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バチェラーパーティー

作者: 水方 言霊

雪が、降っていた。

明日は積もるかもしれない。そうおもうと不安になってくる。

明日は私の結婚式だから。


バチェラーパーティー



露天風呂の寒風に震え、あわててお湯に飛び込んだ。今日は同僚の女たちが集まって、独身最後の夜を祝おう(?)とこの温泉旅館で宴会になったのだ。何でも肌にいいとかで、ブライダルエステの一環でしょみたいなことだ。

男のいない気楽さからのどんちゃん騒ぎがひと段落して、みんなちらほら温泉に入ったり、明日が早い子は代行で帰り始める。

そこまで考えて、もうあたしは「男性メンバー居る飲み会」で気を張ることも、そうじゃない飲み会で気楽になることもないのかなとぼんやりおもった。


からからと露天風呂の入り口の引き戸が開く。暖簾をよけて、

「おっ?やってる?ってなにがやってんだか」

ふふふと含み笑いをしながら、だいぶ酒の入った顔で同僚が入ってきた。

「ミナトさん。やってるって、ここ飲み屋じゃないよー」

「そーだね」

ふふふ、とまたわらいながらざぼんと湯に足を踏み入れるミナトさん。

「っかー!おんせんたまんないねっ!」

ミナトさんは男前な女子だ。同僚の女子たちは結婚するならミナトさんと冗談交じりで言う。ほんとに男だったらとおもう。女子のツボを押さえて気遣いをしてくれるし、怒ったりしかったりするときもあるが、あとに引きずらない。いつでも姿勢正しくきりっとして、どんな男よりカッコいいと思う。だからみんな安心して「ミナトさん愛してる~」という。

