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大晦日の会談

作者: 囲井 鯀

 大晦日。

 12月31日。

 私は紅白歌合戦をテレビ越しに眺めながら一人寂しく年越しそばを啜る。

 昨日、友人に富士山で年越し、初日の出を見ようと誘われたが断った。彼女は結婚していて、来年の夏に子供が生まれる予定だと嬉しそうに話していた。今頃、旦那と仲良く登山しているころだろう。

 きっと先週は子作りに励んでいたのだろうと思うと、涙が出てきそうになった。彼女と私の歳の差は3年。来年には大学を卒業し大学院に進む私だが、そんな私に彼女は「いつか素敵な人が見つかるって」と励ましてくれた。

「ふふっ……」

 年越しそばを笊ひとつ食べ終わり、少し自嘲気味に笑ってみる。

 駄目だ……。目頭が熱くなってきた……。もう笊一杯そば食べよ……。どうせ一人だし、別に良いよね……。

 目元を拭いながら台所へ向かう。もうすぐ銃河(つつがわ)と言うアイドルの出番なので、アルデンテで作ってしまおう。

 時計を見ると、今年の私でいられるのは後3時間だけだった。来年はお洒落に生きようと思う。


 テレビの音で目が覚める。

「ん……」

 いつの間にか寝てしまったようだが、銃河ちゃんを見てから寝たので心配はいらない。今日も銃河ちゃんは可愛かった。これならニューイヤーズライブのチケットをダメ元でもいいから予約しておけばよかった。

 時計を見ると、十分ほど寝ていたようだ。

 一旦テレビを消し、八畳程の部屋をうろうろする。衣装箪笥が半畳、テレビとDVDプレイヤーで半畳、部屋の片隅に積まれた段ボール箱で一畳。布団を広げれば二畳だが、今は畳んでいるので半畳。部屋のど真ん中に鎮座するちゃぶ台の周りをうろうろしながら考え事をする。

「卒論はもう仕上がったし、別に首席じゃないし面倒なことは無いよね……。それに、もう週5で大学行かなくていい風にするから趣味に没頭できるし……。うううー……」

 さっきいた位置に吸い寄せられるように戻り、頭を抱える。どうして今まで趣味に没頭していなかったのだろう? そもそも私はこの九ヶ月何をしていた?

 大学は週2だし、他はバイトして生活費稼いで、仕送りを貰ってそれも生活費に回して、学費は奨学金だからいらなかったでしょ……。

 あれ? バイトして、お金余ったら貯金して……。貯金して? 貯金したまま? 確か私、ゲームとか好きで高校生の時沢山してたよね?

 ……もしかしてこれ、走馬灯かな?

 泣いていてもしょうがないし、寂しくなってきたので友人と言うより、知り合いを呼ぶ。

「おーい、雪ちゃーん、紺ちゃーん」

 しばらくすると、鍵をかけていない窓から一メートル程の雪女(二~三頭身程)が無断で入り、鍵のかかった玄関から人型ショタに化けた妖狐が騒々しく入ってくる。律儀に二人とも鍵を閉めてくれる。

 だけど一つ言いたい。

 どうしてわざわざ玄関の鍵を開けて入ってくるの?

