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最初から教えてくれればいいのに

 ほんの少しの間のやり取り。男が喋りたいだけ喋っている間に、僕は言葉をひとつも挟めなかった。


「エミちゃん、よく喋らないでいてくれたね。ありがと」

「いえ、ただ喋れなかっただけですよ。どなたですか?」

「ヴァルター・トレイガー、昔馴染みの人ね」


 リタはヴァルターという男が去った方から向き直り家の方へと歩き出した。その足取りはさっきまでと比べてどこか重いようだ。ヴァルターとの間柄を詮索するのはやめておこう。


「ところでリタ、僕が喋ったら何か不都合でもあったので?」

「ちょっとね。エミちゃんは普通の自動人形と違うから難しいんだ」

「官憲にバレたらまずいような違いなんですね。うーん、『魂寄せ』あたりが怪しい」


 魂寄せ、と口にした途端にリタが僕の手を取って早歩きになった。当たりのようだ。


「エミちゃん? ちょっとお口にチャックしようか」

「はい」


 ルッツもリタもこの話になるとはぐらかすのだ。断片的な情報では、この世界の死者の魂をなんとかするみたいだけど。死者を冒涜する行為として禁じられている、とかその辺りか。別に蘇らせてはいないのだから、それぐらいは許されそうだけど。前世でも霊を下ろすいたこがいる事だしね。


 途中、美味しそうな粉物を焼いていた店があったので食べたいと言ったけど、どうせ吐くからと却下された。そんな事言ったら人間だってお尻から出すのに……。




 ヴィルダーロッター家に帰ってくると、リタは僕の両肩を掴んで思いっきり顔を近付けてきた。怖い。


「これからは、迂闊に魂寄せなんて言葉を使ったら駄目だからね?」

「はい」

「最悪の場合、私とじっちゃんは狭い場所で不味いご飯を食べる事になります」

「はい」

「エミちゃんはお偉いさんに連れられて色々とされます」

「はい。色々とは?」

「それはもう、本当に色々です。ちょっとじっちゃんも呼んで三人でお話をしましょう」

「はい」


 リタの脅迫めいた声の前に、僕はただ「はい」と繰り返すだけの機械になるしかなかった。でも僕に殆ど何も教えてないのはリタとルッツの落ち度だったのでは――と思ったところでリタの目付きが今まで以上に鋭くなった。イエス、マム。


 とりあえず食卓を囲んでお話をするとの事で、リタがルッツを呼んでる間に気を利かせてお茶を入れようとしたらやんわりと断られた。おとなしく椅子に座っているのが今の僕の使命である。


「エミ、すまんな。出かける前に色々と話しておくべきだった」


 ルッツは僕の顔を見るなり申し訳なさそうにそう言った。ええ、そうでしょうとも。ルッツは席に着くと、リタを待った。リタは買ってきたお茶を淹れたようで、カップとティーポットを盆に載せて持ってきた。カップは三つ。


「飲んでもいいけど、吐きたくなかったら香りを楽しむだけにしておくといいよ」

「生殺しですよね、それ。魔術を使う練習をしなきゃいけませんし飲みます」


 茶を注がれたカップを渡され、まず香りを楽しむ。落ち着くいい匂い。……それ以上の感想は僕の貧困な感性からは捻りだそうとしても何も出てこない。いい匂いなんだけど、それだけだ。


「さて、ではエミが知っておかなければならない諸々を教えるとしよう」

「お願いします、ルッツ」

「まず、魂寄せからだな。魂寄せというのは、もう知っているかもしれないが死人の魂を冥界から呼び寄せる魔法、儀式の事になる。これは国が禁じている魔法のひとつだが、正直な事を話すと珍しくもなんともない魔法だ。だってそうだろう、死んだ奴に会えるんだから試さない手があるか、という話だ」

「それは、確かに」


 僕が子供の頃に飼っていたタロウにも会えたりするのだろうか。死ぬ前までに飼っていた犬は二代目のハナだ。


「だが、だからと言って取り締まられない訳でもない。むしろ厳罰が課される。安易に眠れる人を起こすものではない、と言っているそうだ」

「国の決まりに違反しているのは分かりました。魂寄せで死人を呼び寄せて僕みたいに人形に憑依? させられるなら蘇らせてるようなものですもんね」

「それは魂寄せじゃなくてエミ、お前に組み込んだ魔術回路の方に理由がある。魂寄せをしただけでは、死人がこの世界にいられるのはせいぜい五分だ。だが――」


 ルッツは言葉をそこで区切った。それから茶を一口含んで、徐に続ける。


「儂の作り出した魔術回路で呼び寄せた魂を、エミ・キスケをこの世界に縛り付ける事に成功、してしまった」

「……いい事ではないんですか?」


 君は若いね、とリタが零す。僕には人生経験が足りていないらしい。


「外道の業なんだよ。魔法でも適わなかった蘇生を魔術が叶えてしまったのだから」

「魔法で出来なかった事を魔術が出来てはいけない理由はあるんですか?」

「エミちゃんは質問ばかりだね。逆に聞くけど、代償を必要とする魔術が魔法を超える事についてどう思う?」

「僕は魔法も魔術も知りませんから何とも」

「そっか、じゃあ答えはまた今度でいいや」


 代償。つまりは火を熾すのに燃料が必要という事であって、それが発展してボイラーになったりエンジンになったりするのは悪い事ではないはずだ。ダイナマイトも使い方次第であって、やはり魔術が発展するのは望ましい事だと思う。


「……続けるぞ。問題は魂寄せをした事以外にもあるのだ。儂らは遠くから魂を呼び、エミを呼んだ。だがさっきも言ったように死んだ人間に会ったり、特定の人間を呼ぶのが本来の使い方だ。この意味が分かるかね?」

「問題、なんですよね。例えば、名のある職人が僕みたいに人形に宿ったのなら、問題どころかいい事だと思うんですが……」

「エミ、それでは世界が停滞してしまうのだ。学究の途中で死んだお前さんは知らんだろうが、人が死ぬまで変化を生み出し続ける事などありえんのだ」


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