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エミは考える人形である

「あー、やめやめ。お前ら、つまんねえお見合いしてるんじゃねえよ」


 お互いに決め手となる一撃どころか、そもそも攻撃にすら移らない時間が続いていた。そこにリオネルが打ち合い終了の一言を告げ、僕とアンネは剣を下ろした。疲労感はない。ただ興奮があった。


 アンネの方は息が上がっている。攻撃に移らずとも、僕を挑発したり崩そうとアンネはだいぶ動いていた。ろくに動かずに後の先を狙っていた僕にアンネは対処できず、徒に体力を消費していたのだ。


「アンネは相手が動かねえんだから、遠慮なく打ち込んでやれば良かったんだ。あんなべた足じゃ避けようがねえんだからよ」

「でも、それだと反撃が来てしまうかと思って……」

「べた足だって言ってるだろ。しっかり地面を踏みしめてたら人は機敏に動けないんだ」


 リオネルが足を肩幅より気持ち広めに開いて構え、地面を踏みしめる。そこから一歩踏み出し、槍を振った。次に踵を浮かせて足の裏の前方だけで体重を支え、同様に踏み込みと共に一撃を放つ。それは時間にして一秒未満の差だ。これを大きいと取るか、小さいと取るか。言うまでもない事だ。


「リオネル、僕は人じゃないです」

「あ? じゃあ関節を逆に曲げたりできんのか?」


 剣を持ってない方の腕を突き出して、普通に肘を曲げたり伸ばしてみる。そして伸ばした状態から逆に曲げようと――したけど曲がらなかった。そもそも逆に曲げる感覚が分からない。


「エミも人って事でいいな」

「余計な事を言ってすみませんでした」


 逆に曲げようとしているが、実際には腕をぴんと伸ばしているだけでしかない。傍から見れば間抜けだ。どうやら僕の身体の基本的な骨格は人間に準じているらしい。首が分離してしまう事も無いだろう。


「エミの方は、特に言う事もねえかな……」

「免許皆伝ですか」


 僕は自分が思っているよりも筋が良いらしい。身体能力の差もあるけど、剣術の経験者であるアンネと対等に渡り合ったのだ。


「馬鹿を言え。そもそも最初に飛び掛かったきり動いてないだろうが」


 評価不能、という事らしい。それもそうか。


「一応、考えて立ち回ってましたよ?」

「下手の考え休むに似たり、ってイシュテインの言葉があるらしい」

「エミちゃん、息が切れてないもんね」

「そもそも息をしなくてもいいもので」

「なるほど、息の根を止めても動くわけだな。んじゃあ、アンネに稽古つけるから剣いいか?」


 リオネルに剣を渡し、僕はエンゲルス家の広場から退散して木陰の長椅子に腰掛ける。長椅子の近くには護衛の剣士がいたけど、目線を交わした時に軽く頭を下げただけだ。相手の方は僕を見ただけで何の反応もなかった。すぐにアンネへと視線を戻してしまった。


 爽やかな風が吹いた。汗をかかないけど、動くと僕の身体も熱が溜まる。だからか、運動の後の風が心地よく思えた。葉擦れのかさかさという音が和やかにさせる。


「ほら、もっと攻めねえと。エミと違っておれなら遠慮なく出来るだろうがぁ!」

「はいっ!」


 二人の稽古の様子が見える。さっきは反撃を警戒してアンネはなかなか手を出してこなかったけど、やや遠くに見える彼女の動きはアグレッシブなものだった。リオネルはそんな彼女の剣を動き出す前に撃ったり、攻防一体の剣で潰していく。アンネは手玉に取られているけど、それでもリオネルに打ち掛かっていくのだ。


 空を見上げれば白い雲が青い空に所々かかっているものの、清々しい晴天だ。……そういえば、僕がこの世界に来る前に見た光景もこんな感じだった。違うのは、僕にかかる影が覆い茂る木の葉によるものという事だ。あれは一体なんだったのだろう。それと、今の季節はいつだろう?


 思えば、僕はこっちの世界に来てから特に何も疑問を持たずに普通に生活をしてしまっている。ホームシックにならない訳でもないけど、何を考えても無駄だと考えもせずに割り切っていた。あまりの現実離れした世界に頭が麻痺しているのかもしれない。


 魔法だって、僕が恵美喜祐であった頃には一笑に付すような事だった。ところが今の僕を、エミ・キスケを見てみろ。自分がとんでも存在だ。魔法ではなく魔術らしいのだけど、その存在を疑おうにも自分から疑わなければ始まらない。でも此処に僕はいるのだ。疑いようがなかった。在るが儘を受け入れてしまうより他にはなかった。


 それと同時に今の現実を全て在るが儘に受け入れてしまっている。ヴィルダーロッター家に世話になっているから家事などを手伝い、自動人形であるから魔術のコントロールを高めていく。それが自然だった。でも魂寄せをしたリタが悪いのではないか? そもそも僕が魂だけになったきっかけは?


 僕が恵美喜祐として最後に持っている記憶の中に「ちょっと痛いですよー」という声がある。実際には魂寄せされるような魂だけの存在になってちょっと痛いどころでは済まなかったようだけど。まるで注射を受ける子供にかける声じゃあないか。痛いならやめてくれよ、と子供心ながらに思ったものだ。


「あー、なんなんだろうなー」


 高校生だった僕は社会的には義務のような高校生活に、まるで人生を押し込められていたように感じていた。なんで勉強をしなきゃいけなくて、テストがあるのだろうと。でもその枠組みを急に外されたところで、僕が能動的に何かをする訳でもなかった。


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