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お買いものに行こう

「エミちゃん、アステルに来る前にいたチキュウにない食べ物ってあったりする?」

「んー。僕もスーパー……マーケットに行かない訳じゃないですけど、あまり食べ物に詳しくはないですから。ただ、見覚えのあるものばかりですね」


 ルッツに閃光を浴びせた後、リタが茶を買いに外出するというので僕はそれに同行することにした。ルッツとリタが住むヴィルダーロッター家は近くの町を見下ろす小高い丘の上に建っていた。町の名はコホレア。公式には三○○○人を超える人口を抱える町だ。


 コホレアの市場は賑やかだ。通りに軒を連ねる店の者が大声で客を引き、客の方も怒声ではないかと思う程の返事で応える。コホレアはそこそこの規模の町らしいがそれでも狭い世界なのだろう、店の者と客は知り合いのようで商品を挟んで和やかに談笑していた。


 もう想像の範囲内だったから驚きはしないけど、まるで絵具を適当にぶち撒いたかのように髪色がバリエーションに富んでいる。暗い色が圧倒的に多いけど、中には鮮烈な原色の人もいて面白い。面白すぎる。


「……茶ってけっこう値が張りません? 他の青果店だとか怪しい道具屋と比べても桁が違いますよ」


 リタはビンに詰められた茶を、ここでの通貨らしき硬貨を支払って受け取る。銀や灰ではなく、黄褐色の輝きを持つ硬貨だ。金貨というものだろうか。こんな光を返す硬貨なんて前世を合わせて初めて見た。五円玉とも違う。


「まあ嗜好品だしねえ。元の値も高いし税の掛かり方もアホみたいだもん。仕方ない」

「リタ達ってもしかしなくても裕福だったりします?」

「好きな事にお金を惜しまないだけだよ。裕福だったらもう少し身なりもマシだって」


 一見しただけでは分かりづらいが何とも言えない汚さの黒いロングスカート。食事の際に脂でも跳ねたのか、シミの出来ているアースカラーのシャツ。本人は整髪料の脂を使ってるのだと言えなくもない艶のショートヘア。これは金銭の問題ではなく、本人が気にしているかどうかの問題ではないだろうか。


「まあ、好きな事にお金を使える程度には裕福って言えるかもしれないね。――また来るね、おばちゃん」


 リタはどこか安らぎを覚えるような控えめな笑みを僕に向けると、茶を売っていた老齢の女性に手を振って歩き出す。彼女に付いて行こうとして一歩踏み出してから、茶を売っていた店の前に戻って「ありがとうございました」とだけ言い残しておいた。


「かわいいボク、またおいで」


 そう聞こえたのはたぶん間違いではないだろう。僕は綺麗に切り揃えられた前髪をちょっと弄りながら――中性的に見えなくもない――と、鏡の中の自分を思い返した。だとしたらもう少し長いウィッグを作ってもらって少女っぽい外見にするのもいいかもしれない。中身の方は兎も角、エミは少女として設計されているようだし勿体ない。


 人混みも日本の地方都市ほどではないので、僕の先を歩くリタにはすぐに追い付いた。僕らが次に向かっているのは、反物を扱う店だ。リタが手作りの服を僕に贈ってくれるつもりらしい。確かに、白のシャツと小豆色のロングパンツではちょっと味気ない。


 目的の店に着くと素材や染め方、織り方が様々な布が巻かれて陳列されていた。毛皮も扱っているようで、その一画にはごわごわな毛皮からふわふわな毛皮まである。中には薄桃で柔らかそうなのにタワシみたいな硬さの毛皮もあった。何故か僕でも読めるお品書きによると、この世界にいる魔物の毛皮らしい。どうやって活かすんだこの素材。


「お姉さん、どんなものをお探しでしょう」

「ん? ああ、妹の誕生日に服を作ってあげようと思ってるんですけど、似合いそうなのはないかなー、って」

「なるほどなるほど、それはとても喜ばしい事です。それで妹さんは…………あちらのお嬢さん、ですか?」

「はい! 可愛いでしょう?」

「ええ! とても愛らしいお嬢さんだわ!」


 リタから離れて毛皮を愉しんでいると、後ろでリタが店の人に捕まっていた。――恰幅のいいおばちゃんだ。僕の勘が告げる。あれは捕まったら最後だ。逃げられはしないだろう、買うまでは。


 しかしエミとリタは姉妹と言うには身体的な特徴が違い過ぎはしないだろうか。白い髪に赤と青のオッドアイな時点で、リタに限らず誰とも姉妹と言うには厳しい。……だがここは僕の知っている、地球のある世界ではないのだ。アステルのある僕の常識が通じない異世界なのだ。


「――これなんてどうです?」

「ああ、いいですね。でも――」


 もしかしたら血の繋がりがあろうと、全く異なる性質を持つかもしれない。ルッツは白髪なのかと思っていたけど、もしかしたら生まれつき髪が白いだけだったら。一世代を挟んではいるけどあまりに劇的な変化ではないだろうか。


「――うちではこんな事も」

「本当ですか? じゃあ――」


 考え込んでも仕方がない。僕の考えの基礎になってる部分からして、この世界の基礎からズレているのだ。だったら今までの考えなんか捨てて、新しく知識や経験を得ようとする姿勢が大事になる。勉強は好きって訳ではないけど、こっちの世界の社会勉強は楽しそうだ。


「エミちゃん、私とお揃いで服を作ってもらうことになったから採寸するよ」

「あれ? なんでそんな事になってるんです?」


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