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習作三題噺

三題噺「ビュッフェ」「SF」「教会」

作者: 白水タマモ

 暗い森の中を、私は走る。

 雨音は依然として強く、木々の枝葉に助けられていなければ今頃は危険なまでに体温を奪われてしまっていただろう。

 とはいえ、合間からこぼれ落ちる水滴で私の身体はびしょ濡れだし、ぬかるんだ足元はただでさえ旅路で疲れ果てている体力を容赦なく削っている。

 このままでは最悪の結末もありえてしまう。せめて雨風をしのげる場所はないかと考えていると、どこからか鈍い鐘の音が聞こえてきた。

 なけなしの気力を振り絞り、音の聞こえた先へと向かう。

 しばらく走ると不意に開けた場所に出た。

 そこにはまるで救いの手を差し伸べるかのように、荘厳な教会が建っていた。


 この時ばかりは、毎週の礼拝を欠かすことを許さなかった母の教えに感謝した。

「あの、どなたかいらっしゃいますか?」

 分厚い扉を叩きながら問いかける。

 華美な修飾を施された窓からは暖かな明かりが漏れている。中に誰かが居ることは間違いなさそうだ。

 そして、雨にかき消されていたために近寄るまでは気づかなかったけれど、どこかから良い香りがする。

 ここ数日ろくな食事をしていないことを否応なく意識させられた私が、あわよくば、と考えてしまったことはこれはもう仕方のない事だろう。

 そんな事を考えていると、ぎいと音を立てて扉が開いた。

「お願いします。どうか一晩屋根を貸していただ……け……」

 ないでしょうか、とまで言い切ることは出来なかった。

 扉の向こうに立っていたのは敬虔な神父などではなく、銀色のよくわからないものだったのだから。


 旅に出ると両親に告げた時、それはそれは引き止められたけれど、止められないと分かったあとは幾つもの心がけを教わった。

 森の中で野生動物に出会った時だとか、街で財布を盗まれた時だとか様々だ。

 両親だけでなく、旅慣れた行商人や傭兵稼業を行なっていた酒場のおじさん、村の知恵袋である婆様までが多くのことを教えてくれた。

 けれど誰一人として、森の奥の教会で銀色のなにかに出会った時のことなんて教えてくれなかった。

 私がどうしていいのか分からずに固まっていると、銀色のなにかは目のような部分をにゅっと折り曲げた。人の表情で表すのならば、にっこりと微笑んだ、といった感じだろうか。

 ぴるぴるといった聞き取りづらい音を発すると、奥から銀色がもう一体あらわれた。いかん増えた。ただでさえよくわからないものが二体もいるだなんて。

 ここに来てようやく冷静になってきたのか、逃げたほうがいいのかもしれないと思い始めたが、いかんせん疲労は限界へと達している。希望と思って教会へと駆け寄った時点で、全ての体力を使い果たしてしまっていたようだ。

 追われれば逃げ切ることは出来ないだろうし、よしんば逃げ切れたとしても森の中で力尽きるのは明白だった。

 心を絶望が蝕み、かろうじて身体を支えていた膝から力が抜ける。腕にも力が入らず、そのまま倒れ伏して――地面にぶつかる直前に、暖かいものに包まれた。


 気がつくと、私はベッドに寝かされていた。

 びしょ濡れだったはずの服はすっかりと乾いた様子で傍らに折りたたまれていた。そんなに長い時間気を失っていたのかと慌てて窓の外に目をやると、まだ雨は降り続けている。経験則ではあるが、この付近では日を跨いで続く雨は珍しい。明るさから察しても半刻ほどしか経っていないだろうと結論付ける。

 だとしたら、この服は一体……? 火に当てたとしてもこれほど早く乾くものだろうか。などと考えていたら、より大事なことに気がついた。

 服がそこにあるのなら、私は服を着ていないということじゃないか!

 慌てて己の身体をあらためると、毛皮にも似たふかふかな布に包まれていた。その感覚は気を失う前に包まれたものよく似ている。

 それ以外には特に何かをされた形跡は……いや、ある。恥ずかしい話だが、当然旅路の最中ではろくに身を清めることなど出来はしない。私としてはそれこそが旅というものの最大の敵だと思っていたくらいだ。

 それだどうしたことだろう。あれだけ薄汚れていたはずの私の身体は、まるで入浴後の王女様の肌のように美しくなっていた。王女様云々は実物を見たことなんて無いからただの想像だけれど。

 首を傾げながらも、どうやら悪くは扱われていないらしいと考えた私は乾いた服を身にまとって部屋から出ることとした。

 多分この扉の向こうには銀色がいるんだろうな、とは思ったが、このままじっとしていても埒が明かない。食べるつもりなら既に食べられているだろうし、服を乾かす理由もない。

