いやらしい
今もドレス姿だから全力で倒れる事だけは避けたけど、僕が出来たのはそれだけだった。ただ力を込めただけではアンネの剣を押し返す事は出来なかった。魔術を意識して扱えばもっと力を出せるけど、踏ん張ってる状態で他の事を考える余裕はなかった。
アンネが得意気にふふんと微かに笑う。素人を相手に圧倒したからと言って、自慢になるとも思えないけどね。……これは負け惜しみなのかな。
「エミ、すまねえ。男二人を伸したって言うからどんなものか見てみようかと思ったんだけどよ。そんだけちっこかったら最初から勝負が決まってるようなもんだったな」
「別に。魔術を使ってもいいなら僕にも目がないわけじゃないと思ってますから。使ってもいいですか?」
木剣を渡され、僕は剣を扱わなければならないのだ。使った事もないもので最初からうまく出来るわけがない。
「そうは言ってもなぁ……。発動体も無しに魔術を使えるんだろ? そんなの、誰も勝てないだろ」
リオネルは渋る。魔術は扱い方を間違えれば簡単に人を殺傷できるものだ。
「大丈夫ですよ、ちょっと力を強くするだけですから」
「あたしは構わないよ。エミちゃんは超が付く初心者だしそれぐらい」
「……じゃあ、いいぞ」
リオネルが顎を引く。その目は「分かっているな?」と僕に釘を刺していた。僕だってアンネを怪我させたい訳じゃない。僕の硝子の心についた傷をちょっと癒そうってだけだ。強化硝子だけど。
幸いなことに、僕はアンネに逆兵糧攻めを受けている。兵糧で殴るタイプの攻めだ。口からはバニラエッセンスのような甘い香りが、紅茶の香りと混ざりながら漂ってくる。僕の扱う魔術の代価はお腹の中でぐっちゃぐちゃに混ざったこれらだ。
アンネが先程の開始位置まで戻る。僕も押された分だけ歩いてアンネと対峙した。大勝利を収めて気が緩んでいる、という訳でもない。顔つきは真剣そのもの。凛々しい小動物が目の前にいる。
「くれぐれも怪我のないようにやってくれよ。んじゃあ、始めっ」
リオネルの開始の合図。それと同時に僕は魔術で動いてる自分の身体を意識して駆け出す。地面の強い反発を得て、僕は一気にアンネとの距離を詰めた。アンネの方も魔術を使うと言った僕の様子を窺うつもりなんてないようで、その足は僕と同様に地面を蹴っていた。
「うくっ」
剣の間合いを僕はよく分かっていない。詰まっていたとしてもとりあえず当たればいいや、と足を止めずに剣撃を左上段から袈裟切りの軌道に乗せて放った。アンネの剣は魔術で常人よりも素早い僕に対して後手に回る事になり、僕の一撃を軌道上に木剣を置いて受け流した。元より打ち合うつもりもなかった僕は流される剣を追って、アンネの後背へと抜ける。
袈裟切りの運動エネルギーをそのままに、体勢を崩しながらも身体を右に捻って遠心力を乗せた僕の一撃もアンネは受け切る。いや、体勢を崩し低い位置からの一撃は甘かったようで弾かれた。だけどアンネが追撃に移ろうと、僕は背面に突撃の慣性を残しているのだ。一歩、二歩と飛び退るように離れれば、アンネが僕のいた場所を斬ろうとした形で固まっていた。アンネは息をゆっくり吐きながら打ち下ろそうと掲げていた木剣を下ろして構えた。
アンネは強いのではないだろうか。いや、僕が我武者羅に突っ込むのをいなすぐらいは剣の心得があれば誰でも出来そうだけど。
そしてアンネに剣を弾かれて分かった事がある。力を受ける土台がないと、いくら僕が出力を上げたところで相手に伝わらないという事だ。飛び掛かる一撃は質量があって成り立つもののようだ。そしてエミには質量、体重が然程ない。なら、飛ばなければいい。
「次はアンネに先手を譲るよ」
「いいの? あたしの剣を受けられなかったじゃない」
アンネは木剣を握りなおす。そして今度は奇襲めいた距離の詰め方ではなく、じりじりと誘うように近付いてくる。これが誘い受けってやつか。
一歩踏み込めば相手の身体を捉えられそうな距離で前後する動きは、間合いを計っているようにも思える。アンネは僕の事を決して軽んじてはいない。
「ほら、ほらほら」
剣先を触れ合せ、ちょっかいを出してくるが攻めて来てはくれない。少し強めに弾くとその力に逆らわずに剣を引いてまた間合いを取られる。
踏み込み。アンネが上段に木剣を構えて踏み込んできた。僕の方も剣を寝かせて弾けるように対応する。しかしアンネは振り上げた木剣を構えなおしてまた引いてしまう。
「エミちゃん、反応いいね」
「そう?」
「お前らー、おれは打ち合えと言ったんだけどなー」
リオネルが焦れたのか、外野から声をあげる。だけど知った事ではない。僕がアンネと打ち合ったら技量の差で負けるから、瞬発力で一時的にでも出し抜くしかないのだ。アンネもだからこそ攻めあぐねている。
アンネの攻撃の瞬間を潰す目論みは既にバレていて、素直に掛かってきてはくれない。タイミングを計るように僕の木剣の先を弄ばれる。過敏に反応すれば潰されるだろうし、好き勝手を許せばそのまま押し破られるだろう。距離を開けて勢いで押す方が良かったのかもしれないが、もう距離を開けさせてはくれなかった。