「とりあえずいらっしゃい」

「こんばんは」

「おひさー」

 挨拶を交わしながらいつもの席に着く。ちゃぶ台を挟んでテレビと真反対の位置に私が座り、その両隣に雪と紺。

 多分私に恋人が出来ないのはこの二人のせいだと前々から考えているのだが、二人の可愛さには勝てなかった。


「最近どう?」

 テレビを見ながらそっけない風に雪が聞いてくる。

「ずっと勉強ばかりで、そこらの大学生っていうより勉強大好きな変態みたいな感じ。私も恋、したいんだけどねー」

「ゆうちゃんじゃ無理」

 ざっくり心を殺られた。つららの様に冷たく透き通った肌の少女は、つららの様に冷たく鋭かった。

 思わず涙目でちゃぶ台に突っ伏す。もう一杯ほど笊でそばを食べてしまおうか。いや、太るからやめておいた方が……。やっぱり食べよう。

「なんで私じゃ無理なの?」

「雰囲気」

 因みに紺は歌に興味がないようで狐の姿に戻って寝ている。

「……なにそれ?」

「お洒落すると近づき辛い」

 え……。来年からお洒落するって決めてたのに……。

「お洒落してなくても近づき辛い」

 …………。何故か頬を水滴が伝う。

 つまりこういう事だろうか。『ブスは何を着てもブス』。

「もういい……。杏さんのお世辞を本気にしてた私が馬鹿だった……」

「…………」

 してやったり、という表情で雪は私を見ている。

 あ、今鼻で笑った。

「なによ、なんか文句あるの?」

「ゆうちゃん、美人の自覚なくてウザったい」

 さり気なく褒められた。それ以上にさり気ない冷たい言葉の刃が私の心を深々と抉る。

「ウザったい……」

「美人でしっかり者、だから近づき辛い」

「……褒めてるよね?」

「例えるならお姫様」

 つまり、憧れの存在だが、そういう対象には含まれない、と。そういう事だろうか。

「そう」

 頷くな。悲しくなっちゃうでしょうが。

「王子様見つける」

「王子様?」

 何故か銃河小恋の顔が脳裏に浮かぶ。

 私もああなれたらな、と。

「違う」

「えー……、王子様、って言われても……」

 どうしても、『星の王子様』というフレーズが連想されてしまう。そもそも、中学高校そして大学まで共学だったし、男性とはよく話せてはいたが、どうも理想の、と言うか、これだ、と思える様な男性に出会ったことが無い。

 テレビを眺めていても、この俳優、カッコいいなと思ってもそれで終わりなのだ。恋らしい恋と言えば、小学校以来となるだろう。

 クラスの人気者で、カッコいい男子に恋したが、しかし今も昔も引っ込み思案で口下手な私には眺めることしかできず、何度か話す機会はあったが次第に距離は離れていき、結局私の父親の転勤で全ては終わった。

 当時、涙が止まらなかったが、しかし彼は皆との別れが惜しいと思い込み、ただ一緒に泣きながら笑ってくれた。

 切なくて、胸が苦しくなって、更に涙が止まらなくなったが、一年とたたないうちに彼のことなど忘れてしまった。

「ゆうちゃん、目が危ない」

「え!? あ、うん……」

 気持ちを切り替えなければ。そう、窓の外を眺める。いつの間にか降っていた雪が街灯に照らされて幻想的な輝きを見せていた。上の階の叔父さんがビニール袋を抱えながらほくほくとした笑顔で小走りしているのが見えた。おそらく、袋の中身はビールだろう。そう言えば、今日は一人で飲み明かすのだととても楽しそうに語っていた。

 ビール、ね。

 そういえば最近飲んでいない。と言うのも、自分では滅多に買うことはないし誘われた時に飲む程度にしか飲む機会がない。健康に気を使っているので普段は飲むようなことはしていない。

 まあ、誘われることが滅多にないだけなのだが。


 話を戻そう。

「王子様?」

「うん、王子様」

「はぁ……」

「何、その諦めたような溜め息」

 あ、怒った。

「王子様、ねえ。居るのかな、そんな人」

「ゆうちゃんにはいない」

 相変わらず酷いことを言う。もう、紺と一緒に眠ってしまおうか。そう思い、紺を探す。

「すぅ……」

 布団と床に挟まれながらも紺は気持ち良さそうな寝息を立てている。

「ゆうちゃんは変わらなくちゃいけない」

「変わることって、とっても難しいことなんだよ」

「ゆうちゃんより生きてる私に言わなくていい」

「でも、実際そうでしょ?」

「簡単、なんなら、私がやってあげる」

「うそ、やってやって!」

 私がそう言うと、雪はウザったそうな視線をこちらへ向けてくる。

 え、なに。

「うっさい、黙れ」

「……へ?」

 急にどうしたの? と問いかけようとした矢先、厳しい口調で同じことを言われた。

「黙れって言ってるのよ、わからない?」

「あ、うん、すいません……」

「ふんっ! わかればいいのよ」

 駄目だよ雪、変わったことには変わったけど、これじゃあ悪化してるよ。口の悪さが悪目立ちしてるよ、雪。

「どう?」

「どう? じゃないよ、どう? じゃ」

「悪気はない」

「あれをナチュラルに出来る神経にびっくりだよ……」

 本気でびびってしまったではないか。

「でも、簡単」

「まあ、うん。見習いたくないけど」

「そう」

「うん、そう」

 悪い一面だけを目立たせてはいけない。それは自分の弱さを他人に見せびらかす行為だ。他人の弱さを知った人間は容赦なく攻撃するだろう。下を作り、弱い者がいることを確認し、自分に酔いしれたいがために。

