超常的感覚
「さて、魔術を使ってもらうとしよう。魔術回路は……分かるか?」
僕が食べ終わるのを見計らって、ルッツが聞いてきた。
「魔術を使うのに必要な回路ですかね」
「分かってるならいい。魔術経路を有効にしたら魔術回路に魔力を流すんだ。まずは光の球でも作るといいだろう」
「……あのですね、その魔術経路を有効にするのも、一体全体どうやるか知らないのでそこから教えてもらえると嬉しいです」
「切り替えるのさ、頭を。例えばこんな風に――」
ルッツは目を閉じて息をひとつ大きく吸い込む。それからゆっくりと長く深く吐き出し、瞼を持ち上げた。ぞくり、と僕の感覚が得体のしれない感覚を捉える。今までに感じたことのない感覚だった。何かが僕に向かって刺さるような、人の視線に気付いたような感じだ。物理的には存在しないけれど、それは確かに存在していると感じられるている。
ああ、これがルッツの言う所の「魔力」というものか。
「儂は今、魔術経路を有効にしてお前の方に魔力を垂れ流している。わかるか?」
「ええ、全身で感じています」
蒙を啓かれた気分だ。ルッツの魔力が僕の方へと来て、そのまま後ろへと流れていく。煙が纏わりつくような、緩やかな動きの流体がルッツから放たれているのだ。
「次に魔術回路としてルーンの彫られたメダルに、この垂れ流しの魔力を流し込む」
ルッツが懐から一枚のメダルを取り出して手のひらに置いた。「く」の字が彫られたメダルに、ルッツから流れ出る流体が吸い込まれていく。するとメダルに刻まれたルーンが光り出し、指先程度の穏やかな橙色の火が現れた。
「儂は今、魔術経路を有効にして、魔力を代価にして、メダルを魔術回路に使い、火を生み出した。慣れてしまえば何てことはない、日常的にやることだ。朝飯の肉だって、魔術回路の組み込まれた道具を使って焼いたんだぞ?」
「……いったい何が燃えて火が熾きるのか疑問でなりませんね」
「そこは人が未だ知らざる神の領域って訳だ。魔術師が研究しても答えに辿り着かない問いさ」
目の前に灯った火が消えると同時に、僕が感じていた魔力が急に薄まるのがわかった。いや、どちらかと言うと魔力が消えてから火が消えたのか。まだ僅かに何とも言えぬ感覚があるのだけれど、これは魔力回路で使い切れなかった魔力の残りなのだろう。
ルッツは少し疲れたような、浅い息になっていた。
「久々に魔力の垂れ流しなんてしたわ。これ以上の実演は無理だ」
「こんな事を日常的にしてるんですか? 疲れません?」
「がっはっは、今のは魔力をわかりやすく感じさせるためだ。普段からこんな大盤振る舞いしていたら早死にしてしまうよ。さあ、エミ。やってみなさい」
ルッツがメダルを懐にしまう。
「魔術回路がないと出来ないのでは……」
「エミ、自動人形は魔術回路の塊なんだ。大丈夫さ」
「じゃあ、やってみますけど」
ルッツと同じように深呼吸。――ひとつ、ふたつ、みっつ。考えるのは魔術を扱うという事だけ。僕は魔術を扱える。そう、目の前でみたばかりのあの不思議を自ら望めば扱えるのだ。
自分の中が澄んでいく。そうだ、今のこの状態で魔術を扱えばいい。代価は食べた朝食、魔術回路は僕自身、生み出すのは光の球。イメージを固めるために人差し指を立てて目の前に持ってくる。今、此処に、光の球を。
お腹の辺りから何かが僕の腕を伝って指先へと流れていく。代価として消費された朝食が、僕の体を駆けて指先へと集まっているんだ。しかしまだ弱い。ならば、とより強く僕は想う事をした。早く光れ!
「おふっ」「ぎゃっ」
突如、目を閃光が焼く。視界を白く染める光は一瞬で消え、すぐにまた視えるようにはなったけどとても驚いた。心臓があればばくばくと鼓動を早めてたところだ。息が荒くなる事もない。
「ねえ! 今なんかすっごい光ったんだけど!」
台所で食器を洗っていたリタが足音を立てて、食卓に顔を出した。その顔に驚愕の表情はなく、わくわくして堪らないといった様子だった。手も拭ってきていないようで濡れている。
「ああ、【光球】を使わせようとしただけだ。……エミ、出力を上げ過ぎたな」
ルッツは飴色のグラスを外して、手で目を抑えながらリタの疑問に答える。僕と違って閃光で目が眩んだままのようだ。飴色のグラスでは防げない程の明るさだったらしい。
「エミちゃん、お腹の様子はどう? なんかすっごい光ってたし、もうお腹は平気かな?」
「うーん?」
立ち上がってジャンプしてみる。……よく分からない。これは、どうなんだ?
「ちょっと念のため吐いてきます」
「うん、あんまり聞きたくないけど。いってらっしゃい」
僕に「嘔吐系」という属性がついたのは言うまでもない。