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護衛とはいったい…

「ゴブリンは魔物とは違うので?」

「魔物だな」

「亜人種ってのは魔物、って訳ですか」

「魔物の中で亜人種って呼ばれるのがいるだけさ」


 この世界の人は魔物との共存を果たしているようだ。RPGなんかだと主人公が勇者で、倒す相手が魔物を統べる王だったりする。しかしながらこの世界では魔物を使役する人がいるのだから、そんな善と悪、光と闇のような簡単な二律背反なものではないらしい。


 思えば、こんな幻想的な世界だと言うのに僕が最初に襲われたのは人間だった。人の領域で生活する限りは魔物よりも人間の方が恐ろしいのかもしれない。


「もういいか。お嬢ちゃんと言えど人を持ち上げるのは辛い」

「あ、ありがとうございました」


 ぷるぷると震えるリオネルの手。大斧を得物としているようだったけど、人を持ち上げている不自然な体勢は普段使わない筋肉を使っているのかな。……まさか、エミが重いという事はあるまい。


 アンネの部屋の前でリオネルと別れる。小間使いのように扱われているけど、あれで腕が立つそうだから仕事があるのだろう。


 僕が扉のドアノブに手を掛けようとした時、アンネがドアを引いて現れた。目と鼻の先にいる彼女は「えへへ」と笑いながらはにかむ。


「エミちゃん! 遅い!」

「時間の文句は迎えに来たリオネルに言ってよ」

「あの人か、なら仕方ないかな」


 アンネが身体を引いて僕が部屋に入るように促す。僕はそれに従って部屋に足を踏み入れる。ああ。ヴィルダーロッター家の生活感のある感じに慣れていると、この天井から敷物までが整った空間は別世界のように感じる。


 執事や護衛の人がいるなんてこともヴィルダーロッター家では有り得ない。


「アンネっていつもこの部屋で何してるの?」

「ん? 勉強とかお菓子食べたりとか、あと絵を描いたり」

「悠々自適な生活してるんだね」

「そうかなぁ。やっぱり町で遊んでる方が楽しかったよ」


 おっと、一人でこの屋敷を脱け出されては僕が困る。一応、アンネの護衛なのだから一人になられてそこで何かあってはならないのだ。


「その時は僕も連れて行ってね」


 アンネの耳に手を当てて小声でささやく。


「流石にもう勝手には出て行かないよ。大人の男の人は怖いしね」

「……あのゴロツキに何かされたの?」

「ううん、何もされなかったよ。あいつらにとって、あたしは大事な人質だったからねぇ」


 第二次性徴期を迎えているアンネの身体は少女のものだが、未熟ながらも肉体的に女性らしさがある。目の前の女の子が無事なのを今更ながら喜ぶ。あの時は、図体ばかりでかくて邪魔なブロンド女め、と思ったけどそれは精神的に余裕がなかったからだ。――と自分で自分を納得させる。


「あんまりあの時の事を考えるのは止めよ?」

「うん、そうだね」

「じゃあ、エミちゃんがあたしの護衛になったお祝いにお菓子食べよ!」


 僕のお仕事はアンネとお菓子を食べる事から始まった。食事は賄ってもらえるし、その質も上等と来たら末路はおデブさんだが、幸いな事に僕は太らずに済むからいくら食べても構わない。ただ、食後に摂取した分のものを代価に魔術の練習を行う必要はあるのが何とも難しいところだ。自分の身体の中で発酵、腐敗させる趣味はない。


 午前のティータイムは昼食になるまで続き、お昼はあんまりお腹に入らなかった。女子とは言えど、育ち盛りだからなのかアンネはよく食べた。僕と比べたら大きいと言うだけで、同世代の中では特別に大きいわけでもないだろうに、本当によく食べた。


「そんなに食べたら流石に食べ過ぎだと思うんだけど」

「午後は護身の為の訓練があるから、食べないとやってられなくてね」

「食べた後に動くとお腹痛くならない?」


 僕はならない。


「それでも、食べないと持たないんだよね」


 アンネが含みのある顔で笑う。かなりハードな訓練なのだろう。僕は傍に居さえすれば訓練に参加しなくてもいいのだから気楽なものだ。マネージャーの真似事ぐらいはしてもいいかもしれない。


「……キツい訓練をやってても大人に、男の人に適わないんだったらやる意味あるのかなぁ。やめたい」


 アンネがぼそりと愚痴を零す。僕はそれにどう返したものかと悩むだけでいい答えが浮かばず、アンネが敷地内の広場に向かうのに静かに付いて行くのだった。


 広場にはリオネルがいた。リオネルは木陰に設えられた木製の長椅子に腰を掛けていたけど、僕らの姿を認めると挨拶代わりに片手を挙げながらこっちに来た。その手には二本の木製の剣が握られている。


「よっ、ちゃんと護衛やってるか」

「うん、しっかりアンネの傍で護衛してる」


 リオネルが軽い口調で僕に話しかけてきた。もちろん、護衛なんて大層な事はしていなくてお喋りをしているだけだ。それをリオネルも理解している。


 実際に護衛としての役割を果たしているのは僕ではなく、アンネの傍にいる執事服を着込んだ男だろう。僕がアンネといる時からずっと近くに居るのだ。男は徒手空拳だけどもしかしたら魔法や魔術が扱えるのかもしれない。


「じゃあお嬢様は預かるから、その辺りでぶらぶらしてな」

「えっ、でも……」


 一応、形だけは作っておくべきだとは思いながら内心でラッキーだと感じる。コボルトの仕事風景とか見てきたい。


「あっ、そうか。お前さんもこれに興味があるんだっけか」

「えっ?」


 思い出したぞ。リオネルと初めて会ったのは武器屋で、何か武器を見ていたら店主でもないのに追い出されたんだった。ちょっとした好奇心で見慣れない武器を見ていたわけだけど、ここでその事を思い出さなくてもいいじゃないか。


「よし、お前さんもまとめて稽古つけてやろう。確か、槍だったな。ちょっと待ってろ、棒があったはずだから取ってくる」

「あっ、僕はやるとは一言も――」


 リオネルは言うが早いか、木剣をアンネに押し付け走り出していて僕の声が届いた様子ではなかった。きっと僕は渋い顔を浮かべている。そんな僕とは対照的に、アンネは嬉しそうに二本の木剣をいじっているのだった。


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