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一章

 ファンタジーといっても指輪物語のようなものではありません。ほとんどマンガ的なノリです。流血場面がだんだん増えます。

  登場人物


 サラ|(サラマニア=アガンス)

 魔界人。人間界、魔界、天界の調和を管理する“狩人”として人間界に赴任中。S18分署の面々とは、仕事を協力し合う相互関係にある。金銭交渉へのこだわりは人一倍。酒を飲むと人格が変わる。


 トーマス|(トーマス=マクベル=ハルビアーノ)

 S18分署、刑事課特殊班所属。高所恐怖症。射撃の腕はいい。重力魔法が使える。


 カインズ|(カインズ=クリス=リディアルス)

 S18分署、刑事課特殊班所属。口と性格が悪いためか、怪我とトラブルが絶えない。コンピューターに詳しい。火炎魔法が使える。


 リヨン|(リョムリナ=リョウイチ=コバヤカワ)

 S18分署、刑事課特殊班所属。家事一般をこなす。三分間だけ超能力が使える。水液魔法が使える。


 ルド|(ショルディ=ハーン)

 S18分署、刑事課特殊班所属。食い意地が張っている。格闘技が強い。機械、特に乗り物に詳しい。岩石魔法がわずかに使える。


 ディース|(シルディース=デイル=モリアーティスト)

 S18分署、刑事課特殊班所属。お調子者を装っているが、真実は定かではない。医師免許を持っている。風渦魔法が使える。


 サード|(セルディック=フェリス=データ)

 S18分署、刑事課特殊班班長。個性豊か過ぎる部下たちのために、気苦労が絶えない。特殊班中、唯一家庭を持っている。電雷魔法が使える。


 ゲスト

 アズ|(ジュリアス=ジュン=アズマノ)

 サードと警察学校で同期だった。現在は空軍軍曹。歌手志望。


 リグナレス|(リグナレス=メルドナ)

 宇宙船の女主人。人質をとり、奇妙な要求をする。


 ディモルグ|(ディモルグ=リガード)

 リグナレスの側役。人質解放のために宇宙船に乗り込んできたS18分署の面々と対決する。



 「狩人かりうど

 ① 鳥、獣を捕まえる職業。あるいは、それに就いている人。猟師。

 ② この世界の均衡を保つため、陰気から生じる“魔”を管理する職業。あるいは、それに就いている人。調停者。


      -魔界語辞典新版、594Pより抜粋-



  一章 


 サウスタウン-国内で最も様々な人種が集い、様々な事件が起こる街-。この街があるN州N市の空港ロビーで、四人の男女が集っていた。

 一人は背の中程までの黒髪を束ねた、限りなく赤に近い茶色の瞳が猫を思わせる少女。もう一人は、栗色の髪と瞳の飄々とした青年。三人目は、黒髪と紺碧の瞳の柔和な青年。そして、最後の一人は金髪と緑がかった灰色の瞳で、スーツを着こなした貴族風の紳士だった。

 彼らは今、まだ現れない仲間を待っていた。

 少女が腕時計を見ながら隣の飄々とした青年に聞く。

 「遅いわねえ。搭乗手続きに間に合わなくなるわよ?

 ディース、あと誰が来てなかった?」

 「カインズとトーマスとルド君の三人だよん、サラ」

 サラはため息をつく。

 「ああ、もう!

 こんなに遅くなるなら、あたしも一緒に迎えに行けばよかった!

 ねえリヨン、あたし連絡してみるわ」

 携帯を取り出したが、その必要はなかった。柔和な青年リヨンが、彼女の肩を軽く叩いてロビーの入り口を指し示す。遅れた三人が、こちらに向かって走っていた。

 先頭にいる大きなディパックを背負っている青年は野性味のある顔つきをしている。首の後ろで束ねた銀髪と鮮やかな緑の瞳が印象的だ。その後ろを走っている、くせのある黒髪と瞳の青年は目が大きい上に童顔なので、悪戯盛りの少年のようだ。そして、最後を少し遅れて走っている、黒に近い濃紺の髪と瞳の青年は目をはっきり開けているはずなのに、寝ぼけているような顔つきをしていた。

