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名前の話。

「よー、久しぶりだなぁ」


真夜中だというのに当然のごとく我が家の扉をくぐったのは、冒険者の男だった。

見上げるほどに大きな体躯に粗野な相貌。無造作に切った髪は凡人がすれば野暮ったく見えるはずなのに、この男の場合、それなりに似合っているように見える。

きちんと身なりを整えれば、王宮騎士団にも所属していそうな風貌なのに、見てくれに気を配らないのは冒険者だからなのか。


「久しぶり……って、何年ぶりだ。お前、しばらく見ないうちに大きくなったなぁ」

「いやいや。そんな久しぶりじゃねぇから」


出会った頃は少年といって良い年頃だった。

確か、冒険者としては駆け出しの頃で、魔獣に襲われていたのを助けてやったのだ。


「ニカ、不審者を家に上げないでください」


自分の家があるにも関わらず、相変わらず我が家に入り浸っているアークリバーがソファに座ったまま声をかけてくる。

膝の上には分厚い書物を乗せていて、テーブルには何か分からない研究資料を散乱させていた。


「アークも久しぶり。土産持ってきてやったんだから、そんな風に言うなって」

「慣れなれしく呼ばないで、きちんとアークリバーと呼んでください」

「まぁまぁ、アーク。狭量な男は嫌われるぜ」

「……」


不審者扱いされたにも関わらず鷹揚に笑っていられるのは、この冒険者の男が細かいことを気にしない性格だからだろうか。それとも彼がただ単に大人だからかもしれない。

アークも年齢としては間違いなく大人ではあるが、時々、どうしようもなく幼く見えるときがある。

それは一重に私のせいかもしれないが、その幼稚とも言える行動に思わず頬を緩めてしまうのだから救いがたい。

ぐりぐりと頭を撫で回したい衝動に駆られる。

可愛い。可愛い。私の子は、ひたすらに可愛いのだ。


「……ニカ、こっちに来てください」


アークリバーが陣取っているソファに備え付けてあるローテーブルは、大体にして彼の私物が散乱しているので、それとは別に、食事をする為のテーブルを置いている。

こちらは背の高い木製の家具なので、私が座ると足が浮いてしまう。

ぶらぶらと足を揺らしながらアークと冒険者のやり取りを眺めていれば、むっつりと顔を顰めた我が子に手招きされた。

私の家だから気を抜いているのか、普段よりもずっと雄弁な顔をしている。


ひらひらと手招かれて導かれるように椅子から飛び降りようとしたまさにそのとき、仕草からして粗雑な冒険者が、その大きな手に抱えていた酒瓶の前に置いた。

ゴンッと鈍い音が響く。

わざとやっているのか何なのか、太い腕に遮られて、椅子から降りられない。

半分浮いていたおしりを元の位置に戻す。


「母ちゃん独り占めも良くないぜ」


にやりと笑った男が、つまみも持ってきたんだからお前も食えとアークを呼び寄せようとしている。

じいっとこちらを見ていたアークが双眸を細めて、私を見つめていた。

無言ではあるが、確実に、こちらに来いと言っている。

だが、私は冒険者の男に阻まれて身動きができない。

張り詰めた空気が、ぴーんと音をたたているようでいたたまれないが私にはどうしようもない。

だから、とりあえず脱力して背もたれに身を預けた。


「おいおい、ニカ。お前はもっと、何がしたいのか主張しろよな。お前が希望するなら、あっちに行かせてやらないこともないんだぜ?」


はあぁと大仰なほどのため息をついて、私の前から腕をどかした男は呆れた顔をしたならテーブルの向こう側に腰かけた。


「そうですよ、ニカ。さぁさぁ、こちらに来てください」


自分の意思を示せという割りには、アークの方へ誘導されている気がする。

しかし、そのときにはもう動く気が失せていた。

再び座りなおして冒険者が持ち込んだ酒瓶を眺める。

この国にはない希少な作物から作られている酒だそうだが、青とも緑とも言えない液体が美しくもあり奇妙でもある。若い苔色と言ったら良いだろうか。

フタを開けて見れば、鼻を突くつんとした匂いはアルコールそのものだが、その臭いに混じって清涼感も漂っている気がする。

