反省会
「ごめん、僕がちゃんと周りに注意を向けてたら良かった」
「いいよ、あたしが気付けたから。それにさ、最初に受けられただけであたしは何も出来てなかったし……」
僕は謝罪の言葉を続けようと思ったけれど、アンネが自分を卑下するような言葉を吐いたからその先が僕の口から出る事はなかった。アンネは【酔剣鹿】の脚を切り付けて、機動力を奪うという仕事をした。アンネはとても重要な事をした、と僕は思っているのだけれど彼女の自己評価では違うらしい。
僕なんか、【灼刃】で【酔剣鹿】の気を引いただけだ。しかもちゃんと気を引けていれば良かったものの、アンネが一閃を入れたことで緊張が緩んで自分は棒立ちだ。コンビネーションなんかあったものじゃない。一応はフォローが出来て事無きを得たものの、背後からの襲撃に気付けなかったことと合わせれば、僕がどれだけ失態を重ねたか分かるものだ。
「相手の命を奪うまでが魔物との戦いだぞ、っと」
今まで傍観していたリオネルが大斧を振り下ろす。風がびゅっと鳴いたかと思うと今まで僕らが刃のやり取りをしていた【酔剣鹿】が呆気なく絶命した。武骨な刃は骨など物ともせずに首を両断し、地面にその身の半分以上を埋めていた。
断末魔の叫びすら無い的確で素早い一撃。重厚にして長大な得物から受けるイメージとは裏腹に、その刃筋は繊細な精度で放たれたのだ。
「まあ、お嬢様は今までお屋敷の中、だけ……で……生活してきた? にしてはいいんじゃねえか」
リオネルが血糊を払い飛ばしながらアンネを評価する。町へとこっそり抜け出す事もあったからか、その言葉は疑問を挟みながらだった。最後に「いい師匠がついてるから当然だが」と付け足していたのは、これぐらいは出来るという見込みからか。父親のグスタフ氏が出来そうもないのに、魔物狩りに行かせるのもおかしい話だしね。
【酔剣鹿】は剣士の試金石となる魔物だ。遭遇はちょっと予想外な形だったけれど、これで魔物を倒した事があると言えるわけでアンネも満足してくれるだろう。
「ねえ、やっぱり一人で狩るのはあたしじゃ無理?」
「出来なくもねえだろうけどよ、今みたいミスを補い合う事も出来ないし一人で魔物とやり合うのは止めておけ」
「でも、リオネルは一人で一体だったでしょ?」
「今日、初めて、魔物とやり合った箱入り娘とおれを一緒にするな」
アンネが箱入り娘だったら、とんでもなくはみ出している。自主的に。
僕の護衛対象は、この成果にご不満らしい。アンネの剣を指導しているリオネルが言っているけど納得する様子ではない。
「言いたいことは屋敷で聞いてやるから。とりあえず、さっさと角を根元から折れ。ただ殺すだけが狩りじゃねえからな」
リオネルはそう言うと自分の仕留めた【酔剣鹿】の死骸の方に戻っていった。アンネは言われたとおりに角を折りにかかるも、渋々といった感じで力が入っていない。
暫く角を撫でるように手を動かしていたけど、掴みやすい所を見つけたのか体重を掛けたのが分かった。アンネが身体を軽く後ろに反らしては、反動を活かして角を圧す。それを何度か繰り返したけど、結局角が折れる事はない。
「ふぬっ!」
足で踏みつけて折ろうとするも駄目。
「せぇい!」
剣を叩き付けても駄目。
「エミ、無理」
「あっ、うん。そんな気はしてた」
アンネと交代して僕が角に手を掛けて力を入れれば、あっさりとククリ刀のような角がもげる。根本の方は皮を被っていて、このまま武器として使う事も出来そうだ。見た目がワイルドに過ぎるのが欠点と言えば欠点。
もいだばかりの角を脇に置いて、もう一本も簡単にもぐ。適度な重みがあって、グリップの具合も良くて、しかもそこそこの切れ味。まるで狩ってくださいと言わんばかりの部位ではないか。折った部分がささくれてて危ないけど、そこさえ研磨すれば問題なく使えそうだ。
「なんだ、アンネは戦利品を自分で獲得する事も出来ないのか」
「別に、あたしは魔物と戦いたかっただけだし」
「まあ、お嬢様には必要のない事だし別にいいけどよ。とりあえず、今日のとこは帰るぞ」
リオネルは【酔剣鹿】を解体していた護衛の人たちにも声を掛けて身支度をさせた。僕らには角を折れとしか言ってなかったけど、きっと他の部位も有用なのだ。
「ねえ、リオネル」
「どうした、今日はもう野宿しなくてもいいだろ?」
「うん。でも、あと一回。あと一回だけちゃんと【酔剣鹿】と戦わせて」
「いや、今日はもう引き上げるぞ。【酔剣鹿】の群れといきなり正面から遭遇するなんて普段じゃ有り得ないからな。何かがおかしいと思ったら一秒でも早くその場所から逃げるのが長生きの秘訣だ」
アンネはまだ消化不良のようだけど、流石にここでリオネルに逆らう事はなかった。四対の角といくらかの肉を得て、僕らはコホレアへの帰路につくのだった。




