悪役令嬢による逆ハー攻略おめでとうございます。そして開けてはいけないルートの開幕ご愁傷様です。
設定が甘いのは御容赦を。こういうのは読むの専門で書くつもりはなかったのですが、探すのも大変そうだし出て来たから出しちゃえと安易な考えからのものです。
2016.5.1追記 感想、評価、ブックマークありがとうございます。
2016.5.22追記 設定、詳細組みまして本日ぷち連載として投稿致しました。続きを見てあげてもよろしくてよ、な御方がおられましたならばどうぞ。
タイトルはそのままで(ぷち連載版)がついただけです。
『看護の白百合』という乙女向けのゲームがある。
世界観は剣と魔法、お城に王子、貴族様といったよくあるものを想像して頂ければ凡そは御理解頂けると思う。
攻略対象は王子様に未来の優秀な騎士候補、魔法使いと貴族出身に平民階級の医師見習い、奴隷から貴族の従者になった執事とまあ、格差社会の定番といったところだ。
主人公は平民で幼い頃に両親を亡くして孤児院で育った明るい少女。多少美人であること以外特筆して優れた技能のない平凡な子だったのが、ある日突然珍しい治癒魔法に目覚めちゃってあら大変。
あれよあれよと貴族の養子にとられ王侯貴族の坊ちゃんお嬢ちゃんが通う学園へと放り込まれてさあ大変。
慣れない環境に戸惑い、平民と侮られ虐められることにもめげずに頑張って、時々トラウマ持ちの攻略対象といちゃいちゃしてめでたくゴールインできればエンディング。そんなゲーム。
そんなゲームなんだけれど……、その主人公役として生を受けた私の立ち位置に、どういう訳なのか全てのルートで共通して出て来るお邪魔虫要員、俗にいう悪役令嬢がいらっしゃる。
そして迎えたゲームのエンディングは、全ての攻略対象に愛を囁かれる通称逆ハーレムエンド。
正直個人的に好ましくない趣向なので軽蔑を込めて節操なしエンドと呼ばせて頂きたい。
そんなエンディングにたどり着いてしまったのが、本来主人公を子供っぽいものからそれはどうかと思うレベルの幅の広い様々な方法で苛め抜き、最終的に物語から排除されてしまう悪役令嬢のお嬢様。
この展開は流石に予想の範疇外。いやはやどうしていいものか。
悪役令嬢と呼ばれる立ち位置だけあって権力と家格のある御貴族のお嬢様は釣り目がちのややきつい印象を与える一応美人。そんなお嬢様のことについて記憶を掘り出してみる。
行きたくもないし入りたくもない面倒しかないとわかっている学園に、貴族の養子になって通えば育った孤児院に寄付してやると言われたら、恩義があるのだから嫌でも行くしかないですよねと、渋々養子縁組をして最低限のマナーを叩きこまれ、泣く泣く学園に通うことなったその日、初めて悪役令嬢に出会った時の意外過ぎる衝撃は忘れられない。
途中入学とか編入ではない時期の入学でも見慣れぬものがいれば目につくのが若い時から社交界デビューしている貴族世界の住民たち。
おかげで大して家格が高くない貴族の養子である私はある種の異端者として悪目立ち。
ちらちら視線は寄越しても誰も声はかけないぼっち環境が初日に完成。不遇過ぎて笑える。
そんなげんなり入学初日、ベタにハンカチを落として風の悪戯メインヒーローに拾われて珍しい治癒魔法の持ち主かと認識される最初のイベント。出会いイベントなのですが、ハンカチを拾ってくれたのは何故かメインヒーローの傍らに立っていた悪役令嬢様でした、と。
親しく見える様にと笑顔を浮かべたのかもしれないが、初っ端のイベントを潰した上でこちらの反応を窺う……奇妙な期待と好奇心に満ちたおかしな空気を醸し出している明らかにゲームの悪役令嬢と異なる様子のお嬢様の視線に予感はしていた。
そしてその後の各種恋愛発展に不可欠なイベントを主人公の代わりにこなしている姿を見て確信した。
このお嬢様、間違いなく『看護の白百合』を知っている所謂転生者とかいう奴だ、と。