サワー系らしいことは分かるが、何せここは異世界である。

想像以上のものが出てくることは十分に有り得る。


だから、この世界の食べ物や飲み物は何年経っても慣れない。


実際、口に入れてしまえばさほど強烈なわけでもないのだが、見た目だけで回避してしまうことも少なくなかった。


「ニカ、その酒瓶を持ってきても良いからこちらに来てください」


机に突っ伏すようにして酒瓶を眺めていれば、おもむろに背後から腕を回された。

いつの間に接近していたのか何の造作もなく抱き上げられて驚く。


驚きついでに魔法陣を展開しそうになってしまって、


「おい、馬鹿っ!何やってんだよ!!」


冒険者が声を上げていた。


その声に我に返り指先を払えば、ききき、と奇妙な音をたてながら広がっていた魔法陣が霧散した。

発動していれば家が吹っ飛んだだろう。

己のことながら、防衛本能というのはやはり侮れないものだと思う。


「……冒険者よ、お前はもう帰ったらどうだ」

「おいおい、それはないぜ。せっかく土産だって持参したっていうのによー」

「土産は有り難くいただこう」


「……どうせ面倒くさくなったんだろうがよ。まぁ良いや。俺が持ってきたつまみだけじゃ足りねーし」


豪快に舌打ちしながら、勝手にキッチンのほうへ歩いていく。


「良いんですか、あんな男に好き勝手されて」


むうっと唇を尖らせたアークが私を抱えたまま、ソファに移動する。

私を離すつもりはないのか膝の上に乗せられた。

更に、腹の前で両手を組まれているので身動き一つできない。

私は、体格が小さいが子供というわけではないので、とにかく窮屈である。


「アーク、腹が苦しいのだが」

「いいじゃないですか。どうせ何も詰まっていないんですから」

「いや、ここには確かに内臓というものが詰まっているぞ」

「……えー、そんな馬鹿な」

「何がだ」


首の後ろに密着して頭を押し付けられる。

ぐりぐりと動かすので若干、痛い。


「……お前らも飽きないねぇ」


片手に我が家の冷蔵庫を漁って取り出しただろう佃煮を持っている。

それを盛っている器も当然、我が家のものだ。


「これ、誰が作ったんだ」

「アークに決まってる」

「だよな、知ってた」


私だって料理ができないわけではないが、何せ手間を惜しむので魔術を使ってぱぱっと調理できるものしか作らない。

つまり「煮るだけ」「焼くだけ」「炒めるだけ」というやつだ。

しかし、アークはそうではない。

器用というわけでもないのに、凝ったものを作るのだ。

時々、見た目も味も口では表現できないくらいのとんでもない創作料理を出してくるので信用できないが、大抵は美味しいものを作ってくれる。


彼を引き取ってからしばらくした頃、料理を覚えると言った彼に世界各国の料理本を買い与えたのは他でもない私だ。

できるだけ繊細な料理を覚えてほしかった。

単に私がそういうものを食べたかっただけなのだが、ついでに面白さ半分で、故郷の味も口頭で説明してみた。

まさかそれを再現できるとは当然思っていなかったのだが、何せうちの子は天才である。

一回耳にしただけで、私が説明したその通りのものを作り上げたのだ。

手間を掛けることを好む彼だからこそ成功したのかもしれない。


「うん、良い味だ」


冒険者は己が持ってきたつまみという名の、巨大な魚の干物を箸で突きながら愉快そうに唇を歪めてこちらを眺めている。

干物は焼かなくても良いのだろうか、と思うが、正しい食べ方も分からないような代物だ。

硬い身に箸を突き刺すようにして食しているから問題ないのだろう。

黙っているに越したことはない。

その干物を口に入れながら、口直しのつもりなのか合間に佃煮に箸を伸ばしている。


「ゲロ甘っつーか、砂吐きそう」


佃煮と一緒に持ってきたグラスに酒を注いで、くんくんと臭いを嗅ぎながらそんなことを言う。


「何だ、それはそんなに甘いのか」

「……いや、これのことじゃねぇけど……」


ちらっとこちらに視線を送りつつ、酒をぐいっと口に含んで、かーっと息を吐き出す。

居酒屋で飲んでいる親父みたいな仕草をして「うまいっ」と一人ごちた。

