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深窓の令嬢なんていない

 僕が男の戦意を完全に喪失させたのと、アンネが逃げ去った方角から足音が聞こえたのはほぼ同時だった。そちらを振り返って見れば、僕を武器屋から追い出した戦を生業にするおっさんがアンネに手を引かれてやってきていた。


「エミ! 助けに来たよ!」

「アンネ。どうして……」

「だって、エミが心配だったもの」


 アンネはおっさんの手を離すと、僕の事を包むように抱擁してきた。一回りも大きなこの身体が、よく僕の背中に収まってたものだ。僕の首元にアンネの頭があって、髪の毛が首筋に触れてくすぐったい。


「……もしかして、おせっかいだった?」


 アンネは僕の背後で打ちひしがれている男の姿を認めたのか、くすりと息を漏らしながら訊いてきた。抱き着く力も、僕を確かめるように強かったものが安堵したのか弱まる。


「お節介なんて事はないよ。この後、官憲に突き出さないといけないし」

「あー、官憲ね。うん、うん……」


 柔らかなブロンドの髪から目を離して、僕はアンネの連れてきた助っ人を見る。目を引くのは背中で保持されている大斧だ。官憲も装備していた鎖帷子の上にブレストアーマーを着用しており、手足もグリーブやガントレットといった防具を着けて守っていた。関節の動きを阻害しないようにしながら、守るべきところを守っているようだ。


「これ、お前さんがやったのか?」

「ええ、まあ、そうなりますね」

「こんなちっこいのによくやるわ」


 おっさんが僕の頭をガントレット越しに撫でる。手の平の側は革か何か柔らかい素材で出来ているようで、硬い感触ではなかった。しかし柔らかい素材で痛くなかろうとも、雑に撫でられれば不快にはなる。


「後はおれに任せろ」

「はい、お願いします」


 ――おら、立て。足付いてんだろうがよ。おれが支えてもいいが、運ぶなら足がない方が軽くて楽だよな。おう、切られたくねえならさっさと立てや。雑魚。


 抱き合う僕らの隣を抜けておっさんが僕の背後に回ると、物騒な会話がなされる。金属を弾くような音が気になってちらりと横目で見ると、ガントレットに包まれた指先で大斧の刃を鳴かせていた。刃が剥き出しの大斧は恐らく重量を活かして叩き切るように扱うものだ。切られたら断面が潰れるに違いない。


 おっさんは男が立ち上がるや否や、蹴り飛ばして男の歩みを促しながら僕にサムズアップをしてきた。笑顔で暴力を振るえるとは凄まじい……。僕にはせいぜい笑いながら目眩しをすることしか出来ない。格の違いを思い知る。


「そうだ、折角だし名前を聞いておこう」

「エミ、エミ・キスケです」

「あたしはアンネローゼ・エン――」

「お嬢様の名前は聞いてないっての。そうか、エミか。おれはリオネルだ」


 アンネが名乗るとおっさん――リオネルは苦笑しながら遮り自らも名乗った。


「武器屋じゃ邪魔して悪かったな。ただのガキだと思った」

「いえ、別に。冷やかしだったのは間違いないですし、実際にただのガキです」


 物理的に成長のしないガキであるのはわざわざ明らかにしていく理由もないだろう。むしろ、今から自動人形のフリをする方が怪しく見えそうなものだ。稼働している僕以外の自動人形を見た事はないから演技のしようもない。ヴィルダーロッター邸に僕以外の自動人形がいないのはそう言えば謎である。


「そう言えば、むきむきの人はどうなったの?」


 アンネが僕を解放して、首を傾げながら訊いてくる。この子の動きは何処となく恣意的だ。ボディランゲージがわざとらしい。


「むきむき……。僕らを追ってきてないって事は、そういう事だと思うよ」

「どういうこと?」

「まださっきの所にいるか、逃げられたか」

「待て、どういう事だ。お嬢様、もう一人いるのか?」


 僕とアンネの質疑応答にリオネルが割り込んできた。


「うん、むきむきのがあっちまで追ってきて、行き止まりだったのをエミが助けてくれたの。そしたら戻るときにこの人がいて……」


 リオネルは言葉にならない唸りをあげながら髪を掻き毟る。お風呂に入っていないのか、すごい勢いでフケが撒き散らされる。同時に加齢臭か何かが臭ってくる。もしリオネルに娘さんがいて反抗期だったとしたら当たりが強いに違いない。


「一人だって言うから、おれだけで来たけど二人となると話が変わるぞ……」

「リオネルさん、別にそのもう一人を相手にしなくてもいいんじゃないですか?」

「お嬢様を攫った奴がいたらひっ捕らえろ。それが町長からの指示なんだ」


 多分、リオネルが口にしたお嬢様って言葉が表してるのはアンネの事で、それが町長からの指示なら十中八九間違いないだろう。


「薄々は勘付いてましたけど、やはりアンネローゼは町長のご令嬢って訳なんですね」

「あたしちゃんと言ってたじゃん。アンネローゼ・エンゲルスだって。それとアンネって呼んでよ、エミ」

「エンゲルスを知らないって事は、この町の人間ではないのか」

「ちょっと離れた所に住んでまして……。それよりも、どうするんです」

「この先が行き止まりだって言うなら、【空踏】とかを使われなければ逃げられはしないだろう。一旦、官憲にお嬢様とこいつを預けるとしよう」


 リオネルはそう言うと、男の尻を蹴り上げて歩かせる。リオネルにお嬢様と呼ばれたアンネは、隣に寄り添うようにして歩いて行く。行き止まりだった方に視線を向けて、後ろから来てない事を確認してから僕はその後を追った。


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