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お兄さんでもおっさんでもない

「おっさんくたばれ!」

「おお、その意気だ。だが許さねえぞ」


 アンネがリオネルにいくら打ち込んでも動じないのに鬱憤が溜まったらしく、罵声を飛ばしながらの一撃。その剣先が熟練のおっさんに届く訳も無く、受け流されて右の太腿に反撃を食らう。リオネルの方も灸を据えるつもりだったのか、今までで一番の冴えだった。


 二人の姿は見ていて飽きない。男の人には適わないとアンネは零していた。それは先の誘拐の事を受けて出た言葉なのだろうけど、こうやってリオネルに稽古を付けられている様子を見ているとアンネに諦めはない。稽古だから、というのも理由の一つだとは思う。だけど、僕には怖れを克服する為にやっているようにも思えた。


 アンネが動けないのを見ると、リオネルは頭を掻きながら何かをアンネに告げてこちらに来た。おっさんの額には汗の玉がいくつも浮いている。太陽の下で動けばいくら剣に親しんでいようとも汗はかくものだ。腰に提げた金属製の水筒を手に取ると水を呷った。


 アンネの方は太腿に一撃を受けた右の足を庇いながら、木剣を杖代わりにして僕の隣まで来た。嫁入り前の娘さんだと言うのに、リオネルも容赦がない。


「手加減してよ、おっさん」

「お? まだ言うか。次に左足を打たれたい、ってことでいいんだな」


 水筒の水を頭から浴びながらリオネルはアンネの腿を指差す。世が世ならセクハラだ。


「リオネル、痕が残ってしまいませんか。仮にも令嬢なのでしょう?」

「どうせ医療魔術で治すんだから、内出血ぐらいはしておかないと勿体ないってもんだ」

「リオネルが手加減してくれたら使う必要もないんだけどね」


 アンネが痛みに呻きながら余計な一言を横から付け加える。痛めつけられても学習しないらしい。跳ねっ返り具合が気持ちいいぐらいだ。


「十分に手加減してるさ。本気だったら何回死んでると思ってるんだ」


 リオネルは開けていない水筒をアンネに放り投げて寄越す。それを片手で受け取るあたり、不躾だから放った訳ではないようだ。アンネの額や首筋に濡れた髪が張り付いて、健全なエロスを感じる。これで金属製の水筒ではなく、ペットボトルのスポーツ飲料だったのなら宣伝のいい画になるだろう。そんな事はどうでもいい。


「アンネは将来について考えたりする事ってあります?」

「唐突だね」

「うん、まあ。ちょっと思う所があって」

「雇われて早々に悩み事か? いい金額を貰っているって話じゃないか」

「エンゲルス家に何か不満があるって訳じゃないんですけどね?」

「将来、か。あたしはないね。どんな人が旦那になるのかなぁ、とか思う事はあるけど」


 そう語るアンネの姿は紛れもなく乙女だった。


「リオネルじゃないんだけど、何か悩んでるならあたしで良ければ聞くよ? なんならあたしのベッドで内緒話でもいいし」

「いや、本当にただの世間話だから」


 悩みと言う程のものではない。小さな心の蟠りに過ぎないのだ。何かを自分からやらなくてはならない、という焦りというか。流されるが儘なのがちょっと不安なだけで。一心不乱に剣を振る二人を見て、自分も何かに打ち込みたくなっただけで、わざわざ人に話すようなものでは決してない。


 それに女の子のベッドに連れ込まれて滅茶苦茶にされるのは既にリタで経験済みである。虎穴に自ら入るような真似はしなくてもいい。今の僕は宦官にも似て清らかだ。


「ふーん、そっか。それで、エミちゃんは将来についてどんな事を考えてたの?」


 聞き方を変えているだけで、本質は変わらない質問が飛んでくる。僕がした質問を同じようにしているだけだから本人はイジワルをしているつもりもないだろうけどね。


 どう答えたものか、ちょっと考える。だけど考えようとして何を考えるのか分からない事に気が付いた。だったら、あくまで「僕が自動人形である」という体が前提にあるけど、そのままを言葉で話すしかない。


「将来は何かに本気になれたらなぁ、なんて思っただけです」

「何かって、例えば?」


 アンネが追及してくる。その何かが見つからないから苦しいんだけどな。


「ほら、リオネルは武勇で生計を立ててるでしょう? アンネも、さっきの稽古を見てたら気合が伝わってきましたし」

「武勇って程のもんでもねえけどな」

「あたしも其処まで言われるとちょっと恥ずかしいかな……」


 リオネルが明後日の方を向きながら鼻を掻く。照れているらしい。実際に腕が立つと言う噂を僕が聞いてるぐらいだし、少しは誇っても良さそうなものなのに。もっと上を知っているのかもしれない。


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