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俺達が狩りを終えて森から帰還したのは、ゲーム内時間で18時頃であった。空を見上げれば、まだ沈みきっていない太陽の赤とそれを追っているかのような夜空の黒が混じりながら一面を覆っている。
「あ~、やっと帰ってこれた」
姉の強行採決によって決定したカウンター訓練を終えた俺は疲れを吐き出すように息を吐いた。
「何よ~、そんな疲れた顔して。SPだって今そんな減ってないでしょ。途中、食事休憩だって取ったんだし」
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ここで言うSPとはスタミナポイントの事で、これは食事でのみ回復する。SPはHP、MPとも関係しており、SPが十分なら両方ともゆっくりとか回復していく。しかし、7割以下になると回復速度が遅くなり、4割以下だとHPの回復が完全に止まる。そして0になった時点で飢餓状態になりダメージが入り続け、最終的に死亡してしまうのだ。
またWP、つまりウォーターポイントも似たようなもので減少による-補正はないものの、0になった時点で脱水状態になる。これは飢餓とほぼ同じで、最終的には死亡する事になる。
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「あの訓練は初心者にはキツイって。ゲージは確かにあまり減ってないけど、精神的な疲れが凄いよ。しかも食事っ て、あの超不味い簡易携帯食だろ」
俺の言う簡易携帯食はNPCが売っている唯一の食料である。値段も安く、味もそれ相応だ。
「しょうがないじゃない。直ぐ手に入るのがあれしか無かったんだし」
俺達がそんな会話しているとキーラスが、
「おいおい、そんな事してないでこれからどうするか決めようぜ」
と、言ってきた。
キーラスのその言葉に俺が希望を上げる。
「じゃあ俺に今から2人の武器を修復させてくれ。2人とも初期装備じゃないから耐久力減ってるだろ。ついでにスキルも上げたい」
「それじゃあ俺はいらないアイテムを売ってくるわ。使うアイテムを選別してくれ」
「それなら私は夕飯買ってくる。今なら【料理】持ちが色々作って売ってるだろうし」
こうして俺達はそれぞれの役割分担を決めた後、集合場所を最初の教会に決めて町に散って行った。
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暫くして、教会で合流した俺達は初日の無事終了した事を祝って打ち上げを行っていた。
「それじゃ、今日1日お疲れ!かんぱ~い!」
「「かんぱ~い!お疲れ様~!」」
人のいない静かな教会前に声が響いた。
エミリスの音頭に俺達が声を上げ、ジュースの入ったカップを掲げる。何か罰当たりな気がしないでもないが、今は気にしない事にしよう。
「ふ~、なんとか無事に今日を終われたな」
「まあ確かに今日のアレは初めてのやつがやることじゃなかったからな。お疲れさん」
「おう」
そう言いつつカップを傾ける。
「何よ2人して。別にいいじゃない、スキルもガンガン上がったんだし。それに最後にアイテム採集の時間だってちゃんと作ったじゃない」
そんな俺達の様子にエミリスは不満顔だ。
「確かにアイテムも集まって、スキルも17も上がったけど危ない場面が何回もあったじゃないか」
「ドキドキしたでしょ?」
「し過ぎて息の根が止まりそうだったよ。グレイウルフの一撃でHPが5割以下になった時は血の気が引いたぞ」
「アハハ、まあそう言うなよ。それより早く飯食おうぜ、冷めちまったら勿体ないだろ」
「……それもそうだな」
「そうね、食べましょうか」
キーラスの言葉に同意した俺達は食事に手をつけ始めてた。ちなみに本日のメニューは小角兎のハンバーグ、サラダ、蜘蛛肉の串焼きである。
……蜘蛛肉って食材なのか?