それに「おう、あたしも愛してるよ」なんていってほっぺにわざと音を立ててキスして、ますますみんなは盛り上がる。

「ひえるねー」

「…うん」

お湯の中は暑すぎるほどだけど、雪のちらつくなかわざわざ露天に出てくる人はいない。

なのに私はここに居る。

雪のちらつく空を見て。

「ねえ、ミナトさん」

「うん?」

ミナトさんはいかにも気持ちよさそうに肩に湯をかけている。

「明日、雪積もるかな」

「積もるといいな。ダルマ作ろう」

私は体育すわりになって天を仰いだ。息が白い。

「そーじゃなくって、あした私の結婚式でしょ」

「うん、雪の結婚式なんて素敵だね」

「そうじゃなくって。電車とか止まったりしたら、お客さんとかこれなくなってさ」

ミナトさんは片眉を上げた。

「ああ、そっちか。ゴメン」

「ううん、いいんだけどさ、準備もできてるし、当日することあんまりないんだけど、」

「うん」

「マジ結婚式だれもいないとかだったらどうしよう?」

「あたしたちゃいくよ?」

「そうだろうけどさー…」

はあ、と私は白いため息をついた。確かに同僚の女子たちはきてくれるだろう。タクシーでも、いざとなったら歩きでもいける距離だし。

「親戚の方とかは、電車とかなんだろうね」

ミナトさんがいう。

「そうだよ」

「旦那さん?の関係者とかも?」

「そう」

そう。明日までは旦那さんではなく、旦那さん?だ。

「そりゃ困る子もいるだろうね。同僚の結婚式って、彼氏見つける大事なイベントだからさ」

「そうじゃなくてさー…」

ここまでいろいろ準備してきたのだ。ペーパーアイテム吟味して、交友範囲のどこまで招待するかとかなやんで、お車代とかだすのかとか。

「ついに明日だと思うと、失敗したらどうしようとか思うんだよね。転んだらどうしようとか、細かいことまで気になってくる」

「ふーん」

「ふーんって…つめたくない?」

「いや?明日だって思うとどきどきするんだろ?」

「うーん…なんていうか…」

「どきどきじゃないのか。じゃあ、」

「うん、ちょっとこわい」

「うん」

こわい、と口に出したことで、堰を切ったようにあふれ出てきた。

「だれもこなかったらどうしよう。失敗したらどうしよう。何かが人生の大きな汚点になる気がして、こわい」

「うん」

結婚式なのに。人生で一番主役で、幸せなときのはずなのに。

「へんかな、わたし」

「いや」

ミナトさんのことばは短い。それだけに、私の気づいていない不安まで、ミナトさんは気づいていそうな錯覚すらする。

 そしてそれはイヤじゃない。

「ふつうだろ。そういうもんだろ」

「うん…」

小さい子供みたいに、私はひざを抱えた。おでこだけがさえてひえている。でも体はお湯をたゆたっている。

「いいこと教えてやろうか」

「え?」

「結婚式でえらいことが起こったときの正しい対処の仕方な」

「なにそれ」

私は首をかしげた。

「まず10年待つ」

「はあ?」

ミナトさんの言うことは時々突拍子もない。

「それで、10年後みんなで集まって、飲む」

「う…ん。10年後もあつまりたいね?」

わけが分からない私はとりあえずそう言った。

「それでそのとき、あんたは言うのよ。『結婚式ん時、ゆーきふっちゃってさー。あんときマジたいへんだったわー』って。酒の肴がひとつふえるね」

わっはっはとミナトさんは豪快に笑って、ふうあちいと浴槽の縁に腰掛けた。なんだか悩むのが馬鹿らしくなってきた。

「そうだね。それもいいかもね」

「たろ?あたしん時もそうだったじゃないか」

にやっとミナトさんは笑った。私は目を見開いて、それから、

爆笑した。

「そうだったそうだった!あたし、水着で街中走りまわって!」

思い出すと笑いが止まらない。

「だろ!ひでー話だよなー!」

そういうミナトさんも含み笑いが深くなった。


それは会社の最初の女子会のとき。

 今まで実も知らなかった女の子たちが、4月から急に同僚になった。5月にわけもわからないまま最初のお給料が出て、6月はまだ仕事をおぼえるのに必死だった。そんなこんなで7月のわたしたちは、『仕事の同僚』の女子の関係をどうしていいのか、探り探りだった。

誰か先輩が言い出したんだと思う、休日勤務日や仕事の上がる時間に差があった私たちは、一人暮らしで家が海に近いミナトさんの家で、休みの子は昼から海水浴をしたあと、夜の飲み会に合流、次の日がある子は早く帰るって。

 ミナトさんは入社したときからきりっとして姿勢正しく、そして無口だった。飲み会なんかに付き合ってくれるのかなって思ってた。だけどミナトさんは快く会場を提供し、休日の昼から私とミナトさんと、もう一人同僚の子は海で遊んでいたのだ。

 私とその子はガチの水着で泳ぎ、子供みたいに浜辺で水を掛け合っていた。ミナトさんは海に入るつもりがないようで、ロングスカートに女優のようなつば広の麦藁帽子と、すごく上品な感じがしたけど、夕日の中そんな格好でたたずんでいると、まるで…

 「火サスみたいでしょ?」

にこって笑って自分で言っちゃった。さっきまで上品に見えた後姿が、急に面白く見えた。どうもミナトさんは、職場ではおしゃれキャラで行きたかったみたいだけど、地金がちょっと見えた。ミナトさんも仕事の一年目はきっと大変だったのだ。

 そう思うと私たちはもっとミナトさんを見たくなって、二人してロングスカートに水をかけ始めたのだ。

 はじめこそやーめーてーよ、とただ逃げていたミナトさんだけど、ばしゃんと二人がかりでああたまから水をかけてやったら、逃げるのをやめた。おこらせたかな?とちょっと不安になった私たちに、ミナトさんは浅瀬にヤンキーずわりになり、ムキになって両手で水をかけ始めたのだ。さらに猛攻をかけようとミナトさんは回し蹴りで水を跳ね飛ばしてきた。

 三回目の回し蹴りで、ミナトさんは急に後ろ向きに浅瀬に座り込んだ。油断させようとしてるんだと思って、慎重に私たちは近づき、ざばーとみずをかけてやった。それでもミナトさんは抵抗しない。さすがにどうしたの、と声をかけると、ミナトさんは搾り出すようにこういった。