 ええいままよとドアを開くと、先ほど嗅いだ香りが胸いっぱいに広がって――十を超える銀色が蠢くさまを目撃した。


 さすがに想定を超えた状況を理解することが出来なかったが、私に気づいた銀色はみな目の部分をにゅっと折り曲げて私に近づいてきた。あ、やっぱり怖い。

 けれど一体の銀色が私に差し出したものを見た瞬間、恐怖なんてものはどこかに吹き飛んでしまった。

 銀色の持つ銀色の盆に乗っていたのは、一杯の黄金色のスープだった。

 スープから漂う香ばしい香りに否応無しに空腹を意識させられて思わず喉を鳴らすと、別の銀色がやはり銀色の匙を差し出してくる。

 恐る恐る受け取って、匙をスープの中へ。震えそうになる手を抑えながら、一口分をすくい上げて口元へと運ぶ。

 スープを下に乗せた瞬間、私は雷に打たれたんじゃあないかという衝撃を受けた。

 まるで、多種多様な肉や野菜を一口に頬張ったような――当然、そんな贅沢はできるはずもない――芳醇な味わい。

 思わず二口、三口と匙が進み、気がつけばスープはすべて私の腹の中へと収まっていた。あまりの多幸感に陶然としていると、気がつけば周囲の銀色たちも目を波打たせて放心していた。

「あ、あの……?」

 心配になって声をかけると、いち早く我に返った銀色が私の腕を掴んで部屋の中へと招き入れた。


 そこには、楽園が広がっていた。

 私でもご馳走と分かる大きな肉の切身を焼いたものから、微塵も硬さが見られないパン。多種多様な野菜の盛り合わせに、よくわからない黄色くてふわふわしたものに赤いソースがかけられているもの。

 数えきれないほどの料理が、そこには並んでいた。

 私の腕を掴んでいた銀色はどこか自慢気な様子で頭に乗せた銀色の帽子の位置を正すと、私に銀色の皿と銀色のフォーク、ナイフを手渡し、腕を大きく広げた。

「ええと……食べて、いいの?」

 銀色は目をにゅっと折り曲げ、ぴるぴると音を出す。そして手近にあった料理をこちらへと差し出してきた。


 そうして私は食べ続けた。

 この味を美味しいなどといった言葉でしか表せないことが悔しくて仕方ない。

 あらゆる料理が、私がこれまで食べてきたものをはるかに上回る至宝であることに間違いはない。

 国王様だってこれ程の料理を食べたことは無いだろうと確信できた。

 食べて食べて、空腹が収まった辺りで、ようやく銀色たちの真意に気がついた。

 銀色たちは、ただ善意で私に料理を食べさせているわけではなかったのだ。

 最初に気がついたのは、とても辛い――しかしその後にそれ以上の旨味が襲ってくる――料理を食べた時だ。

 それまでは私が料理を口に運ぶと、回りの銀色たちも一緒になって喜んでいた。けれど、この料理の時だけは一瞬ぐねぐねと腕を振り回してなにかに苦しむような素振りを見せた後、至福の表情を浮かべたのだ。そう、私がしたのと同様に。


 銀色たちは、私の感じた味を食べていたのだ。


 銀色たちは自分で料理を食べようとしない。そもそも口が見当たらない。

 だから、食べたい料理を私に薦めてくるのだ。

 真っ白な雪を持ってきた銀色は、私が冷たい甘さを感じるとともに踊り出した。

 しゅわしゅわとした琥珀色の酒を持ってきた銀色は、私が爽やかな喉越しを味わうとともにうなずきを返した。

 あれもこれもと、次々と銀色はおすすめの料理を持ってくる。

 一口ごとに、私と銀色は大げさなほどの表現で幸せを噛み締める。

 不思議な宴は私の胃袋が限界を迎えるまで続いたのだった。


 目が覚めると、私は古びた礼拝堂に横たわっていた。

 まるで夢だったかのように、宴の痕跡は跡形も無い。

 本当に夢だったのかもしれない。空腹のあまりに幻覚を見たのではないか。しかし、そんな考えは備えられた鏡を覗きこんだ瞬間に杞憂と分かった。

 宴の欠片が――ふっくらとしたライスの粒が、私の頬に残っていたのだから。


 感じる味というものは、人によって違うものだ。

 私も昔はキャロットなんて人の食べるものじゃないと思っていたけれど、今となっては大好物だし。

 エルフは肉を好まないというし、ドワーフは水のように火酒を飲むという。

 きっと銀色たちは、別の味を求めて旅立ったのだろう。

 そう考えると、彼らは私の同類だったのだ。

 王都の料理を学んでくると、意気揚々と旅に出た私であったが――道半ばにして、それ以上のものを見つけてしまった。

 あの宴の料理のほんの少しでも再現できるならば、きっと誰もが驚くだろう。


 王都への女の一人旅なんて出来っこないと言われて意固地になっていたけれど、確かにそれは無理だった。旅は生易しいものじゃない。本当に、命を落とすところだった。

 けれど、旅に出たこと自体は無駄じゃなかった。

 望んでいた以上に、素晴らしいものに出会うことが出来た。

 だから、まず謝って――それから、たくさん自慢しよう。

 雨は綺麗さっぱりとあがっていた。

 私も足取り軽やかに、故郷への道を戻り始めた。

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