 三人が合流するや否や紳士が眼前に時計を突きつけた。鷹のように鋭い視線が彼らに突き刺さる。

 「…今、何時だ?」

 三人は思わず顔を見合わせる。これはマズイ。非常に危険な状態だ。抑えてはいるが、明らかに怒っている。

 「すまない、サード。俺が、もっと早く迎えに行けばよかったんだけど…」

 素直に謝ったのは寝ぼけ眼の青年だけだった。うろたえた野性味と悪童は責任から逃れようと必死だ。

 「いや、待てよ!ルドが荷物まとめるのてんで遅せえわ、トーマスは寝過ごすわ、俺が間に合わせたようなもんだぜ?」

 「お前が言うなよ!『搭乗の一時間も前に空港に集まるのって時間の無駄だよな』って言ったのカインズだろ!?それに…!」

 「いい加減にしろ!!貴様らは時間厳守という言葉を知らんのか!?」

 怒鳴り声に三人は首をすくめる。

 「だいたい、刑事たるもの・・・」

 「わーっ!わーっっ!わーーーっっっ!!」

 リヨンとトーマスが慌ててさえぎる。

 大勢の人間がいる場所で自分たちの職業を明らかにするのは、あまり賢明とはいえない。N市の市民は大抵、警察に好意を持っていないのだ。事実、彼らの周囲にいた人間の何人かは彼らを疎ましそうにながめ、あからさまに彼らから遠ざかる人々もいた。

 N市の犯罪発生率は全国一だ。警察はありとあらゆる人間を疑い、取り締まらなければならない。あまり、一般市民に親切とも言いがたい。嫌われても仕方のない面もある。

 しかし本来、警察は一般市民を犯罪から守るために存在するのだ。完璧にはほど遠いものの、自分の職務に全力を注いでいるトーマスとしては何やら寂しい思いがするのだった。


 事の発端は一週間ほど前にさかのぼる。S18分署の管轄で白昼に女性が刺殺された。現場は商店街という事もあり、非常に人通りが多く目撃者も多数いたが、皆「突然、女性が血まみれになった」と、証言している。犯人を見た者は誰もいなかったのだ。

 犯行直後に犯人が人ごみに紛れたのだろうと、この事件は普通に処理されるはずだった。しかし。

 後日、署長室に呼び出されたサードは衝撃的な通達を受ける。

 「捜査を打ち切るとは、どういう事なんですか署長」

 「捜査局が出てきたのだよ、データ君」

 署長は淡々と言う。樫の木のような顔からは何の表情も読み取ることができない。

 「この事件には軍が関連しているらしい。

 いずれにせよ、捜査局への協力には刑事課の人間がつくから、君たち特殊班は捜査打ち切りだ」

 「…分かりました」

 サードは苦い顔で言葉を押し出した。

 もともと、特殊班は規格外刑事の受け皿だ。刑事課の班でありながら、本来の刑事課でも彼らを蔑視する者もいる。こういう扱いには慣れたつもりであったが、胸に何とも苦いものがわだかまるのは抑えられなかった。

 通達を連絡しようと部屋に戻った班長は皆を呼び集めた。

 「皆、すまないがキラキラ商店街の事件は…」

 「どういう事よ、それは!」

 サードは思わずのけぞる。サラが携帯の相手に向かって怒鳴っていた。どうやら、彼女の上司からのようだ。

 「本部は一体、何をしていたのよ!?L市までいくら掛かると思ってるの!…いいわ、料金は六割増しだからね」

 相変わらず、容赦がない。部下にこんなに攻撃される上司も、なかなかいないだろう。彼女の上司への態度を見ていると、何とも切なくなるサードであった。

 通話を切ったサラは彼に話をうながす。

 「ごめんサード。キラキラ商店街の事件がどうしたの?」

 「…捜査が打ち切りになった」

 「そうなの?あの事件の犯人、“魔”憑きなんだって。今、本部から連絡があったのよ。遅いよねえ?…料金とは別に飛行機代を出すから、L市まで出張できない?」

 その為の料金六割増しだったのか。

 全員が顔を見合わせる。ついで、彼らの視線は班長へと集中した。

 カインズがニヤリと笑う。

 「俺たちの管轄で、“魔”憑きが殺しをやって逃げたんだぜ?ケンカ売ってるんじゃねぇのか、これは」

 「やっぱ、『売られたケンカは倍返し』でしょお!俺たち特殊班の座右の銘だもんな」

 「いつ、そんな物騒な言葉が座右の銘になったんだ」

 嬉々とするルドの言葉に、サードはあきれる。だが、胸の苦いものは流れ去っていた。

 「いいだろう。捜査局を出し抜いてみるのも、面白いかもしれんな。ちょうど、L市に軍人の知り合いがいる。連絡をとってみよう。

 …しかし、署からは捜査打ち切りの指令が出ているのだから私用の長期休暇をとらねばならん。おそらく、署内の私たちの印象は悪くなるぞ?しかも、我々が逮捕する事はできない」

