奴でもないので反論はしない、とにかく時間が惜しかった。
「なぜそう言い切れる?ノルさんの愛らしい姿につい理性が飛んだのかもしれない」
「彼の理性は元々乏しいんです、知っているでしょう?しかしノルさんに関しては冷静であろう、より良い雇主であろうと努力している……フシもありました。今回は夜間無防備に野郎どもの巣を訪れたことに対する苛立ちと、予想外かつ新鮮な姿への興奮に自分を見失ったようですが」
「それを見失ったら人間終わりだろう」
「いいんです。本性剥き出しのレイスさん、それは女性にはさぞかし横暴かつ粗暴な生き物でしょう。密室に二人きりとなれば当然怯えます。もしかしたら泣くかもしれません。打ちのめされたレイスさんは籠城を解かざるをえない、なぜなら彼には女性を慰める才能が絶望的に欠けているからです。そんなもの僕にもないですが」
「このバカ!!だからそうなる前に止めるんだよっ、怖い思いするのは“誰か”じゃなくてノルさんなんだぞ!」
「しかし物理的に扉を破るより、必然の結果に落ち着く方が早い。この僕が手がけた防御機構ですよ?」
「こう言った方が分かりやすいのか?……『私の窮地を指一本動かさず見過ごしたセトさんには、失望しました』」
静かに喋り始めたフィンが、急に知らない奴に見えた。
声音はともかく発音や抑揚が、不気味なほどノルさんにそっくりだったから。
「『セトさんなんて大嫌いです。もう顔も見たくありません』……んンッ、ちなみに今のはノルさんの声真似だ」
「言わなくても分かるからっ、上手いねあんた!?」
「わかった!わかったよ……電源を全部落とす。予備電源に切り替わるまで三秒空くから、その隙を狙おう」
「期待している。いや、今はこう言うべきか……『信じてます、セトさん。早く助けて下さいね』」
「よしっ、頑張るよノルさん!!」
「どうしたんだよ眼鏡っ!?ノルさんこんな太い声じゃないし!こんな心エグる言い方しないし!!」
もはや何も聞こえない勢いで、地下の制御室目指して走り去るセト。
なんだよそのカモられっぷりは!頭イイのだけが取り柄なんだろ!?
「邪魔をするなルーク。非常事態に手段を選ぶ必要はない」
「…………もしかして、けっこう怒ってんの?」
「同じものを見ただろう。わざわざ聞くな」
見てわかんないから聞いてるんだろこの絶滅表情筋が。
規則正しく打つ靴先に気付いてしまえば、コレでも動揺してんだろうけど。
しっかし……オレの中では、セトの印象は悪魔の一言だった。
ろくに悪意もないくせに、やる事なすこと周囲を引っ掻き回して混乱させて、何がどうなっても興味ない奴。
目も眩む性能の発明品をポンと飴代わりに投げ出して、欲と打算に煮詰まりながらドロドロの駆け引きを繰り広げる周囲を、蟻みたいに観察する。
そんな、暴力特化のオレとは異質のタチの悪さをわりと警戒してたのに、その悪魔を御せる人間ってさらに得体が知れないだろ。
「…………妙な目で見るな。ノルさんは俺達みんなの弱点だろう、そこを突いただけだ」
「そうかもしれないけど。見る目変わるわー……」
「俺も変わったな。お前は獣性ばかり強い、レイスの上をいくケダモノかと思っていた。ノルさんが来るまでな」
「冗談、あそこまで酷くなかったね」
「なら、揉める時以外でまともに住人と口をきいた記憶があるのか?」
幾らかはあるんだろうけど、思い出せないなら無いも同じか。
うわぁー、あの人と同類に見られてたとかけっこう凹む――。
「おいっ扉が開く!セトの仕業じゃなさそうだが――」
「――つまりノルさんが泣かされたってこと?」
たしかに、扉の目立たない位置に灯る警告ランプがいつのまにか消えていた。
その両側の壁に背を預けて二人で様子を探る、出てくるのがノルさんならそのまま保護、揉めてるようなら侵入して奪取。
間を置かずに扉が勢いよく開いて、灰色の毛皮が歩み出た。
デカイと、思うと同時にねじ伏せた気がする。
素手の近接格闘の間合いでオレが勝てないのは生きてて二人、その中にこの人は入ってない。
「おっさん何してんの、ねぇ?ソレ着たノルさんあんなに楽しそうだったのに……ひっぺがしたワケ?」
「少し緩めてやれルーク、喉が潰れては話も聞けない」
わずかに見える喉の皮膚は充血で真っ赤だけど、狼の被りものが邪魔して苦しむツラがおがめない。
もう少しだけなら砕かずにイケる、チラッとあの世を見せるぐらいイイよな?