まあ、別になにお前が主人公面して物語を引っ掻き回してんだよとか文句を言うつもりはまったくもってございません。主人公の見た目と名前で生を受けたものの、物語通りに事を運ぶ気は更々なく、主人公の立ち位置が必要なのでしたら熨斗つけて差し上げますむしろ助かりますと喜ぶ私をきっと彼女は知らない。
そして、何より重要な『看護の白百合』の世界を彼女は知らないのだろう。
だから、今後は学院へ進むのか社交界で輝くのかを選ぶ学園の卒業という物語のエンディングを迎えたこの時に、主人公の役に成り代わった悪役令嬢に告げておきたい。
「主人公に成り代わっての逆ハーエンドおめでとうございます」
自分だけでなく主人公役の私も転生者であると知らなかったらしく「は?」「え?」とただ戸惑っている悪役令嬢に今後を知る私からのささやかな贈り物です。
「そして恐怖の十八禁『姦獄の白百合』開幕ご愁傷様です」
「え?」とさっきから目を点にしてそれしか口にしない悪役令嬢に、内心でたっぷり哀れみながらネタばらしをしてしんぜよう。
悪役令嬢ことマルティナ嬢、良く聞いておくといい。
「マルティナ様、あなたはココが看護の白百合という所謂乙女ゲーの世界とご存じでしょう?」
むしろそうでなければこの逆ハーエンドは無理だ。
攻略対象者全員を「君がいなければ駄目なんだ」の好感度まで持って行く必要があり、それを実現するためにはランダムで発生する会話イベントを一人につき三度発生させ、それによって発生する好感度大幅アップイベントをこなさなくてはならない。それを五人分である。その労力は凄まじい。
ゲームではリセマラが出来るが、ココは下敷きがゲーム世界とはいえリセット出来ない現実だ。
いま何処で誰が何をしているのかをそれこそストーカー並みの執念で追いかける異常な熱意が必須だろう。
これを何の小細工も努力もなく引き起こせたのだとすれば、天の采配、即ちこの世界の神様がそれを望んだのか、もしくは遺伝子レベルの節操なしだ。間違いない。
それ以外の可能性であり得そうなのは、怪我をすれば痛いし血も出る、死に別れる人だっているこの現実をリセット出来るゲームと勘違いしている頭パッパラパーだと思う。
個人的には「世界は自分を中心に回っている!」とか胸張って言えちゃう頭湧いてる系を所望する。
そうすれば、私が主人公の立ち位置を押し付けた罪悪感に苛まされずに済む。
「あ、あなたまさか…わたくしと同じ転生者、ですの?」
おーおー、お嬢様が堂に入っているねー。私なんて下町生まれのお陰で生前からの口の悪さを矯正するの苦労しましたよ。表面取り繕えただけですがね。
「そうなんでしょうね」
まったく同じ時系列のまったく同じ世界なのかまでは知らないけれど。
「え、ですが主人公に転生していますのにあなたは主人公らしいことなんて何一つ」
「しませんでしたよ。だって誰も攻略する気ありませんでしたから。私が目指していたのは治療師エンド、通称がり勉エンドの乙女ゲーにあるまじき色恋皆無の只管勉学ルートですから」
えぇえぇ、色気のいの字も出てこないようなルートですよ。
それ以外に活路が見いだせなくて正直嫌いな勉学にも必死になれましたとも。
「えぇえーーーーっ!?こんなにイケメンがいるにどうしてっ?勿体ない!」
あら何処かで言われた懐かしい台詞ですこと。
「姦獄になるのが嫌でしたからね。アレを唯一回避出来るのが、がり勉エンドだったんで」
「……その“かんごく”って何ですの?これは看護の白百合でしてよ」
あ、ほら知らなかった。まあ、知ってて逆ハー突入したのならその人はドMかすでに精神が会話不可能レベルに達してる人だわ。少なくとも現時点で会話は成立してるんだから一応精神状態は良好で哀れみが増すね。
「各エンディングは御存じですよね」
「ええ」
