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更新遅れてすみませんでした。
ギルドから出発した俺は、受け取った地図に従って大通りを経由した後、町の南東部へと移動していた。
「ここが町の南東部か。……なんかいいな、ここ」
町の南東部を歩いてみて思ったのは、ここは『職人達の住みか』であるという事だ。
ただ道を歩いているだけでそう感じてしまう位の雰囲気がここにはある。
耳を澄まさずとも何処からか鉄を打つ音が遠く響き、流れる景色の中には多くの工房らしき建物が家々に混じりながら存在している。
入り口から建物を少し覗けば、何かしらの作業に没頭している職人らしきNPC達の姿も見てとれた。
俺はここの町並みを見てかなり興奮していた。
何故ならここには、俺が想像していた通りの『ファンタジー世界での職人の工房』が並んでいるのだ。
以前見たボードンの作業部屋も工房ではあったが、あそこは薄暗い上に骨やら怪しい薬品やらが多かったせいで職人というよりは黒魔術的な雰囲気のある工房だった為、どうにも俺が期待していた物ではなかった。
まあそれでも、あれはあれでかなりファンタジーな場所ではあったのだが。
そんな風に興奮した様子を見せながら道を歩く。
大通りから少し離れているせいか、ここでは人のざわめきがあまり聞こえてこない。
そんな静かな空間の中に微かに聞こえる職人達の作業の音。
こういう雰囲気は現実は元より、AROの中でもあまり馴染みが無いのでかなり新鮮味があっていい感じだ。
楽しみながらも地図を見ながら示された場所に向かって道を進んで行く。
そうして暫く歩き続けると、目的地である大工屋のある場所へと到着した。
「着くには着いたが、これはまたデカイ建物だな」
目的地の大工屋を見て俺は思わずそう呟いた。
俺が言った通り、大工屋の建物は他の建造物に比べてかなりの大きさであった。
ギルドよりも少し小さい位だろうか?
どうやら2つの建物を繋げているらしく、正面から見て左側の家のような建物にはふつうの扉がついており、右側にはまるで何かの搬入口のような出入口が開いていた。
左側に比べて右側の方がサイズは大きく、そんな建物の回りを塀が囲っている。
少しの間大工屋の前で呆けていた俺だったが、こうしていても仕方がないのでとりあえず声をかけてみる事にした。
問題はどちらに行くかだが………まずは入り易そうな左側にするか。
なんか物音も聞こえてくるし、とりあえず誰かしらいるだろう。
「すいません!誰かいませんか?」
「ーーー、ーーーー!」
出入口の近くにより中に向けて声をかけると、返事のような声が返ってきた。
さらに建物の中にあった気配がこちらに近付いてくるのを感知、出入口の前で少し待っていると中から人が顔を出した。
「待たせたな、ウチになんか用かい?」
そう言って俺の前に顔を出したのは、スキンヘッドに髭を生やした50代位の男だった。
「大工屋からギルドに出された依頼を受けたんだが、あんたが依頼主か?」
「……おお、あんたがそうか!ギルドの受諾用紙を見せて貰えるか?」
「受諾用紙?………ああ、あれか。ちょっと待ってくれ」
そう言いながらイベントリからギルドから渡された用紙を取り出して、目の前の男に渡した。
男は渡された用紙に目を通していく。
「………うむ、間違いないな。中々引き受け手がいないから心配してたんだが、いやーよかった!さあ入ってくれ、仕事については中で説明しよう」
用紙を確認した男はそう言って手招きしながら踵を返して中へと戻って行き、俺も男に続いて中へと入って行く。
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「さあこっちだ!ついてきてくれ!」
中に入り男の案内に従って建物内を進んでいく。
俺が入った建物はどうやら工房であったらしく、様々な大工道具らしき物があり、壁際には大量の加工前の丸太が縛って纏められているのが目に入ってきた。