なのに圧を強めたとたんフィンの蹴りが来た、逆らわずに身体を傾けながら、腕で絡め取る。
そのまま引き倒して極めて――軽く壊しときゃもう、邪魔されない。
と思ったのにナニこの腕うざい、何なんだよどいつもこいつも!!
「やめろ、ルーク。相手は、俺だ」
「ホント体力化物並だな!待ってろ、後でたっぷり相手してやるよ!!」
「だからお前はいつまでたっても凶器扱いなんだっ、第一の目的はノルさんの保護だろう!」
「中だ……泣いている」
ふっと、膝を抱えて縮こまるノルさんの姿がのぼせた頭に浮かんだから。
抱え込んだままだった足を解くと、レイスの腕もゆるみ、ついで不機嫌なフィンに野良犬みたいに蹴り払われた。
あ~、やらかした……また根に持たれるんだろうなぁ、いつまでも。
「あ~ぁ……ったく、どの口で言ってんの?泣かしたの間違いだろ図々しいっ!」
「確かに手段は誤った。しかし、教えたかったんだ!こんな男の気をそそるような、中身を確かめたくなるようなけしからん衣装を着ては危ないんだと!!」
柄にもなく感情的になるおっさんは気持ち悪かったけど、言いたいことは理解できた。
「そりゃ……オレだってあの格好で外に出てほしくないとは思うけど」
「待て、あの格好とはつまり全身を包む着ぐるみだろう。中がノルさんだと知らなければお前達にはどう見える?女だとしても年齢は曖昧だし、華奢なら少年でも着用可能、しかも仮装の珍しくないハロウィンの夜だぞ?ノルさんだけが特に狙われる理由はない」
実際見てみろと、フィンが冷めた顔で顎をしゃくる。
「その状態でも、その着ぐるみにそそられるか?」
体格の違いで狼頭だけを防具よろしく装着し、残りはマントのように背中に流したレイスさんは。
原始狩猟生活送ってます、今狩りに向かいますという雰囲気で、急に毛皮が本物に見えて、きつい獣臭まで嗅ぎとれそうだった。
これはこれで似合ってる、むしろ似合いすぎてそれ以外の着衣が浮いてる。
けど誰が見ても、そそられるのは警戒心だけだ。
「そしてレイスさん、あんたが無作為に襲うなら全身着ぐるみの女か?それともごく普通の服装の女か?手間を考えれば答えを聞くまでもないとは思うがな」
吐き捨てたフィンが、反論できないレイスさんに背を向けて閉じた扉に手をかけた。
そして部屋に入ろうってタイミングで全ての電源が強制的に落とされて、真っ暗になった部屋の中からノルさんの怯えた喘ぎが聞こえた。
今度こそセトが“頑張った”らしい。
ついでにヤってやろうかあのメガネ、状況確認してから行動しろよな!!