「トゥルー、グッド、バッドエンドが攻略者に一つずつ。その誰とも結ばれないノーマルエンド、才能を開花させて至る治療師エンド。それからいまあなたがいる立ち位置、逆ハーレムエンド」
途中退場エンドもあるが、それは一番なしだ。今生の人生が負け犬お先真っ暗は頂けないにも程がある。
「一人三種のエンドをクリアしてようやくオープンする逆ハールート。手間暇かかる分達成感はひとしお」
「そーなの!イケメンに囲まれて愛を囁かれるなんて……夢みたい」
うっとりしているところに御免なさいね。
「らしいですが、逆ハーエンドを迎えると、めくるめく禁断の十八禁ルートが開幕するんですよ。御存じなかったでしょう?」
「そうなの?!」
ええ、そうなんです。私にそれを貸してくれた友人もきっと知らなかったと思われるよ。
「全然十八禁要素がないのにどうして成人指定なのかな?」とか言ってましたからね。
えぇえぇ、乙女ゲーにきゃっきゃっと顔を緩ませてこんな恋に憧れると夢見るまさしく乙女脳な友人は知らない方が幸せですとも。
「それが姦獄の白百合。女が三つで姦。地獄の獄。因みに姦でよく見る熟語は、強姦でしょうかね」
うん。そこで「え?」は正しい反応だ。
「姦獄の白百合はいままでの白とピンクのお花畑から一転、黒と赤のおどろおどろしいものへと変化。内容も看護の女性向けから百八十度回頭、男性向け、それもエログロ万歳なまさしく成人指定」
どちらもイケる雑食じゃなければ誰得だかもわからない方向転換だよ。
全ルートコンプのデータを貸してくれたお陰で、ゲーム開始時に表と裏の選択肢が出てきて捻くれ者は裏を選んでしまい乙女ゲーらしくない色調にへーなんてゲームを進めてひどいもの見た。
文章の読み進め機能がオート設定でとんでもない選択肢が出てくるまで止まってくれずノンストップで展開された衝撃映像及び文章を愕然と眺めたよ畜生。
「おかしな題名だと思ったんだよ百合なんて。見た目は華やかだけれど匂いのきつさや扱い辛い花粉で病院系には向かない花なのに、看護の白百合なんだもん。もう一方の姦獄で監禁するからそんな状況でも華やかで匂い立つ、花言葉の純粋、無垢が穢れのない乙女ですって意味なんだと理解して項垂れたっつーの」
そんなところだけ上手に作るな製作スタッフ一同。
「にしても……どのルート行きなのかしらね。ゲームだと最初にルート選択があるが、生憎現実にそんなものは存在しないから、やっぱ現状の逆ハールートか?それは本気でご愁傷様だわ」
どれもキツイが乙女ゲーやった後の甘々を知っていたら余計に落差がすごいんですって。
私は知らずに裏直行だったからダメージは……まあ、生きてはいられる程度だった。
うん。それでも半分以上は召されていたけれどね。
「待って待ってどういうことなの!?」
おっと、めんどい逆ハー達成は出来ても理解力に乏しい系?それとも脳が理解を拒んだ?
後者についてはその気持ちはよくわかるが、諦めて早急に理解するのがあなたの為だよと申し上げよう。
理解しても姦獄行きは最早決定事項で何があろうと揺るがないだろうけれどね。本当にご愁傷様です。
「逆ハーエンド達成により十八禁ルート開幕。元悪役令嬢マルティナ様はこれより、頑張って攻略しちゃった五人の男たちによって彼ら以外が足を踏み入れない秘密の部屋に監禁されて毎日昼夜を問わずいやんあはん誰か助けてと口にするのも憚られるとんでもない手練手管でもって時に快楽時に悲痛に啼かされ続けるドMには天国それ以外には地獄の恐怖のエロゲーが始まるってこと。ああ、因みに甘ラブ要素は一切なかった」
「ないの?!」
うん、ないの。借りたんだから返すでしょう?返したらやるでしょう?そうしたらこの恐怖のゲームを発見しちゃうじゃない。一つでも救いがあればプレイするのはそれだけにしとけって忠告してあげられるだろうと悟りを開く勢いで全ルートを終えて頽れた。
「救いなんてものはない。早々に壊れてお人形さんに成り果てるかドMに目覚めるかだろうねきっと」
