It's me.
「エミ。お前は言葉を解し、感情や論理も持っている。死人の魂だろう事は間違いないが、儂らとはあまりに掛け離れてはいないか」
「まあ、それはそうでしょうね……」
僕が男子高校生をやっていた時には少なくとも魔法なんてものは想像上のものでしかなかった。現実にあって当然のものとして語られなんてしない。
「僕としては、むしろ魔法を扱ってるというルッツ達がちょっと信じられないぐらいです。僕の知識の範囲じゃ説明できない、それこそ魔法みたいな出来事を実際に体験してはいるんですけど……」
「ほう、そこまで言うか。それは太陽の存在を信じない、と言っているようなものだ。太陽は分かるな? 明るい時に上を見上げれば必ずあるものだぞ」
「分かりますよ。でも魔法は分からないんです」
太陽と同列に語られるとは、「この世界の民」とやらには魔法は根付いているものらしい。
「魔法を知らない、か……。ねえ、じっちゃん。いい?」
「どうした、リタ」
ルッツにキツイ口調で言葉を投げつけられていると、リタが何かを思案したようだった。
「神の恩寵を受けてなかった、てのは考えられない?」
「だとしても魔法ぐらいは知っているだろう。神の恩寵を直接的に受けずとも、何かしらの形で魔法は関わるものだ」
ルッツの否定的な意見は語気が強い。断定的な物言いだ。
「じゃあ、子供だったのかも」
「にしては落ち着きすぎている」
「ダークエルフとか、閉鎖的で神の恩寵から外れた種族とか」
「あの、僕はそういう設定無いんで。日本人です、黄色人種の」
このままだと僕の前世までもがこの不思議世界に侵食されそうなので、伝わるとは思ってはいないが自分の出自を明らかにしていく。しかし日本はありそうもないし、人種の分け方も肌の色で分けているか怪しいものだ。ダークエルフってなんだ。黒色人種か。
「ニホンという部族は知らないが、黄色人種というとイシュテインの方か」
「イシュテインはまた魔術の体系も違うし、魔法もあんまり浸透してないのかな……?」
「死ぬ前は男子学生でした。家族は両親と兄が一人、と犬が一匹です」
「じっちゃん、エミちゃんはイシュテインの人じゃないよ。学業を修める人が魔法を知らないはずがないもの」
「……となるとやはりこの世界とは違う、異世界から来てるんだな」
ああ、もう、やだ。異世界ですって。
「異世界というか、地球というか……。あっ、地球って言うのは星の名前でして」
「なるほど! 空の彼方の星から呼んでしまったか。これは申し訳ない事をした」
「それ、本当? アステル以外から魂が来るとは思わなかったよ。ごめんね」
……急に謝罪されたけど、地球と僕のいる場所が宇宙に共存してるとは思えない。この世界だと自分の住む星以外からの来訪者って珍しい事じゃないの? 魔法の前では重力も無力なのだろうか。僕の知ってる物理法則というか、常識から大きく逸脱したこの世界と地球は別のユニバースな気がするけど黙っていよう。ルッツの険も取れたしね。
「そうか、エミはチキュウのニホン人だったのだな。なら魔法も知らなくても仕方がない。異世界の知性体には危険な魔物も多くてな。エミがそれでないかと危惧したのだよ」
「じっちゃんを許してあげてね。魔法っていうのは魔術と違って決まった事が出来るわけじゃないから、ちょっと危なかったりもするのよ」
「あ、いえ、平気です。お構いなく」
魔物……? 魔法とか魔術とか言ってるから分かってた。うん、異世界だものね。
「でもエミちゃんは男子学生さんだったんだね。色々と質問されるから子供だと思ってたよ。そっかー、男子学生かー。……うん? んん? エミちゃんって男の子?」
「あっ、はい。そうですが」
「待て待て、エミというのは女の名前だろう」
「僕の生前の文化だと、名前は後に来るんです。だからエミというのは家名になりますね」
リタが手を握り、天に突き上げる。彼女の祖父は顔に手を当て天を仰ぐ。前者が喜び、後者が驚きを表しているだろうことは容易に察することが出来る。
「××××。信じられん。儂の愛娘が男だと。××××!」
「じっちゃん、汚い言葉を使ったら駄目だよ」
「僕が自分からなりたくてなった訳じゃないんですけど……すみません」
「エミちゃん――キスケちゃんは謝らなくていいよ。多分、私の趣味が原因だから」
二人から聞いた話では、ルッツがエミを作り上げて、リタが僕を魂寄せしたという。いい感じにハードウェアを組んだというのに、変なソフトウェアを入れられてしまったという所だろうか。人形である僕からすると、気に入らなかったとしてもソフトウェアの更新や乗り換えは遠慮願いたいものだ。
「おお、なんてことだ……神よ……!」
ルッツは両手を固く結び、皮膚が白くなる程に力を込めて祈っている。僕は悪くない。