「……寒くないノルさん?そんな格好で帰してごめんね」
「大丈夫ですよ、それにすぐに着きますから」
眼鏡に怒鳴り込んで電源を回復し、やっと灯った明かりに照らされたノルさんは、幸い泣いてもいなかったしすっ裸でもなかった。
でも着ぐるみが暖かかったせいだろう、夏場でも見たことない透けるような薄っいシャツとスパッツのみという姿に、全員言葉を失った。
このままでは視覚的にも気候的にもマズイのは理解していても、レイスさんの脂汗その他が染みついた着ぐるみを着せるのもなんかヤだ。
かといって男物の、ぶかぶかな服を着せてもろくな結果にならないのは目に見えていた。
『素晴らしいなハロウィン。鎖骨、二の腕、生足まで……』
とかぼそっと口走ったのが、その場でいち早く紳士的に顔を逸らしたフィンだったあたり、ホントろくでもない。
心細そうなノルさんと目があったから、その辺から適当に剥いだ上掛けを巻きつけて、抱えるように連れ出して来たけど……。
他に何を言っていいのかも分からず黙りこむと、ノルさんもそれ以上口を開かず、軽くゆっくりとした彼女の足音だけが響く。
ワイゼンか熊オヤジ、やっぱどっちか居てくれれば良かったなぁ……口の立つあいつらなら今だってうまく慰められただろうに。
「その、嫌だったら答えないでね。部屋に連れ込まれてからナニがあったのか……聞いてもいい?」
「何かというほどでも……自分が浮かれた行動をとっている自覚は薄々あったんですが、あそこまでレイスさんの気に障るとは予想外でした。事前にきちんと許可を取っておけば良かったですね。それでも、無言で身ぐるみ剥がすのはどうかと思いましたが」
「……それが怖くて泣いたの?まあ、あんな威圧的なおっさんが襲いかかって来たらオレもひくけど」
「いえ、泣いてはいませんよ本当に。忠告は受けましたが、そこまで強い言葉も掛けられませんでしたし」
「でもレイスさんは、泣いてるように見えたって。あの人は基本嘘つかないし観察力も確かだ。あ~……ノルさん絡みでなきゃ、だけど」
「ひどく落ち込んだ瞬間はありましたから、そう見えたのではないしょうか」
足を止めたノルさんが、遠い目をして星が光る夜空を見上げる。
大事そうに腕に抱えられた狼皮も、せっかくだからって点灯された両目のライトがビカビカ光り輝いててもう、何とも言えない。
「論より証拠だとレイスさんがこれを被られたとき、圧倒されてしまいました。私ではこの衣装の本当の魅力を引き出せていなかったんですね。レイスさんが纏った瞬間はまるで剥製のような凄味があったのに……打ちのめされる思いでした」
「ははは、ちょっとイミ分かんない」
「身の程を知るのは大切なことです。私にはこの衣装も、賑やかなイベントも不相応だったんですね。結局今夜も驚かされる側でした……来年は静かに過ごします」
「あの人が特殊なだけだって!!えっ、もうやらないの?今日ので最後!?」
黙って頷いて、また離れへと歩き出すノルさんは、寂しそうな様子と相まっていつもよりずっと小さく見えた。
ワイゼン達ほど上手くは言えなくても、ここで彼女を落ち込ませたまま返したら、レイスさんと同じくらい自分のことも許せなくなる。
……初めて仕事に関係なく、自分の時間を潰してまでオレ達と遊んでくれたのに、こんな結果で終わっちゃダメだ。
「オレはソレ着てるノルさん、すっげえ可愛いと思った。他の奴らもそうだし、レイスさんだってだから注意したんだ。あんまり似合ってたから心配したんだよ?」
軽く受け流される覚悟もしてたけど、ノルさんは目を合わせて聞いてくれて、最後に嬉しそうに微笑んでくれた。