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食事中、
「しかしいいのかよ、2人とも」
「何がだ?」
「何の事よ?」
「アイテム、おれが全部持っていっても」
今回取れたアイテムを分けようとした際、2人がそう言い出したのだ。
「ああ、その事か。別にいいんだよ。なあ?」
「そうね、気にする必要ないわよ。私達にとって珍しいものじゃないし。βから装備は持ってこれないけど、お金はそのままだから必要な装備はかえるしね」
「でもなぁ…」
なんか後ろめたいんだよなぁ。
「でもじゃない。アンタ生産者やるんでしょう?素材なんて、いくらあっても足りないでしょうが」
「うっ、確かにそうだけど……」
エミリスに図星を刺され、言葉につまる。
「人の親切は、素直に受け取っておきなさいよ」
「……わかったよ、ありがとう2人とも」
俺は2人の親切に甘えることにした。
「ふふ、ちゃんと感謝しなさいよ」
「貸し一だからな」
2人はニヤニヤしながら、こちらを見ている。その視線を受けて恥ずかしく思いながらも、
「返せるように頑張るよ」
と、なんとか絞り出すように呟いた。
そんなことを話しつつ、俺達の夕食の時間は過ぎて行った。
……ちなみにメニューの中で一番旨かったのは、蜘蛛肉の串焼きであった。……なんか納得いかねぇ。
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夕食の終了後、キーラスが俺に「これからどうする?」と声を掛けてきた。
「今日はもうあがる事にするわ」
「まだ早くね?規定睡眠時間を考えても余裕あるぞ?」
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ここで出た規定睡眠時間とは、ゲーム内でプレイヤーが起きてから24時間内に取らなければならない睡眠時間の事だ。その時間は7時間と設定されている。
規定と書かれているが絶対ではなく、減らす事もできる。だが時間を減らした場合、その分SP、MPの消費にペナルティーがつき、ひどくなると睡眠不足の状態異常になってしまう。
また睡眠時間中にログアウトすることも出来るが、ある理由からそれは手に入れた自宅か宿屋、ホームポイントに設定した建物の中のみとなっている。
……まあ言ってしまうと外で睡眠を取った場合、ランダムで敵モブが襲撃してくるからである。
各武器スキルに気配察知能力があるのもこの襲撃してくる敵モブが理由である。
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「飯の準備しなきゃ。今家、親が旅行中だから全部自分でしなきゃいけないし」
「そっか、じゃあ俺もあがるか。エミリスはどうする?」
エミリスはメニュー画面をみながら、
「うちのパーティーの連中が広場で騒いでるらしいから、そっちに顔出してくる」
と、答えた。
「それじゃあ今日はここで解散ってことで。ゼンは宿屋まで案内するから一緒に行こうぜ」
「了解。エミリスお疲れ~。」
「お疲れ~、アンタ達も明日から頑張ってね~」
こうしてエミリスと別れた後、キーラスの案内で宿屋に向かった。
キーラスの言う宿屋は教会から近く、歩いて数分の場所にあった。その宿屋は古い木造の建物でそこまで大きく見えない。
俺達は中に入ると、受付で三日分の宿泊費を払い込み部屋に移動する。
到着した部屋の中にはアイテムボックス、ベット、作業台が設置されている。
アイテムボックスの中に、自分で持っていた分とキーラスに持ってもらっていた分のアイテムを収納、その後でキーラスに礼を言って別れた。
俺は部屋に戻るとすぐにベットに横になる。そしてそのままメニュー画面を呼び出し、今までなかったログアウトの項目を選択する。
その直後、急に眠気が俺を襲いゆっくりと視界が暗転していった。
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目を覚ました俺は、体を起こしながらバイザーの時計を確認する。
バイザーには現実時間の時計と、ログインする前にはなかった時計らしき数字が表示されていた。恐らくゲーム内時間の時計だろう。
今の時間は現実時間では11時30分、ゲーム内時間で20時を示していた。
「さて、それじゃ昼食の支度するか~」
俺はそう言いながら、夕飯を食べた直ぐ後に昼食の準備に取り掛かろうとする自分を可笑しく感じながら、部屋を出て台所に向かっていった。
やっと初日がおわった……。