強襲、角の一撃
なかなか見つかるものではないとは言え、探せばその痕跡ぐらいは見つかるものだ。何処かへと消えていた護衛が戻ってきて、リオネルと二三の言葉をやりとりをすると僕らは護衛の先導で丸い糞が転がっている所まで連れて行かれた。
「まだ新しいな。中まで乾き切っていない」
「……汚い」
「お嬢様、狩りが綺麗なものだと思っていたなら大間違いだよ」
「理解はしてるつもりよ。でも、わざわざ触る必要もないんじゃないの」
「自分の指先が一番信用できるのさ」
リオネルは獲物が近いのを非常に喜んでいる様子だ。僕としてもこんな所で野宿するハメにならなそうで、とても嬉しい。
連絡に来た人が、もう一人の護衛は足跡や草を踏み拉いた跡を頼りに更に森に潜っている旨を伝えると、糞を見つけた時以上にリオネルは喜んだ。
某童話のように、追跡を行っている護衛の方は道しるべとなるものを残してくれていた。それは分かりやすく折られている木の枝だったり、不自然に落ち葉が払われた場所に残っている足跡であったりと、様々な形ではあったが道に迷う事はなかった。
一行が特に労せず森を歩いていると、俄かに辺りが騒がしくなる。何かが森を駆けるような葉擦れの音に、叫びにも似たけたたましい鳴き声――恐らくは僕らが追い求めている【酔剣鹿】だろう――が迫ってきた。突然の状況の変化にリオネルが背負っていた大斧を手に持った。護衛の三人も腰に佩いていたバスタードソード抜き、アンネの傍を固める。
「ちょっと、あたしが動けないじゃない」
「もしもの事があったら洒落にならねぇ。獲物と確認できるまでの辛抱だ。我慢してくれな」
前方には茂みがある。軽く左右に分けられた叢が、何者かが其処に入っていった事を悟らせる。騒がしいのはその向こう。僕ら六人は叢から目を背けず、少しずつ後退して距離を取る。音ももう近い。
「っと、わわっ」
隣でアンネが何かに足を引っ掛けて尻餅をつく。地面から顔を出した木の根がそこにはあった。足元がお留守になっているような狩人はまずいないだろう。狩りを提案した時、アンネはハイキング程度の気分だったのだろうと勝手に思う。
アンネに手を貸しながら、僕は頭の片隅で魔術の準備をする。最近では火を用いる魔術も心得たもので、高等魔術と呼ばれる【灼刃】も規模は小さいながらも扱える。【灼刃】自体は炎の大剣と形容されたりもするらしいけど、僕のはせいぜいナイフである。
追跡についていた護衛が全身に枯葉やらをくっつけて、危なげない様子で叢から飛び出てくる。僕らの姿を認めるとリオネルの横で剣を抜いて切っ先を揃える。
「少々厄介な事になりました」
「おう」
「【酔剣鹿】の若い雄の群れです。四頭」
「あいよ。――おれ以外がツーマンセルで一頭だ。エミ、お嬢様を頼んだぞ」
護衛の四人は心得たもので、既にバディをカバーしつつ僕らの援護も出来るような位置取りをしている。左右を護衛に挟まれ、正面はリオネルがついている。
若い個体なら未熟者二人でも大丈夫だろうか。
「そう上手くいきますかね……」
「平気だよ、あたし達だって出来るってところ見せつけちゃおう」
弱音をつい吐いてしまった僕を、アンネが鼓舞してくれた。今はその前向きさが心強い。気を持ち直して僕よりも大きいその身体を隠すように前に立つ。
正直、ありもしない心臓がばくばく言ってるような気がするし、怖いけれど僕も彼女の護衛なのだ。
右から二頭。そして正面から一頭。
正面からの【酔剣鹿】の角による突進を大斧の腹で受け止めきるリオネル。右から出てきた【酔剣鹿】は二頭を一組の護衛がまず受け止め、そこにもう一組が参戦して押し返す。魔物の一撃がどれほどのものかは分からない。しかし周囲の大人たちは成人男性よりも頭二つは高さのある四足の身体を受け止めきってみせた。
だが、まだあと一頭がいない。
リオネルはククリ刀の角を弾き、横振りの一撃を放つ。【酔剣鹿】は角でその一撃を受け、まるで酔っ払いがふらつくようなステップで勢いに逆らわず踊って見せる。リオネルも殺す気で放った訳ではなかったのだろう、その動きに食らいついて追撃を繰り出す。下からの切り上げだ。しかしながらその一撃はククリ刀の先端を掠めて揺らしただけに留まり、【酔剣鹿】の傷にはならない。
「キィヤアアアアッ!」
だけどその次の重さを活かした大振りの一撃が、一対のククリ刀の間を抜けて【酔剣鹿】の頭蓋を撃つ。せっかく切り上げを回避したというのに、次の避けやすそうな一撃が吸い込まれるように決まったのだ。【酔剣鹿】はまるで諦めたかのように動かなかった。
護衛の兵士はリオネルのように詰将棋みたいにはいかないようだった。一人が【酔剣鹿】と打ち合い、相方は生じた隙を突くようにして剣を振るい危なげなく魔物と渡り合う。ふらつくような動きは局所的には有効でも別の方向からは隙になっている事もあるのだ。
【酔剣鹿】の身体は切り傷が赤い線を引いていて、動くたびにそこから珠のような赤い血が流れ出る。体液を散らせながら踊るように戦っている様は僕の知っている鹿の動きではない。その鹿と踊る兵士の動きも僕の知っている人間の動きではないのは言うまでもないだろう。
僕が剣の舞に夢中になっていると、後ろで金属がぶつかり合う剣戟の響きが耳に入った。斥候をした護衛の報告では【酔剣鹿】は四頭。目の前で踊っているのは二頭で、リオネルが寝かせた一頭を足しても四には届かない。
振り向けば、頭の重量を乗せた角の一撃を受け止めているアンネの姿があった。つまり僕は目の前の戦いに現を抜かして護衛対象への攻撃を許してしまったのだ。
中身の方が忙しかった為に趣味にも時間を割けなかった始末。
更新を再開しますが不定期になるかと思われます。
元々それほど期待してない? ヤッター。