相当、美味しいらしいことは伝わってくる。


「冒険者よ、お前まさか。この家に泊まり込むつもりじゃないだろうな」

「おー、そうしようと思ってんだけどよ……」

「何だ」

「その『冒険者』って呼び方止めてくんない。俺にはディフレジオっつー大そうな名前があるんだわ」


「本当に大そうな名前ですね」


冒険者……ディフレジオの名前に反応したのはアークである。


「アークリバーだって似たようなもんだろ」

「……はぁ?殺すぞ」


自分の名前を貶された途端、声を低くするアーク。

すぐ背後でそんな声を出すものだから、背中に響いて気持ちが悪い。

頭だけ振り返ってアークを見やれば、盛大に顔をしかめている。


「……ニカがつけてくれた名前です」


私の視線に気付いたのか、少し気まずげに眉尻を下げた。


「何?その変な名前はニカが付けたのか」

「おい、変とか言うんじゃない。私が三日三晩寝ずに考えてつけたんだぞ」


堂々と胸を張れば、くすくすと笑いながらアークが言う。


「いや、出会って一時間後にはこの名前で呼んでましたよね」

「……そうだったか?」


あまりに昔のことなので記憶が曖昧である。

しかし、確かに「名なし」なんて名前で呼びたくなかったのは事実だ。

あまりに味気ないではないか。


その当時の私には、アークに同情する気持ちがあったのかもしれない。

……なかったのかもしれないが、とりあえず、頭に浮かんだ単語を繋ぎ合わせて「アークリバー」と命名したのだ。


「何か意味があるのか?」

「……意味?」


問われて首を傾げば、アークが私の体を再び抱えて向かい合わせになるように体勢を変えた。


「あんな男は見なくても良いです」


鼻がくっつきそうな位置で顔を覗き込まれて僅かに身を引けば、それさえも許さないと引き寄せられる。

単純に、近過ぎると感じただけで他意はない。

だから、結局されるがままになっている。


「私の故郷の言葉だよ。まぁ、母国語ではないがね」

「故郷の言葉なのに、母国語じゃないとは不思議な言い回しだな」


当然だ。何せ日本語ではないのだから。

冒険者ことディフレジオにも、アークにも、私が異世界から来たということは説明したことがない。

常に一緒に居るアークは何か気付いているかもしれないが、数年に一度しか姿を見せないディフレジオは気付いてもいないだろう。

何せ彼の魔力は微弱であるから。

相手の魔力量も察することはできないだろう。

学院長のように膨大な魔力を有し、相手の本質を見抜くことのできる性質がある者には簡単に分かってしまうことらしいが、細かく説明するつもりはない。


「アークというのは箱舟を指す」

「……箱舟、」


意外にも反応を示したのは、聞いてきたディフレジオではなくアーク本人だった。


「教えてなかったのか?そこまで面倒がらんでも」

「……面倒だったわけじゃない。ただ……」

「ただ?」

「聞かれなかったから」


気まずげに視線を逸らせば、


「なぜ、箱舟なんですか?」


私とディフレジオのやり取りなど気にも留めてない様子のアークに聞かれる。

自分の名前のことなのだから興味があるのは当然だ。


「……リバーというのは川のことでな。箱舟に乗っていれば、どんな濁流にも飲まれないだろうと……」


そう思って名づけたのだと口にしながら、アークを拾った当時のことを思い出す。

鎖に縛られていたアークが、この先、どんな目に合おうと生きていられるように。

名前に意味をこめた。


どんな状況下でも死ねないというのはある意味地獄かもしれないが。

だが、彼が生きているのなら、どんな場所へでも助けに行く覚悟はあったのだ。

不思議なことだが、出会ってたった一時間でそこまでの覚悟を決めていた。


だから、これから例え離れることがあったとしても絶対に生き延びて欲しいという願いを込めた。

ただ単に単語を組み合わせただけだ。だが、意味がないわけではない。


「ほぅら、実際、大そうな名前だったじゃねぇか」


喜色の滲んだ声に違和感を覚えて振り返れば、ディフレジオは実に満足そうに笑っていた。


この冒険者と出会ったのはアークと出会うよりも前のことで。

牢屋に入るよりも前だった。

