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マルクに案内された店で俺とマルクはこの町のNPC達について話す事になった。
まずマルクがこの店について話し始めた。
「君がさっき言った通り、この店はあるNPCに教えてもらったんだ」
「それは何かクエストが関係したりするのか?」
「いや、クエストは関係ないよ。普通に会話してた時に教えてくれたんだ」
AROには様々なクエストがある事が公式のページで明示されているが、前情報ではギルドで受けられるもの以外はほとんど見つかっていないという話だった。
「…マルクって、もしかしてβテスター? 」
「そうだよ、なんでわかったんだ?」
「だってこんな紹介人数に制限がある店、会ってすぐの人に紹介しないだろ。ある程度付き合いがないと」
そう、この店は普通に探したんじゃ見つからないようになってる。この裏路地に来れたとしても、外からじゃ明かりも見えないから店があるかもわからないのだ。それに加えての人数制限。
会って間もない人に紹介なんてするわけがない。
例外としてクエストの可能性もあったが、それも否定されている。
となるとマルクと紹介した人はある程度の親交があるって事になる。ゲーム内でまだ2日経っていない今現在、そんな時間があったのはテスターぐらいだろう。
俺は今の会話でふと沸いた疑問をマルクにぶつけてみる事にした。
「なぁマルク、この店の事だけじゃなくても町のNPCの事を知ってる奴ってどれくらいいるんだ?ネットの情報だとAIに関してはあまり書いてなかったけど」
「……これは僕の予想でしかないけど、極一部のプレイヤー以外は気付いてないと思うよ」
マルクのこの言葉は俺にとって予想外なものだった。
「いやそれはないだろ。偶然とはいえ、始まって2日経ってない俺が気付けたんだ。テスター達が気付かないわけないだろう」
「むしろその"偶然"があったから気付けたんだよ。僕もそうだった」
マルクはそのまま話を続けた。
マルクが言うには、NPCのAIについて調べようとしたプレイヤーは確かに居たらしい。
が、普段の町の住民の態度がいままでのゲームのNPCとあまり変わらなかったため、経験からいままで通りのNPCだと判断されてしまった。
また、テスト期間が短い事も調査の邪魔になった。
調査していたプレイヤーもそればかりしていた訳ではなく短い時間を使って冒険したりしたため、十分な調査が出来ないままネットで意見の統合が行われた。
結果として"AIに特に変わり無し"というものに纏まった情報がネットにばら蒔かれた、という事らしい。
「じゃあこれからAIの違いに気付くプレイヤーもかなり増えていくんだろうな。テストと違って時間制限もないわけだし」
「…いや、必ずしもそうなるとは限らないよ」
俺は思った事を口にだすが、マルクの意見は違うらしい。
「何でだよ?増えないわけがないじゃないか」
「僕もこれから増えるという意見には賛成だよ。ただ、そんなに急に増えたりはしないだろうと思っている」
「?」
「ゼンが話した人は、プレイヤー達について何か言ってなかった?」
「………言ってた。冷たいだの気に入らねぇだのとネガティブな事を。」
「ず、随分とはっきり言う人と知り合ったんだね。僕も似たような事言われたけど」
流石に気に入らねぇは言われなかった、とマルクは笑いながら言う。
だろうな、むしろあんな口調の奴ばかりだったら嫌だ。世界観的には合ってるんだろうけど。
まあ、マルクの言いたい事は大体わかった。
「つまりこの町の住民はプレイヤー達をよく思ってないって事だろ。全ての住民がそうだとは思わないけど」
「それに加えて、前情報のせいでプレイヤー達の態度もいつも通りだろうしね。全員がそうじゃないんだろうけど、どうも"もどき"の奴等もAROに移って来てるらしいしね。アイツラがNPCの事なんか気にかける訳ないし」
マルクはそう言ってため息を吐いた。
しかし、また"もどき"か。今日、この単語を聞いたのはこれで二度目だな。
そんなに有名な奴等なのか?
今度キーラスにでも聞こうと思ってたが、マルクに聞いてみるのもアリか。
という訳でマルクに質問する。
「マルク、"もどき"ってどんな連中なんだ?森に出る前にも他のプレイヤーの会話からその名前が聞こえてきたんだが」
するとマルクは驚いた顔で、
「えっ!ゼンは"もどき"の事知らないのか!? ってゆうかアイツラもうなんかやらかしたのか!?」
と言った。
「やらかしたのかというか、殺られた?」
「?どういう意味?」
驚き顔を困惑顔に変えたマルクにプレイヤー達から聞こえてきた会話の内容を伝える。
それを聞いたマルクは突然笑い始めた。
「アッハハハハハ!か、狩場独占してたらユニークに纏めてやられたってなんだそれ!コントじゃないんだから!」
そう言って笑い続けるマルク。
このままだと脱線しそうなのでここで話を元に戻す。
「独占してた奴等がやられたのは別にいいんだよ。俺は"もどき"について知っときたいんだよ」
「ごほっごほっ、ちょっと待って今落ち着くから」
今の話そんなに面白かったのか?