ゲームでもそうだったんだもん。心へし折れるよ本当に。
「や、やだやだやだぁ~っ!そんなの知らなかった!」
「うん。知ってたら逆ハーだけは選ばないもん」
そっちの要素がない乙女ゲーの方にすら再チャレンジする気が失せるとも。
合言葉は男ってサイテー。サイアクでも可。
「やだぁ~っ!どうにかしてよぉ~っ主人公でしょアンナちゃん~!」
あ、アンナとは主人公のデフォルト名、つまり私のことです。
「いやいや、どうにかしろと言われましても逆ハー達成しなくてもうっかり十八禁開幕した場合の唯一の回避策である治療師エンド枠には私がいるし、そもそも治癒適性がないマルティナ様じゃこの回避は無理」
「ど~しよぉ~~!!」
衝撃どころではない天国から地獄のどん底まっしぐらな未来予想にマジ泣き入りま~す。
その気持ちはわかるよ。仮に今現在のマルティナ様の立ち位置に自分がいたなら喜び勇んで自害一択。
肉体の生より精神の生を選んで逝きます。つまるところがそれくらいひどい。
尤も、変に主人公の立ち位置に介入せず、悪役とも呼べない通常通りの令嬢をやっていれば問題なく回避出来たと思う、とは言わないでおこうか。知らない方が幸せなことって偶にある。
「せめて攻略対象共が物語通りのトラウマ体験をしていないなら話は違ったかもしれないけれど……。君、一体いつ看護の白百合に気が付いたかは知らないけれど、物語遵守派でしょう。悲惨な過去があるからこその彼らだって」
「だって、ゲームだったらそうだったんだもん~っ」
泣いているところ悪いのだけれど、ね。
「その発想がすべての間違いだってのよ」
「いひゃいいひゃいいひゃい!」
ぐいーっとマルティナ様の頬を摘んで引っ張る主人公の図。家格と立場を考えたらあり得ない光景だわ。
「いまあんたのほっぺが痛いのはこの世界にちゃんと生きているって証拠なの。前世ではゲームだったけれど、いまとなってはここが現実なの。痛みを伴うのが何よりの証明でしょう。いまいるこの場所は、マルティナであるあんたは、夢でも幻でもゲーム中のユーザーでもないのよ。わかった?バカタネ!」
あ、しまった。つい生前の癖でとんでもないもの貸してくれた友人の名前が出ちゃった。
「うわぁ~~んっごめんなさいタカネちゃぁ~~ん!」
そうそう、こんな風にカタネも泣きながら反省を…………ん?
「うわぁ~~ん!」
おーう、釣り目がち美人が台無しって違う!そうじゃない!
「あんたまさかカタネなのっ?!」
肩を掴んで揺さぶれば、ちょっとだけ涙の阻害が出来たらしくてきょとんと私を見るマルティナ様。
……いや。
「ふぇ……タカネ、ちゃん?」
「……カタネ」
おぉう……どうしてあんたまでこのとんでも世界の住人なんだよ。そして何より。
「こぉんの超特大級の大馬鹿者ーーーーーっっ!!」
「ぴゃっ!!」
この現状に叫ばずにいられるか。本当の本気で畜生。
「ゲーム通りの悪役令嬢をやっていないのは正解で恋愛に夢見て攻略に乗り出すまではまだいいがっ何だって一人じゃなくて全員といちゃこらしようとか欲張ったかこの節操なし!!」
「いひゃいいひゃいいひゃい!」
再び頬を摘んで引っ張る傍目から見たらとんでもない暴挙に出る私に正当性はある。
ただし、逆ハーは鬼門どころか文字通り地獄の釜の蓋を開ける行為と知っていたら、の話だ。
「この馬鹿っバカタネ!主人公役で生まれたことに戦々恐々としながら必死でルート回避してる傍ら主人公の代わりにイベントこなしてる悪役令嬢にご愁傷様ですが頑張れなんて憐れみつつ応援していただけでも罪悪感を感じていた私にとんでもない爆弾放り投げてくれやがったなお前という奴はぁ!」
「いひゃいいひゃいいひゃい!」
「痛いくらいがなんぼのものだ!今後の展開は絶望一択だぞ大馬鹿者!」
「今後のことより男爵令嬢が公爵令嬢を害している現状こそ大馬鹿で絶望的だと思うのですが」