それを考えれば随分と長い付き合いになる。


この世界の人間は全員が年齢不詳であるが、ディフレジオも相当な長生きをしているはずだ。


アークを育てると決めてしばらく経った頃、「歩いてたらお前の臭いがしたら」という何とも不可思議な理由で私に会いに来たことがあった。

そのときに初めてアークと顔を合わせたはずだが、私が彼を引き取ることに関しては良い顔をしなかった。

お前が子供を育てられるのかと、実に率直に問われたのを覚えている。


『ニカは一つのところに留まることができる性格じゃないだろ。

子供にはよ、拠り所となる「地面」が必要なのさ』


正確には、一つのところに留まらないわけではなく、留まれなかっただけだ。

周囲の人間が、私という存在がそこに居つくのを許さなかっただけである。

きっと、真実を知らなくとも感じるものなのだろう。

私が、自分たちとは違う生き物だということを。


だから、自信があったわけではない。


実際、自分は戦場に行ってアークを置き去りにしようと考えていたくらいだ。

それこそが無責任だと言われかねないが、何せ14でこの世界に落とされて独りで生きてきたような人間だ。

我ながら、常識なんてものはどこかに置き去りにしてきたような感覚をしている。


アークを拾ったときには、家族として迎え入れたというよりは旅の仲間を手に入れたという感じだった。

アークが私よりも幼かったために必然的に育てる結果となっただけで、意気込んで引き取ったわけではない。

ただ一緒に生きていくという感覚のほうが強かった気がする。

だから、ディフレジオの言葉は妙に私の心に響いた。


『ま、何だ……これを機に、ここに居ついちまったらどうだ?

それなら、育てられねーこともないだろ』


地面に足を着けろとはつまり、ここに居ても良いのだと許された気分になった。

この世界に来て、誰も言ってくれなかった言葉をまさかこの男が口にするとは思わなかった。


「お前たちがちゃんと生きてくれていて、俺は安心だなぁ」


酔いが回ってきたのか呂律が若干怪しい。

ディフレジオは「アークもこんな立派に育って、おっちゃんは嬉しいぞぉ」と親戚か何かのつもりなのか涙を滲ませた。


……間違いなく酔っている。


「……で、ニカって名前の由来は?」


テーブルの上を見れば、いつの間に飲みきったのか酒瓶が空になっているではないか。


「おい、ディフレジオ。それは私への土産じゃなかったのか」

「んー?まぁ良いだろ。お前どうせ飲まないし」

「それはそうだが、飲めないわけじゃない」


「……え?そうなんですか?」


私の酒は飲める宣言に反応したアークがぎゅっと私を引き寄せた。

背骨が若干、軋んでいる。


「知らなかったです。だって一度も飲んだことないじゃないですか」

「まーな。だって、お前も飲まないだろ」

「あ、はい、まぁそれはそうですが……」


なぜか頬を染めたアークが嬉しそうにはにかんでいる。

なぜだ。


私の疑問が顔に出ていたのか、


「だって、私の為ってことでしょう?」


アークは目元を綻ばせて笑った。

何て、可愛い顔をするんだろう。


「おいおい、親子で何で見詰め合ってんだよ。やめてくんない。独り者の心臓えぐるの止めてくんない」


背後でディフレジオが泣きまねをしている。

何が悲しいのかよく分からないが、何とも賑やかな夜である。


「……それで、ニカって名前の由来はぁ?」


しつこく追及してくるディフレジオに手を振る。

どうでも良いだろう、そんなこと。と。


そう、今はもうどうでも良いのだ。


―――――この世界の誰一人として「仁科にしな」という名前を発音することができなかったことなど。


この世界に阻まれた私の名前。

私の存在そのものを否定されたような気分だった。

仕方なくニカと名乗れば、それはなぜか相手も聞き取ることができたのだ。

あだ名と一緒で、意味などない。

それに、


「ニカ、ニカ。貴女の名前は世界で一番可愛いです」


息子も、こう言っている。









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