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就活。  作者: 春野 朔耶
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第1話 ぶつかる壁の大きさ

 彼女の名前は雨宮 夏ーアマミヤ ナツー。28歳。つい先月まで上場ではないがとある大手企業で派遣ではあるが事務員として働いていた。そこそこに信頼をされ、そこそこに収入もありそれなりに過ごしていた筈の彼女だが現在は残念ながら、「無職」である。

「はー、今日もダメだったかあ。何がダメなんだろ」

 家に帰るや否やスーツ姿のままベッドへとダイブするかのように寝転がり大きな溜息を吐きだす。

 そのまま暫く枕を抱えてじっとしていたが不意に顔をあげては鞄の中からiPhoneを引っ張り出し面接の為にと切っていた電源を入れた。

 少し待てばいくつか届くメールを開き、そのメールの殆どが登録している求人サイトからのメールだと分かると軽く流し見てまた枕へと顔を押し付けた。

 漏れるのはやはり深い溜息だ。

 会社を辞めてから一月半。夏はいくつか面接は受けるもどこも受からずにいた。いや、一社受かりはしたが納得出来ない内容だと蹴ってしまったのである。蹴ったというよりは、バックれた。それは酷く最低な行為だと分かっていても、夏にはどうしても納得出来る内容ではなかったのだ。しかしそれを後悔していたりもする。そしてそれは今もつきまとい夏を悩ますのだ。今でもまだ行くことは可能なその会社に行くべきか、しかし納得していないのに行けるのか。そこに決めればこんな就職の悩みともおさらばで少ないながらも給料だって入る。そう考えたら行きたいような気さえする。では夏が悩む理由はなんなのか。煮えきらず、最早勝つことの出来ないこの就活戦争に終止符を打たない理由。

 夏は再びiPhoneを開くと一度内定を貰った会社の求人内容へと目を通す。

「給料18万、福利厚生もまあまあ。交通費も全額支給。ここからなら通勤も1時間ちょっと。10時出社の19時まで…ただしプロジェクト先が決まらなければ14万で、研修は三ヶ月。賞与なし。はあ…。」

 何がだめだというのか。そんな疑問が沸き起こるだろう。しかしこれには夏の働くにあたっての最低条件がないのだ。

「今時賞与がないってのもどうなの…。普通はあるんじゃないの?ていうか、それ以前にプロジェクト先が決まるまでは14万て。保険とか引かれたら11万貰えるか貰えないかじゃない。そんなんで貯金なんて出来る訳ないじゃん」

 賞与がない。そう、夏の就業の最低条件は賞与があること。あるのとないのとでは収入にかなりの差が出る。だからといって安い所に行く気にはなれない。なんとも我儘な言い分だというのは夏自身自覚があるらしかった。

 開いたばかりの求人内容、そこから別の企業の求人内容をいくつか開くが流し見するだけで応募をする気にはなれず、諦めてiPhoneを放り出すと起き上がり着替える為にベッドを降りた。

 スーツを脱ぎハンガーへと掛け寝巻きにしているジャージを持ってお風呂場へと向かい、簡単にお風呂を済ませて歯を磨いていると放り出したiPhoneが短い音を立てたことに気付いて歯磨きを終わらせてそれを手にとった。

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 From:佐倉 美紗都

 件名 :明日


 明日暇?暇だったら会わない?


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 届いていたのは一件のメッセージ。それは高校の時からの親友からのもので、夏はなんとなく気乗りはしなかったが今のままではどうにもならないと気分を変えたかった。

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 宛先:佐倉 美紗都

 件名 :


 いいよ


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 件名も記号もなくそれだけを送信するとすぐに待ち合わせ場所と時間が書かれたメッセージが届き、確認だけしてベッドへと横になった。

「話してみようかな…」

 瞼を閉じれば自然と襲う睡魔。それに身を任せてその日はそのまま眠りについた。

 朝、iPhoneでセットしたアラームが鳴り響き夏は手探りで掴むと小さく唸りながらも目を開けた。

 表示される時刻は8時30分。夕飯を食べずに寝たせいか酷くお腹を空いているように感じた夏は仕方なしに起き上がる。

 待ち合わせは11時半に駅前でとなった為時間は結構あった。

「あー、どうしよ、会ったらご飯だろうし、3時間、か」

 少し悩むとご飯は食べないことにしてベッドから降り、狭いワンルームの部屋を一度見渡すと掃除をすることにした。

 埃対策にマスクをしてから丁寧に掃除機を掛ける。それから床を拭いては洗面台やお風呂、トイレと掃除しゴミを纏めて出しに行く。狭いお陰か掃除は早く終わる。夏にとってもやもやした気分を落ち着かせてくれることもあり掃除することは苦ではなかった。

「10時か。行く準備しようかな」

 早く着いたら本屋なりなんなり適当に時間を潰せば良い。そう考え服を着替えて顔を洗い、歯を磨いては化粧をして簡単にではあるが身嗜みを整えて家を出た。

 夏が借りている部屋から最寄り駅までは歩いて15分程度。そこから待ち合わせの駅までは2駅。そうなると割と早めに待ち合わせの場所に着くのは当たり前で11時前には待ち合わせの駅に着いた夏は早々に駅中にあるカフェへと入っていった。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」

「カフェオレのホット、S一つで」

「はい。カフェオレのホット、ショートサイズがお一つですね。320円です」

「320円丁度お預かり致します。受け取りカウンターでお渡し致しますので、あちらでお待ちください」

 店員の規則的なセリフを聞いて夏は受け取りカウンターへと移動するとすぐにカフェオレが出てきた。

「お熱いのでお気をつけ下さい」

 聞き慣れた台詞を聞きながら受け取り空いてる席へと座る。自然と目に入るのはちらほらと居る客の姿で、夏は視線を巡らせた。

 スーツ姿でなにやらパソコンと向き合う人。教科書とノートを広げて勉強する学生。雑談に花を咲かせる女性達。音楽を聞きながらコーヒーを飲む男性。本を読んでいるスーツ姿の女性。色んな人が居る。夏はカフェオレを一口含むとまた周りを見ていた。

 その姿は夏の不安を煽るものばかりで、自然と気不味さとネガティヴな気持ちが押し寄せて来る。

 働いていない。仕事が決まらない。焦りばかりが夏の中に生まれてはそわそわと落ち着かなくさせていた。

 カップの中身が空になる頃、タイミング良く夏のiPhoneが着信を知らせてくる。カップを返却口に置きながら電話に出るとそのまま店を出た。

「おはよう。うん、もう着いてるよ。いつものカフェの前」

 軽い挨拶から居る場所。それらを話して通話は終わる。ホームから降りてくる人達へと視線を走らせ美紗都を探す。美紗都も探していたようで改札を抜けると辺りを見渡していた。お互いの視線が会い寄って行き合流するとそのまま二人で歩き出した。

「久し振りだねー」

「そうだね。あ、チビちゃんどう?」

「あー、元気元気。育ってるよー」

「そっかー。今何ヶ月だっけ、8ヶ月?」

「もうすぐ9ヶ月なるよ」

「そっかそっか。お昼何処行こうか。デパート上で良い?」

「いいよ、取り上げず上行ってから考えよー」

 美紗都には生まれては9ヶ月になる赤ん坊が居る。それ故か夏と美紗都が会うのは3ヶ月ぶりであった。高校の時からの同級生で、卒業してからもなんだかんだと2週間に一度、少なくとも月に1度は会っていた為か3ヶ月ぶりというのは実に久し振りに感じてしまうのは仕方のないことだ。



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