不吉以外の何ものでもない人物の声が、ちゃきりなんていう金属音と共に背後から聞こえて、マルティナ様改め『看護の白百合』を私に貸し与えた前世の友人カタネの頬を摘んで引っ張る指先の力が緩む。
「マルティナを放し給え、アンナ嬢」
タイミングを見計らっていたとしか思えないんだけれどねえ……この状況。
私から見て正面に堂々と現れたのはメインヒーロー第一王子のアラン、その近衛騎士予定ハルベルト、未来の筆頭魔法使いケルファン、少し下がって将来有望医師テオの四名。
となると、背後からちゃきり音鳴らしつつ声掛けしてきたのは元奴隷の従者ラシェカだな。
「……放した途端に物騒なものでザックリいかれそうなのでまずは人様に向けるべきではない危険物を収めてからにしてくださいますか皆様方」
「その状況で軽口が出てくるとは大したものだね」
にっこり笑って皮肉らないでくださいますか王子様。目がちらとも笑ってねえです。恐ぇ。
「みんひゃちぎゃ」
「話がややこしくなるからあんたは黙ってなさいカタネ」
頬を摘んだままなのでおかしな言語を発しかけたカタネを制する。
変に刺激しないで頂きたいのよよりにもよって逆ハーレムなんて達成しちゃった頭湧いてはいないけれどお花畑でパッパラパーなお馬鹿さん。
「ひゃい」
よろしい。しかし事態は好転しない。以前包囲されたままで恐いのは、騎士見習いが腰の得物に手をかけていることと魔法使いがしれっと詠唱待機状態に入っていることだ。殺る気満々ですね畜生。
「無駄な抵抗をなさらずマルティナ様から離れては如何ですかアンナ様」
そうすればうっかり手元が狂ってもカタネを私の血で汚さずに済むってか、私と同じ表面のみ取り繕った似非丁寧口調の従者め。
「あらあら、私を害すれば貴方様方の愛しい愛しいマルティナ様は魂を削る勢いで嘆きますわよ」
「戯言を。我らの知る限りマルティナ嬢と男爵令嬢は親しくないはずだ」
即答しますか騎士見習い。まあ、アンナとマルティナ様では親しくはないからそこは否定しないよ。
「戯言ですって。マルティナ様、私と貴女は親しくないのかしら?」
摘んだ頬を包むへと変化させてやれば離れることなく、迂闊に手を出せない距離でお話することは可能だ。
ほら、事態をどうにかしようとしている私の為に答えなさいお馬鹿さん。
「わたくしとタカ……アンナ様は大親友ですわ!」
「「!?」」
うん。ちょっと名前を言い間違えかけたのは仕方がないと大目にみよう。
大事なのはここからなのだからね。
「カタネ、あんた姦獄回避の為ならなんでもやる?」
「やります!」
「マルティナ、何を」
「後悔しないわね」
「しません!」
よし、だったら私も腹括ろうじゃあないか!
「天のイフェルダート、地のオルフェンナ、世界創世を担う二柱の名の下に誓い奉る!」
治癒適性だけでなく高い魔力も持ち得ている主人公補正を最大限に活用して、詠唱と同時に外部干渉を拒みながらの誓約魔法をノータイム発動させる。
「なっ!」
ギンッと高い音を立てて隙あらば私を刺し貫こうとしていた従者殿の得物を弾く魔法障壁。
ははははは、これが必死になって勉学に勤しんだ才能持ちの実力だよ!
「求めるは永劫、唾棄すべきは別離、我らを阻むすべてのものに等しく制裁を、比翼の番たる我らに聖なる加護を与え給えっ」
「マルティナ!」
「タカネ、ちゃん?」
おやおや、ぼぉっとしていないでよカタネ。これが何かなんて学園で成績優秀者に名を連ねていたマルティナ様が知らないはずないでしょう。
「天の番たるはアンナ・ベルフォード!」
ほら、次はあんただよカタネ。
何の打ち合わせもましてやそんな予定もある訳のない行き当たりばったりぶっつけ本番。
乙女ゲーにのめり込む脳内お花畑の若干お馬鹿さんではあるが、私の大親友はここぞという時外さないんだ。
「っ地の番たるはマルティナ・レアラ・ライリック!」
「マルティナ?!」
ほらね?
