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刹那の攻防

 アンネは【酔剣鹿】の力に圧されているのか、いなすことも弾く事も出来ずにいた。地面に軽く足が沈み込んでいる。二振りの刃を、抜いた剣の腹で受け止めて必死に押し返そうとしているのが分かる。僕の方に意識を払う余裕も無さそうだ。


 僕はいつでも開放できるようにしておいた魔力を惜しむことなく使い、右手の延長線上に実体を持たない火炎の刃を生み出す。右手に熱を感じると共に魔力が体内から失われていく。長さを確かめるように【灼刃】で生み出した刃を一振りし、アンネと【酔剣鹿】を迂回するように駆けて挟撃の形に持って行った。積もった落ち葉が足を重くするけど、そんなことはどうだっていい。流石に火を扱う魔術は目を引くようで、【酔剣鹿】の目が動いたようには見えないが横を抜ける時に強く視線を感じた。


 僕が【酔剣鹿】の背後を取ると、アンネを弾きながらの後ろ足の一撃が跳んでくる。【土固】の応用で袖に使われている布地の強度を上げて、一撃を左腕で辛うじて受け止めた。しかし受けた衝撃は結構なもので、僕の身体がふわりと浮いて体勢が崩れる。この【酔剣鹿】という魔物は、挟み撃ちにしたアンネと僕の二人を同時に崩したのだ。なるほど、まるで体術めいた踊りをするこの魔物は一筋縄ではいかない。危なげない戦いをする周りと比べて、僕の動きはどれだけ稚拙なのだろう。


【酔剣鹿】は僕の方が脅威と見たようで、蹴り上げた後ろ足を起点にして上体を僕の方に向けてきた。鹿の頭にある二本のククリ刀は高く振り上げられ、大きな体躯を活かした攻撃の瞬間を待っていた。僕の方は浮き上がって着地をしたばかりで、いくら布の強度を【土固】であげて対応した所で意味はないだろう。地面に叩き伏せられ、そのまま蹄のスタンプを食らうだけだ。


 ――けれど、そもそも大人しく食らわなければいいのだ。


 右手を目の前に持ってきて、火炎の刃の切っ先を【酔剣鹿】の鼻っ面に向ける。前脚を上げて後ろ足で立ち上がっている頭に届くほど長くはない。とは言え、その頭を振り下ろせば話は別だ。


 威圧的な巨体が二本足で器用に後ろに跳ねて距離を取る。その間に僕もしっかりと構えを取って、火炎の刃を振って威嚇する。右手を突き出すと、その度に【酔剣鹿】は僕との距離を取ろうとジグザグと、しかし確実に距離を取る。


「せえええええええッ!」


 僕から距離を取れば、それだけアンネとの距離が縮まる。アンネだって、僕が注意を引いている瞬間を見逃すほどおっとりしているわけではない。栗毛の巨体の向こうで銀の一閃が駆け抜け、その後を追うように赤い滴が散った。アンネの剣が【酔剣鹿】の後ろ足に傷を入れたのだ。


「――BYAAAAAGH!」


 僕が思っていたのよりも深かったのか、がらがらとした甲高い鳴き声が森に響く。護衛が相手をしていた【酔剣鹿】のように鳴かないものかと思っていた。しかし油断はならない。手負いの獣ほど危険だ。


 アンネに切り付けられた左後ろ脚が一瞬だけ折れるが、再び四肢で立つ【酔剣鹿】に怯えはない。むしろ闘気が漲っているようにも感じられる。しかし後ろ足で立ち上がってからの振り下ろしはもう出来ないだろうし、先に傷というハンデを負った方が不利なのは言うまでもない。あとはこっちが怪我をせずにどうやって倒すかだ。


 僕がどう攻めたものかと考えていると、アンネが【酔剣鹿】の悲鳴に怯まずにもう一太刀いれようと踏み込む。僕や護衛と違って、一気に畳み掛けるつもりらしい。リオネルに師事しているだけあって素早い身体の運びだ。


 しかし攻めるのであれば、切り付けた足が折れた瞬間に二の太刀をいれるべきだった。【酔剣鹿】が後ろに跳んで、尻でアンネの身体を迎え撃ったのだ。アンネの身体は突き飛ばされ、彼女が手にしていた剣は【酔剣鹿】の尻に刺さる。


 魔物と僕の距離は開き、そしてアンネは剣を手放してしまい丸腰。僕だってすぐに反応して踏み込むけど、その目の前で【酔剣鹿】は頭を振って僕を牽制しつつ反転。吹き飛ばされて転がっているアンネの身体へとククリ刀の角が向かう。


 僕は咄嗟に右手の火炎の刃で傷を負ってない方の後ろ足を撫でながら、身体の勢いを活かして【酔剣鹿】の尻に突き刺さったアンネの剣の柄を殴る。痛みで【酔剣鹿】を止めようとするけど手負いの獣は止まらない。だけど、動きは鈍った。


 アンネがこちらを振り向き、自身に襲い掛かる【酔剣鹿】の頭部を見て転がった。二本の刃は地面を抉るだけに留まり、【酔剣鹿】の身体は倒れて沈む。荒い息からしてまだ死にはしないだろうけど、戦闘力は奪えたようだ。


 立ち上がったアンネの顔には土が付いているし、纏っている服にも木の葉をくっつけている。少々不格好ではあるが、アンネは魔物との初戦を無傷で戦い抜いた。


「はっ……はぁっ……」

「あ、アンネ、大丈夫?」

「う、ん。なんとかね」


 倒れた【酔剣鹿】を刺激しないようにしながら、アンネの下へと戻る。彼女の全身を飾っている落ち葉を払い、頬に付いた泥を持っていたハンカチで拭ってあげると、アンネの息は整っていた。


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