 都合の悪いことがあれば逃げるのが人間だし、逆にそれを逆手に取って利用してしまうのは要領が良い資本主義の人間だ。

 そう、人間は資本主義なのだ。

 簡単に他人を売ることだってできるし、他人によく見られるためだったらいくらだって猫を被る。それが人間なのだ。

「ところで『猫を被る」って妖怪絡みの諺なんだよね冗談ですってば雪様」

 睨まれた。

「いきなり、変」

「いや、なんとなく」

「そう」

「それにしても、自分を変える、ねえ?」

 例えば、髪型を変える、とか? 思い切って手で髪を後ろに束ねてみる。

「どうかな? ポニーテール」

「いいと思う」

「ツインテール」

「いいと思う」

「おさげ」

「いいと思う」

「ちょんまげ」

「いいと思う」

「いいと思うしか言ってないじゃん。結局どれが一番良かったの?」

 調子に乗って色々髪を弄ったが、雪はどれも同じ反応しかしてくれなかった。

「んー……」

 雪はしばらく考える仕草をし、おもむろにテレビを点ける。

「あれ」

 テレビには、年末年越し特別生中継のゲストとして出演している銃河小恋(ここ)が笑顔を振りまいていた。

「……ショートカット?」

「うん。後は、猫被り。明るい性格」

「もっと明るい自分をさらけ出せ、と」

「そう」

 いや、それだと、今まで大人しかった自分はどうなのだと突っつかれる可能性が――。

「うるさい。気にしたら、負け。もしくは、死ね」

「気にしないようにします!」

 そうだ、気にしたら負けなのだ。気にし過ぎるあまり、人間はつまらない生き物になってしまったのだ。生きているのか死んでいるのかわからない若者達が良い例だろう。

 周りの視線を気にする一般的な若者たちで溢れかえった都会の街道。個性を目立たそうとして周りと同じ型にはまった無個性の集団。誰もが同じ格好で、誰もが同じ顔。

「…………」

 それは嫌だな、と。

『今年も残り一時間を切りましたー!』

『皆-! まだ寝ちゃ駄目だからねー!』

 テレビ越しに見える台場。大量の人が大音量の叫び声を出している。

 その秩序的で混沌とした集団の向こうに見える、一際輝く華。

「……私も、なれるかな?」

「今のまま、無理」

「だから、変われってこと?」

「そう。これから、どうとでも」

 雪はそう言うと、テレビ画面へ意識を移す。

『行っくよー! 『~藍~』ぉおおおおおおおー!』

『あおぉおおおおおおおおおおおお!』

 しかし、テレビに映る景色は眩しいほどの銀世界であった。藍色の浴衣がよく映えている。

「んん、油揚げ~」

「ああ、はいはい。ちょっと待ってね、紺」

 私はテレビの音量で目を覚ました紺の頭を一つ撫でてから、台所へ向かう。




「あっ! 杏さーん! おひさ!」

「あれ? ゆうちゃん、なの?」

「そうそう、私。出産おめでとうございます」

「ありがとね」

「かわいい赤ちゃんですねー」

「でしょ? 主人に似てカッコイイ男の子になるかしらね?」

「おおー、いいですね、そういうの」

「女の子なんだけどね、この子」

「ありゃりゃ?」

「それにしても、なんか、変わったね」

「いや、『なんか変わった』つもりは無いんだけど……」

「あはは! スゴイ変わった、だったかな! 性格は全然変わってないみたいだけどね!」

「そ、そんなことないからー!」

     (7月22日 とあるデパートより)


「……昔の悠花に戻ったみたいだな」

「だな。……っていうか、いつの話だよ」

「うーん、小学校以来、かな?」

「随分とまあ……」

「ま、虐めに気付いてあげられなかった俺達も俺達だけどな」

「……まあ、な」

「……あいつ、今も悲しんでるのかな?」

「悠花のことだ、きっと気付かないうちに忘れてて、そのくせ気付かないまま引きずってるんだよ」

「あ、言えてる」

「だろ? あいつはなんでも一人で抱えすぎなんだよ。ちょっとは僕たちのことも頼れっての……」

「はいはい、片思いご苦労様」

「こんの……っ!」

     (4月24日 とあるファミレスより)

 最後に一言。












 12月25日に女子と二人っきりで出かけた男子、あわよくば手なんか繋いじゃった男子、「寒いね」なんて言って女子と顔見合わせて笑いあっちゃった男子、その他諸々女の子といちゃいちゃしちゃってる男子達……。



 貴様等全員纏めて、宇宙の塵になれ!

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