よくわからんがマルクのツボにはまったらしい。
もしかして昔奴等となんかあったりしたのか?
「いや悪い。えーと、"もどき"達についてだったね。簡単に言ってしまうと、アイツラはよくいる勇者サマとか言われている奴等の集団だよ」
「ん?それがなんで"もどき"になるんだよ?」
「アイツラは、AROの前に僕がやってたゲームからの移ってきた集団だよ。そのゲームもスキル制で役職なんてなかったんだけど、アイツラは自分から勇者だの騎士だの名乗って活動してた奴等なんだ。
だけど、態度が余りよくなくてね、しょっちゅう他とぶつかってたから周囲から煙たがられたんだ。
それで勇者もどきとか騎士もどきとか言われてたのを纏めて"もどき"っていう総称が付いたんだよ」
「つまり、めんどくさい連中って事でいいんだな」
「それでいいと思うよ。関わるとロクな事ないし……」
うわぁ、なんか急に遠い目になったぞ。この様子だとホントに昔なんかあったなこりゃ。
急に思考が飛んでしまった様子のマルクを見た俺は、この件に関してこれ以上触れない事にした。
取り敢えず話題を変えなければ。
「そ、そう言えばマルクは一人で森にいたけど、誰かと組んだりしないのか?」
俺の言葉はちゃんと届いたらしく、マルクはハッと正気に戻り返事を返してくる。
「ああうん、僕は基本的にソロでやってるんだ。持ってるスキルもそれを意識してるから、誰かと組むと育てられないスキルが出てくるんだよ。だから臨時以外で組んだ事はないんだ」
「そういや森で隠密持ってるみたいな事言ってたっけ」
確かにパーティー組んでの隠密は無理がある。誰かの視界に入っていると隠密は出来ないし、している間は目標からも仲間からも見付からずになんてできないだろう。
マルクの言葉に同意しながら頷いていると、マルクは突然思い出したように俺に質問してきた。
「そう言えば、ゼンはいつ僕が居ることに気付いたんだい?ずっと隠密は維持出来てたからばれてないと思ったのに」
隠密は維持出来てた?それはおかしいな。
確か、隠密は気配がばれた時点で解除されるはずだ。でもマルクは維持出来てたと言っている。
多分マルクは本当の事を言っている。バレたのを気付いた時点で何か反応するのが普通だが、マルクにはそれはなかったからな。
「俺が気付いたのは最後の蜘蛛を見つける少し前ぐらいだ」
「僕が尾行し始めた少し後だな。なんで隠密が解除されなかったんだろう…?ゼンは何か心当りはあるかい?」
マルクに言われて考えると心当りがあった。
俺が取得したスキルの中で関係有りそうな物は二つ、【隠密】と【盗賊】だ。
だが、【盗賊】に関しては恐らく違うだろうな。
【盗賊】についてはβテスト時に色々と調べられていて、隠密に対しての試みもされたが特に変わった点はなかったはずだ。
となるとーー、
「実は俺も隠密を取得してるんだけど、そのせいじゃないか?」
「……あり得なくはないね。きっと隠密を持ってる相手には気配を隠し切れないんだ。しかもバレてもこっちからはわからないのか。これからは使い時に気をつけた方がいいかもな」
きっとマルクの言ってる事は正しいだろう。
俺がマルクに気付くのが遅れたのはスキルレベルの差だろうな。
俺は昨日、エミリス達と行動してたから隠密はほとんど使ってないし、マルクと比べても低くなってるだろう。
しかし思った以上に使い所が難しいスキルだな。
まだ最初の町だからいいがゲームが進んだら気をつけて使わないと、あっさり死にかねん。
「ゼン、他にも気になった事はなかったかい?」
「えっと、確か……」
俺達が少しの間、隠密について気付いた事を話し合っていると、カウンターの向こう側の厨房らしき所から声が掛けられる。
「………………ご注文の品、出来たよ」
その声を聞いて、一旦話を中断する。
カウンターの奥から出てきた店主は二つの器の載ったお盆を手に一つずつ持っている。
店主はそのお盆を俺達の前に置くと、さっさと厨房へ戻っていった。
俺達の前に置かれたものを確認すると、そこにあったのは、
「ーーーラーメンと、チャーハン?」
「そうだよ。ここはこの町のラーメン屋なんだ」
「このゲームって、ファンタジー物だったよな?なのにラーメン?」
「面白くないかい?ファンタジーでラーメンが出てくるって」
「……いや、それは確かにそうなんだけど」
何だろう、ひどく納得いかないものがある。
ゲームの世界観を微妙に壊してないかコレ。
そんなモヤモヤした気持ちを抱きながら、目の前のラーメンをじっと見ている俺。
そんな俺を見てマルクは苦笑しながらも、「ほら、伸びない内に」と食事を促してきた。
マルクに言われるがまま、箸を取り麺をすする。
「……美味いな、コレ」
ふと、そんな言葉が口からこぼれた。
俺のその様子を見て、マルクも自分のラーメンを食べ始める。
それから俺達は無言で食事を続け、食事が終了するまで一切喋らず静かに過ごした。