魔法発動してから私の意図を察して、そこに付随する諸々をちゃんと理解した上での回答だ。
普段の間抜けっぷりもこういう大事な場面でしくじらなければ挽回出来るってことです。
「我らが誓いは破れぬ誓い、天地乖離せし時も決して違わぬ魂の軛っ」
これは、一世一代の大勝負だ。
「身命賭して誓い奉るっ死が二人を別つまで!」
荘厳な光が私とカタネを包み込み、互いの首に誓約の印が刻まれた。
私の首には天空を治める父神イフェルダートを象徴する蔦模様、カタネの首には大地を治める母神オルフェンナを象徴とする花模様。
「タカネちゃ~んっ」
折角止まっていた涙に頬を濡らすから、あんたに甘い私は拭ってあげるしかないでしょう。
「大親友は一蓮托生。あんたを姦獄送りにはしないわよ」
これは一生に一度の誓約魔法。
別れることも離れることも裏切ることも許さない魂を縛る究極の束縛、死が二人を別つまで。
ええ、態々説明するまでもないでしょう。死が二人を別つまで、婚姻を結ぶ幸せいっぱいの夫婦が結婚式の時に誓い合うアレです。
この世界でこの誓いが意味するところは、天地の夫婦神に命を懸けて誓う程に愛し合う二人が、死以外の物事で別たれることなどないように見守り、別とうとした愚か者を許さず罰してくれと願うもの。
つまり、無理矢理カタネを監禁しようとすれば私から奪う行為としてその相手には天罰が下り、上手に誑かしても夫になる私に対する裏切りとして誓いを破った代償に私もカタネも死に至る。
また私を殺すと番を亡くしたことにより死以外で別たれることはない誓いが果たされて残されるカタネは誓約によって命尽きる。よって、今後どんな方法を取ろうとカタネを手に入れることは不可能。
因みに一生に一度の誓約魔法はこの世界を形作る創造神に誓うものなので解除方法はございません。
御利用は計画的に。
「なんて……馬鹿な真似をっ」
「マルティナッどうして誓いに応えたんですか!?」
あー負け犬の遠吠えってこういうものかしらね。ざまあないわ。
「っなにがおかしいこの詐欺師!」
「詐欺師?はははっ笑わせてくれますわね。揃いも揃って愛した女を監禁しようなんてとびきりイカれた願望及び性癖持ちの皆様方が言えた台詞ですの?」
「「っ」」
言葉に詰まっただけで反論しないのはすでに全員で監禁することを相談決定済みって受け取るよ。
危ない意味でのダメンズ共。
「頭は良いのに何処か間抜けなお嬢様のありのままを愛しいと思えるこの私に、歪んだ愛をぶつけることしか出来ない貴方様方が敵うと思っていらっしゃるの?」
「……わぁ、久しぶりにタカネ様降臨だ」
黙らっしゃいバカタネ、折角演出している高圧的な雰囲気が台無しだ。
キラキラした目で見ているだけにしてもうしばらく静かにしていなさい。後で構ってあげるから。
「片腹痛いですわ。お帰り遊ばせ」
「言わせておけば、男爵令嬢の身の上で無礼なっ」
ついに騎士見習い君が剣を抜いたが、それは悪手だね。
「国に尽くす礼節の模範たる騎士を目指すものが、無抵抗の女を斬りますか?」
「っく」
ふっふっふー、衝かれて痛いところがお有りでしたら見せかけの牙など剥かぬが正解ですよ。
敵に情けは無用、容赦なんてしてどうする、叩きのめすと決めたならば徹底的にがモットーだ。
「王族に対する侮辱行為として罰することは出来るぞアンナ嬢」
おやおや、お仲間を見てまだ歯向かうの王子様。
「監禁、と申し上げた時に反論なさいませんでしたことが失敗ですわ王子。沈黙は何より雄弁な肯定。国王の血に連なる高貴な方ともあろう御方が、御自身だけのものにならないからと徒党を組んで女性を甚振ろうだなんて醜聞、噂好きのレディのお耳に入りましたら……どうなりますでしょうね?」
「なっ」
「僕たちを脅すつもりなのですかベルフォード様」
その発言もまた悪手ですね医師見習い。
「肯定の追加をありがとうございます将来有望な医師様」
「あっ」
「それから私、脅してなんておりませんわ」
「何を言って」
「私が述べているのはただの推量、肯定さえなければ愚かな妄言と取られても仕方がありません問題発言でしたわ」
引っかかってくれるお馬鹿さんがいなければ、破滅の道を自ら歩く碌でもない発言です。
ええ、引っかからない訳ないと思っているからこその発言でしたが何か?
