ジェンダ
最愛の妻が病に倒れた。
どうやら彼女の一族にだけ伝わる不治の病らしい。
魔界の王である俺にできることは、何も無かった。
何人もの医者に診てもらったが、どの医者も首を横に振るだけだった。
先代から魔王の座を継いで以来、己の力と、彼女と息子のいる家庭に支えられ、魔界を統治してきた。
どんな相手でも力でねじ伏せられたのに、最愛の彼女を蝕んでいる病に対して何もできない自分が情けなくて仕方がなかった。
どうにも出来ずに悩んでいる俺を見て、病で苦しいハズの彼女は、
貴方がそんな弱気になってどうするんですか、貴方は魔王なんですよ?私の知ってる貴方はもっとたくましくて誰よりも強いんです。
と叱り飛ばしてくれた。
俺は一番強いのは彼女だと思った。
いつだってそうだった。くじけそうな時も、寂しさでどうにかなってしまいそうな時も、彼女は魔王である俺を叱ってくれた。いつも隣で支えてくれた。
次は俺が支える番なんだ。彼女が俺にしてくれたように、今度は俺が彼女にできることをしてあげるんだ。支えてあげるんだ。
それから俺は彼女に、俺ができることを精一杯した。彼女と顔を合わす時間を増やして、彼女と少しでも触れ合えるようにした。魔界統治の仕事の合間に、魔界中を飛びまわって病の治療方を探した。普段は読まないような、頭の痛くなりそうな先代の書物にも目を通した。息子もずっと彼女の側で看病をしてくれた。
しかし、病の治療方が見つかることはなかった。
そして病は、日に々彼女の身体を蝕んでいった。
それでも彼女はいつも笑顔でだった。
治療方が見つからず、それでも彼女に心配をかけまいと強気に振る舞う俺に、
普段笑わない貴方が笑うなんて、無理のし過ぎですね。そんなにボロボロになって、まるで私じゃなくて貴方が病気みたいじゃないですか。
と、また俺を叱り飛ばした。
でもその時ばかりは、俺が病気ならよかったと心から思ったんだ。
それから日が経ったある日、彼女から話があると言われた。
2人だけで話したいと言われたから、息子には俺の仕事を一つ任して外に出した。
ベッドに横たわる彼女は、泣いていた。
俺を叱り飛ばしてくれる強い彼女はいなかった。
私の身体だからわかるの、もう私の身体は何日も持たない、あの子や貴方の側にいられなくなる、私は病気に負けるのが悔しいの。
そして彼女は言った。
「だから、貴方の手にかかって死を迎えたい。お願い、私を殺して…?」
その言葉を聞いて、俺の身体は固まってしまった。動くことをやめてしまいたかった。そうすれば彼女を殺さずに済むのかもしれないと。
しばらくすると、彼女はその両の腕で、動かない俺の身体を抱き寄せた。
「お願い…。」
その力はか弱く、その声はか細く、彼女は今にも病に飲み込まれてしまいそうだった。
動かなかった俺の身体は、震えながらゆっくりと起き上がり、俺の両の腕はゆっくりと、彼女の細い首に手をかけた。
途端に、今まで見せまいと堪えてきたものがすべて、両目から、口からボロボロと零れていった。
そんな俺の姿を見て、彼女は…彼女は最後に俺の名前を呼んだ。
「ありがとう…ジェンダ。」
帰ってきた息子に、全てを伝える勇気はなかった。
何も言わない俺に問いかけてきた息子に、ただ一言、
「俺が…殺した。」
とだけ伝えた。
あの子の中の強かった彼女の面影を汚さずに済んだなら、それで構わなかった。
それからは息子と話す機会もなくなり、俺は仕事を優先する日々に戻ることになった。
しかし、最初は順調だった仕事も、だんだん手に付かなくなった。
彼女のいない生活に、世界に、堪えられなかった。
もう何もかもを投げ出して、消えてしまいたいと思った。
そんな時だった、ある魔族が一人、人間界に行った際、天使に連れ去られる事件が起こった。
魔族総出で救出に向かおうという提案が出たが、俺はそれを否定した。
「俺一人で天界に乗り込む、そうすれば被害は最小に抑えられるし万が一という事になってもその魔族の一人を俺が必ず救出する。」
今思えば、俺はあの時死ぬつもりだったんだろうなぁ。
西暦××年、二代目魔王は死んだが、一人の魔族の少女を救出した。