 「ひざ…脱臼した…」

そこからが大変だった。二人がかりでミナトさんを私の車に乗せ、私は水着にパーカーを羽織ったまま、病院を求めて走り回った。もう一人の子はミナトさんが激痛の中、搾り出すように言った

「脱臼だと思うから、はめれば宴会できるから…すぐもどるから準備してて…」という軽く遺言めいたことばに青ざめて無言でうなづき、ミナトさんの家で料理の準備を始めた。私はといえば、ちょっとした振動にも悲鳴を上げるミナトさんをどうにか小さな整形外科に担ぎこみ、休日に呼び出された不機嫌な医者が毒づきながら病室に入っていくのを見送るしかできなかった。ミナトさんの

「あの、この後うちで飲み会なんですぐ間接入れてください」

という必死な声と

「ナニをいっとるんだ君は。こんな状態で帰れるわけないだろ」

という医師の怒声、それに続くぎゃーーーーーーーとこの世のものとは思えない悲鳴におののき、直後出てきた医者が、

「ここじゃどうにもできないよ。紹介状かくからよその病院行ってくれ」

というのを呆然と聞いていた。

 ミナトさんは小さな整形外科から救急車で大病院に行くことになり、私はなんなのあの医者、最初から救急車呼べばよかったわと毒づきながら「紹介状」と書かれた封筒を受け取り、救急車のあとを追いかけたのだ。

 大病院の救急外来で、医師が「紹介状」の封筒を開くと、中身はなんとカラだった。

「あんのヤブ医者ー!」というミナトさんの怒声には全面的に賛成だけど、腹を立てて暴れるミナトさんをあわてて医師と抑えた。別室でミナトさんが着替えさせられているときに、仕事から上がった別の同僚が事情を聞いて大病院に来てくれ、着替え部屋からストレッチャーでガラガラとレントゲン室に運ばれるミナトさんを見送った。

 私たちの姿が見えるなり、ミナトさんは私たちに手を伸ばし、機関銃のようにしゃべり始めた。

「私がいなくても宴会はやって!うちの食料なに使ってもいいから!あ、レンジのしたの棚に秘蔵のラム酒がーーーーー!冷蔵庫につくっておいたプリン…」がらがらがらとミナトさんの声はドップラー効果をともなって過ぎていった。

同僚がそっと服を差し出し、私は始めて自分が水着のままだったことに気づいたのだった。

もうその後は笑うしかなかった。みんなでミナトさんちを荒らしまわって料理を作り飲んで食べて、もちろんミナトさんの快気祝いも盛大にやった。

よく分からないけど、あの「事件」が、初めての職場に戸惑っていた私たちの距離を急に縮めたのは確かだ。



 「ミナトさんってさー」

 「あん?」

 「かわんないよね」

 「そうさなあ」

雪の中で。風呂の縁に座るミナトさんはきれいだ。

「何かは変わったかもしれないけど、あたし自身はわからんなー」

「うん、そういうとこ」

「ん?」

「ミナトさんも、」

私もざばっと風呂のふちにならんで腰掛けた。

「きっと、緊張してたんだろうね」

「そうだねえ」

ふふっとミナトさんは含み笑いをした。そうしているミナトさんから、宴会を続行するために必死だった顔は想像できないだろう。それは私たちだけの秘密だ。

「緊張してたから怪我をして、それから無駄なむりはやめたよ。」

「そっか。」

ふうっと私は息をついた。

「のぼせたからそろそろあがるね」

「ん。あたしはもちょっとあったまってく」

私が体を拭き始めると、浴槽から顔だけ出したミナトさんがこういった。

「おい」

「なにー?」

「結婚式、逃げ出したくなったら、さらって逃げてやるからな。」

ミナトさんは男前に笑う。

「映画みたいに?」

「そう、映画みたいに。プランBはいつでもあるぜー?」

そういって、ちゃぷんと浴槽のほうに向き直り、あの日脱臼した左足をもみ始めた。

「うん、ありがとう」

私は露天風呂の戸を閉めた。


急に10年後が待ち遠しくなった。

明日が来るのが楽しみだ。


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