「あらあら」
金属音が鳴るのに視線だけを動かして牽制しましょうか。流石に痛いのは勘弁願いたいのですよ。
「死が二人を別つまでの誓約の印がある私を害すれば罰が下りますよ従者殿。ましてや殺しでもしましたら愛しいマルティナ様も道連れですわね」
手に入らないのであればいっそ……なんて出来ないから監禁の選択をする君達ダメンズにその方法は決して取れない。
「っ!」
おーおー悔しそうですね。ざまをみろです。
「……あんたも共に捕らえてしまえば、罰は下らない」
そう、残る選択肢は切り離せないならばしょうがないお前も一緒に閉じ込めちゃえ、だよね魔法使い君。
「魔法が得意なのは貴方様に限ったことではございませんでしょう、稀代の魔法使い様。攻撃適正では貴方に敵いませんが、防御適正では私に敵いませんわ。そして、そんな攻防劇を繰り広げていては人目を憚ることは出来ず、何が原因で起きたことかと問い質されることでしょう」
「そうなれば男爵令嬢でしかないあんたの言葉を信じる者はいない」
「タカネちゃん……」
あら、ピンチの時ほどヒロインはヒーローを信じるものでしょう。
そしてヒロインを守るヒーローはこういう時こそ、ふてぶてしく笑うものです。
悪役令嬢がヒロインで主人公がヒーロー、しかも女同士でありえないなんて普通な意見は聞こえません。
だって、この状況が普通に見えたら随分と愉快な脳味噌をお持ちなのですねと青筋浮かべて正気を疑わなくてはならない。そんな暇は何処にもないので速やかに退場願います。
「用意周到、備えあれば憂いなし。突発的な危機に陥った時、強いのはいつだって臆病者なのですよ」
髪で隠したイヤリングを全員に見えるように示せば、さぁっと血の気を引かせるダメンズ共の顔色が実に愉快。
「希少魔法具?!記録水晶なんて何処で手に入れたのタカネちゃん!」
「掘り出し物屋」
「流石主人公!幸運値が神がかってるね!」
くじ引きという運で引き当てるお宝を一発でゲットした時には主人公補正万歳と私も思った一品です。
装備者の魔力発動に応じてその場で起きた物事全てを俯瞰風景で切り取り記録する、とっても希少価値の高い魔法具を男爵令嬢風情が持っているなんて思いもよらないでしょうとも。
因みに私が魔力発動したのは最初のちゃきっと金属音が鳴った時からですね。つまるところがこの他言すると非常にまずいやり取りすべて記録済み。言い逃れ?出来るとでも思ってるのかしらね。
「物的証拠を持った男爵令嬢の言葉を信じる方はどのくらいいらっしゃいますでしょうね、稀代の魔法使い様」
「っち」
生き地獄回避に必死だった私の執拗な事前準備に抜かりはない。
あったら悔やんでも悔やみきれずに己を呪って綺麗なまま召されます。
「タカネちゃん格好いい~」
「はぁ……誰の為に頑張ってると思ってるのよバカタネ。いつまでも脳内にお花畑広げてないで番らしく夫を支えなさい」
「はぁ~い、旦那様~」
ああ、カタネに話をさせると心身ともに生きるか死ぬかの瀬戸際の緊迫感がお空の彼方へ消し飛ぶ。
わかっているのかしらねえ、カタネってば。
これから先、男爵令嬢風情にやり込められてプライド傷つけられた分レベルアップした犯罪未遂者共が執拗に、それこそストーカーも真っ青な勢いで追いかけて来るってことを。
まったく……百年の恋も冷めるくらいに壊滅的な中身なら話は早かったかもしれないのに、ところどころ抜けてるだけで良い子なんだから嫌われるのは土台無理な話。仕方がないから捻くれ者があれこれ画策しようじゃないの。
さあ、物語の第二幕、開演といきましょう。
頭イっちゃってる主人公に頑張る悪役令嬢もいいけれど、ゲーム世界観と知っているのに攻略に乗り出さない主人公と、主人公の代わりに私が攻略すると頑張っちゃったある意味残念な悪役令嬢の珍妙なお話、他にないですかね。読んでみたい。