「ありがとうございます。そうでしたね、簡単に諦めてはまた怒られてしまいますね。いつかは私もレイスさんのように、生皮っぽく着こなして見せます」
「それはムリ。絶っっ対ムリ。生まれ変わっても無理だから早めに諦めて」
「えっ……?」
「……そんな顔されても。そんな白々しい嘘吐けないよ」
「……そんなっ……!」
「待ってノルさん前見て前!そんなふざけた靴でよろよろ歩くとっ……うわぁあ!?」
笑顔も真顔も悲壮な表情も、克明に照らし出す狼ライトが恨めしい。
それでも他にどう言えば良かったかわからないオレは、人生経験が足りないんだろう。
もう早くノルさん送り届けて、レイスさんと第28回殴り殴られ反省会を開催しよう。
「なあ、本当にその夜の映像は残ってないのか?隠し持ってるわけじゃないよな?」
「しつこいよゼン、無いものは無い。僕は繊細なんだ、ノルさんの助けになれなかった、嫌われたんだと思ったら映像なんか……っ」
「一皮剥けちゃった姿も?」
「無いよ。今忙しいから邪魔しないでほしい」
素っ気なく閉ざされたセトの部屋の扉に両手をついて項垂れるワイゼン、任務が長引いたらしくて帰還はあの夜から一週間後だった。
情報収集能力が生死を分ける職についているからだろう、こいつはいろんな伝手を持つ地獄耳だ。
だからこういう“仲間はずれ”が大嫌いだし、望む情報が手に入らないともの凄いストレスを受けるらしい。
「……何見てんだよ、あぁ?」
「えっ?負け犬かな」
「…………っ!」
「マジかよ言い返さないの!?」
…………そこまでショックか。
フィンと二人がかりで自慢してやったとき余裕かましてたのは、絶対セトが記録してると思ってたからなんだな。
「…………ま、無いモンは仕方ないよな。なら来年だ、目にもの見せて……いや観てやるぜ。ノルさんにはナニ着てもらおうかなぁ……?」
「ノルさんは狼がお気に入りだから、来年もたぶんソレだと思うけど?」
「バーカ、一晩一着って決まりはねぇよ。うっかり衣装にゴキブリが這いこんだりしたら……着替えなきゃなあ?ハハッ」
――セトとは、また別種の悪魔を見てしまった。
「ハロウィンか。これはうちにも定着するだろうな……嫌な予感がする」
「やっぱりそう思うか?限度を知らないうえに技術力は馬鹿高いメガネ、物理的脅威かつ思考も壊れ気味のレイスさん、心理的な弱みを突くのが大好きなワイゼン、あいつらの総がかりとか…………オレがノルさんならもう、家帰らない」
「しかしだ。考えてみたんだが、そもそも何故ノルさんはこのイベントにだけ反応した?」
「そりゃ、衣装が気に入ったから?」
「それだけだろうか?ノルさんは、言わば歩く中立地帯だ。誰もが彼女の傍では口調や行動を改め、身を慎んで無害な人物を演出する」
「いや熊オヤジはワリと素だろ、この間もノルさんのほっそい首掴んで部屋から摘み出してたし。居間で寝入ってるオヤジが悪いんだけどなっ!」
「俺やお前が同じ事をしたら蹴り出されるだろう、やはり差はあるんだ。平穏無事な日々を送るノルさんは……少し、刺激が欲しかったのかもしれない」
「し、刺激?」
「そうなると、傍観が正解とは限らない。しょせん一夜限りの騒ぎなら、俺達もいっそ……――」
「刺激ねぇ……――」
不穏なモノを漂わせつつ、落ちる沈黙。
その会話をあまさず聴きとれる距離、扉一枚を挟んだ廊下をのっそりと過ぎゆく人影。
このままでは来年、阿鼻叫喚の地獄絵図がノルを呑みこむのは明白だったが、眠気が勝ったのか、彼もまた拗ねていたのか。
半眼のベルトランは、ただ静かに歩み去っていった。
本作はゲストa氏より頂いたお話です。許可をもらいrikiが投稿しております。