人も俺を案内している男だけではなく、他にも数人の職人達が各々作業を進めている。
どうやら彼らの殆んどは丸太の加工作業を行っているようで、丸太を切ったり削ったりの作業している職人の姿がより多く目についた。
俺はそんな工房の様子を横目で見ながらも足を止める事無く黙って男の後ろをついていった。
俺が入った出入口とは反対側にも同じような出入口がもうひとつあり、俺達はそこから一旦外に出る。
工房を出た先には小さな中庭となっており、そこには井戸と小さな小屋のような物が存在していた。
まあ小屋とは言ったものの、それは木造ではなく土を固めてドーム状にしたような建物であり、少し視線をずらすと煙突と小窓もついていた。
中を覗けば共同鍛冶場で見た炉のような物が視界に入る。
「ここが家の鍛冶場だ。あんたにゃ今日からここで仕事をしてもらう事になる」
「仕事をするのはいいが、俺はここで何をすればいいんだ?ギルドの用紙には装飾術が必要みたいになっていたが」
「装飾ぅ?いやいや、あんたに頼む仕事はそんな専門的な事じゃない。あんたにはウチの仕事で使う釘を作って欲しいのさ」
「………釘?」
「そうだ、それも出来るだけ大量に欲しい」
男の話は続く。
話を短く纏めると、どうやら最近この大工屋に仕事の依頼が入ってきたらしいのだが、急な依頼だったらしく材料集めが間に合わずに釘の数が足りなくなってしまったらしい。
そこでここの職人達が相談した結果、誰か人を雇って釘を急いで作って貰おうとギルドへ依頼を出した、という事のようだ。
「つー訳なんだが、理解したか?」
「………話はわかったが、何故装飾術が条件に?」
「だからさっきも言った通り、俺はそんな専門的な技術を指定した覚えはない。………ただ建築物の材料である以上、適当に作られちゃ堪らねえから細かい作業が出来る奴が欲しいとはギルドに伝えはしたな。もしかしたらそれが原因かも知れん」
「……ふーん、『細かい』作業ねぇ」
俺は男の話す『細かい』という言葉が妙に引っ掛かった。
今回のクエストを受ける際、ギルドでは装飾術が必要スキルとして提示されたが依頼者はそんな指定はしておらず、細かい作業が出来る者を希望した。
つまり細かい作業が出来るスキルに【装飾術】が当てはまるという事だ。
さらに深読みするなら、もしかしたらこの『細かい作業』に当てはまるスキルが他にも存在しているのかもしれない。
初期に取得できるスキルには生産を補助するスキルがあったが、あれは確か生産スピードを上げたり品質に少々の補正が入るだけのスキルだったのでこれには当てはまらないだろう。
俺が【装飾術】を見つけた経緯やこのゲームの傾向から言っても、そういうスキルはわざと隠してあるだろうしな。
………ホント色々隠し過ぎだよこのゲーム。
「これ以上質問はないか?なら急いで作業を始めてくれ。出来る限り多く欲しいからな」
「わかった。鉄素材は?」
「この鍛冶場の裏に倉庫があるからそこから取ってくれ。これがその倉庫の鍵だ。あっそれと」
「?」
「いくら数が欲しいって言っても手は抜くなよ。釘の品質も最低でも5以上でなければダメだからな」
んじゃよろしく頼む。
男はそう言うと俺に倉庫の鍵を渡すと、さっさと鍛冶場から出ていった。
そして、一人鍛冶場に残された俺はというと、
「……………え?」
そんな感じで、思わず呆然としていた。
最低品質が5。
一見すると大した事のない数字に見えるかもしれないが【鍛冶】が低い俺にとって、これは恐ろしく高いハードルである。
今装備している金槌の品質は6だが、この品質を出すために俺がこの金槌の製作に実に一時間近くの時間を費やしている。
恐らく、今の俺のスキルで出せる最高品質だろう。
そんな俺に最低でも5じゃなければダメとか、簡単そうな釘製作でもいくら何でもキツすぎる。
しかも数も大量に必要ときている。
万が一、このクエストに失敗すれば違約金を支払わねばならないが、今の俺にそんな金がある訳もない。
……………ホント、想像以上にしんどいクエストになりそうだ。




