何も始まらない
「それに、こいつは兎も角としておれは剣で稼がざるを得なかっただけだ。他には何も持っていなかったのさ。いや、今も俺には剣しかねえけどよ」
リオネルが何処か自嘲めいた告白をする。過去を回想しているのか、その面持ちは心此処に在らずといった様子。あまり、いい思い出ではないのが伝わってくる。
「そういえばエミちゃんの魔術だってすごいよ? 人とは違うのかもしれないけど、やっぱりそれって本気でやってるからじゃないの?」
「与えられたものを言われたとおりに使ってるだけですよ」
僕の身体に組み込まれている魔術回路。それのOSとして僕が魔力を流して魔術を操作しているだけだ。ちょっとコツがいるのかも知れないけれど、人で言うなら魔法の才覚が生まれながらにあるに等しい。後天的に努力で得たものではない、本気にならなくても最初から持っているものだ。
「そんなの、あたし達だってそうだよ。ね、リオネル?」
「まあ、なあ。エミの身体は人形師に貰ったものだが、おれの身体も神様からもらったものだ。身体を使って色々と出来るってのは、確かに鍛えもしたが、神様からもらった身体があってこそだ」
この世界にあっても、人は神による被創造物であるという。なれば人というのは余す所なく神から与えられたものなのだ。直近で言えば人は母親から生まれるもので、親から貰った身体とも言える。だが遡っていくと、神の被創造物の原初の人がいるのだ。そこから殖えた人族は神の被創造物と言ってもいいのだろう。
だけど僕はダーウィンを、進化論を知っていて、ついでに言えば無神論者だった。神社に詣でるし、葬式は仏教に則っているし、トドメに降誕祭は祝うけど、それでも無神論者だ。しかしこの世界の常識外れ具合を鑑みると、神と呼ばれる領域にいる生物はいるのかもしれない。
「だからよ。おれの剣が何かのきっかけになったって言うんなら、お前さんが持っているものを伸ばす方向で頑張ってみてもいいんじゃねえの。おれは魔術を見たことがないけど、すごいんだろ?」
「そのついでに、あたしの魔術の手解きをしてくれると嬉しいなぁ、なんて都合の良い事を言ってみたり」
「んー、そう言われればそうなのかなぁ。アンネの要求は却下するけど、リオネルの提案は前向きに検討します」
「それ、おれの意見も却下される気がしてならねえんだけど……」
とりあえず、リオネルの言うように今までどおりに僕は魔術に打ち込んでみよう。まだ半年も経っていない僕は魔術を齧っている程度でしかないのだろう。今思えばルッツなんかは人形師として長年やっている事もあって魔術に熟練しているのだ。孫の扱いが下手なだけで、あの爺さんは尊敬に値する人物だ。
「ちょっと、そこら辺の土を耕してきます」
僕がルッツから課せられているものは魔術の制御である。正確に望んだ範囲にのみ魔術で現象を起こす。その訓練を畑仕事という形で僕は一度体験している。練習方法が分かっていれば、あとは反復するだけだ。
腰掛けていた長椅子から尻を上げ、ゴブリンが雑草毟りをしていた庭を目指すことにした。そこなら役に立ちつつ練習もできるだろう。下手な場所を耕していたらコボルトと同じだ。
「……あの、庭ってどこですか?」
「ああ、それなら――」
リオネルが棒で簡単に屋敷の見取り図を描いて、庭の場所を教えてくれた。それほど難しい道順でもなく、口頭で教えてくれればよかったのだけど、分かりやすかったのでよしとする。
庭にはゴブリンがあちらこちらにいて、箕に雑草や枯葉を積んでいた。その様子は労働に従事する人となんら変わらない。僕の足音に気付いてこちらを見るゴブリンもいるけど、こちらに特に興味を示しもしなかった。見掛けたら襲ってくる、なんて事はなくちょっと期待外れだ。襲われても困るのだけれどね。
庭の外れには小屋に焼却炉がある。きっと道具が小屋に保管されている。焼却炉は今も火が入っていて、近くにはバケツが見えた。人ではなくゴブリンが働いているという事以外はこれと言って珍しい事は何もなかった。
しかしながらゴブリンは頭が悪いとリオネルからは聞いた。となればゴブリンをまとめる人物がいそうなものだけれど人の姿はない。地面を掘り返してもいい場所があるか、ゴブリンに聞いたところで無駄だろう。
自己判断、と行きたいところだけれど庭はしっかりと手入れがされている。僕に出来る事は何も無さそうだった。強いて言えば、ゴブリンたちの邪魔をしない事が僕に出来る唯一の事だろうか。
仕方がないので、ゴブリンの仕事ぶりを眺めながら僕は適当に【光球】を使って蛍の求愛行動の擬似的な表現なんかをしてみるのだった。頑張ってみようかと思った矢先にこれだ。魔術というのは練習が出来る場所の確保が出来なければならないらしい。【灼刃】の練習なんかをしようと思ったらさっきの広場で一人じゃないといけないだろう。
そもそも僕に【灼刃】なんてものが実装されているのか、疑問に思って魔力を絞ってやってみたらそれっぽいのが指先に出来た。ルッツの設計思想が分からない。