 「俺たちはあくまで通行人ってワケだ」

 確認するような視線を受けたカインズはニヤリと笑った。

 こうして、刑事課特殊班は一週間の休暇をとることになったのである。彼らはL市に飛ぶために空港に集まったのだが、いきなりこの状態だ。

 本当に捜査局の鼻をあかせるのだろうか。一抹の不安にかられるリヨンであった。


 なんとかサードをなだめた一行が、C州L市の空港に到着したのは午後をまわった頃だった。荷物を取ってロビーに出た彼らを一人の青年が出迎える。

 優しさの中に、ひょうきんさが微妙にある顔だった。体格からすると二十代らしいが、黒い大きな目のせいか、中心で黒髪を分けているからなのか、少年のようにもみえる。

 彼をみるなり、カインズは悪そうな笑顔になった。挨拶をする間もない速さで青年を引き寄せる。

 「なぁサラ、こいつアズってんだけどさ。俺より年上に見える?年下に見える?」

 「え、この人?・・・そうねえ、年下かな?」

 サラの言葉に対する、二人の反応は大きかった。カインズは拳を握り、逆にアズはがっくりと肩を落とす。

 「よぉーーし!これで俺が六連勝!夕食はアズのおごりだな」

 「ええ!?またかい?」

 どうやら二人は、初対面でアズがカインズより年上に見えるかどうか、賭けをしていたらしい。カインズの賭け好きはいつもの事だが、アズも六連敗する前に止めるべきだろう。誰がどう見ても不利な賭けだ。じっとしているのに飽きたルドが腕立て伏せを100回こなした頃どうにか立ち直ったアズはサラに微笑する。

 「君とトーマスは、僕と初対面だったよね?サードと警察学校で同期だったジュリアス=ジュン=アズマノです。

 今は空軍軍曹だけど、S18分署には時々遊びに行くんだ。皆はアズと呼んでる。よろしくね」

 「こちらこそ。あたしはサラマニア=アガンス。皆にはサラと呼ばれているわ。

 ・・・でも、何でアズなの?」

 ジュリアスなら、ジュリーが適当だろう。

 サラの質問にアズは肩をすくめた。

 「それで、昔よくからかわれてね。猫とねずみだとか、白いスーツに中折れ帽のアイドルとか。嫌なんだよ。

 だから、ジュリアスのアスとアズマノのアズで、アズ」

 「…そうなんだ」

 からかわれたのがカインズやルド、あるいはサラ自身ならば、間髪いれず相手に鉄拳制裁を加えているところだろう。優しい人柄のようだ。しかしアイドルはともかく、ねずみは微妙につづりが違うのではないだろうか。

 内心、サラは首を傾げた。彼女の前頭部にアズが注目する。

 「ところで、変わった髪飾りだね。猫の耳みたいだ。N市では、そういうのが流行っているの?」

 「ジュリアス!サラの角が見えるのか!?」

 サードが驚きの声をあげる。サラは髪飾りをしているが、それは首の後ろ──あくまで、髪を束ねる目的で身に付けているものだ。アズが指摘したものは、特殊な人間にしか見えないものだった。それは、彼女が刑事ではない、まして人間ですらない証だ。

 「見えるのか!って、普通は見えないものなのかい?

 じゃあ・・・サラ、君は『狩人かりうど』なんだね?」

 アズはサラをまじまじと見つめる。相手はゆっくりと頷いた。

 「ええ、あたしは魔界人よ」


 ある観点からみると、全てのものは三つに分けることができる。混沌、そしてこれらから生まれる陰と陽だ。

 人間界は混沌そのものであり、人間もこれに該当する。彼らの怒りや悲しみは陰の気を、喜びは陽の気を発する。これらの気は概ね、そこに漂っているだけだ。しかし、条件がそろうと陰は“魔”に、陽は“せい”に生命化するのだ。

 これらを古来より、密かに管理していたのが天界と魔界である。陰陽の均衡が崩れれば、世界の全てが崩壊しかねないからだ。この“魔”を管理する役人を「調停者」──通称『狩人かりうど』と呼んでいるのだ。

 通常は、魔界人が二人組で業務にあたる。サラの場合は特殊な事情により、S18分署特殊班の面々に金銭を支払って仕事を援助してもらっているのだ。“魔”が憑いた人間は犯罪を起こす確立が高いので、特殊班にとっても利益にはなる。ただし、最初は嫌がっていた特殊班の面々をサラが無理やり手伝わせた事に始まっているのは、付記しておかなければならないだろう。

 アズは表情を引き締めると、全員を車へと促した。


 アズは一人暮らしにしては、大きな家に住んでいた。皆を地下一階に案内して扉を閉めると、表情を緩める。

 「ここなら防音室になっているから、盗聴の心配もないよ」

 念の為ルドが電波発信機で室内をくまなく調べる。問題はなさそうだ。

 「サードから話は聞いている。事件が起こる前日、P州にある軍の研究施設が何者かに爆破されたのは知ってるよね。おそらく、犯人はそこから研究中の戦闘服を持ち出したんだ」

 「研究中の戦闘服って?」

 ルドの問いにアズは答える。

 「ステルス機能をもつ戦闘服だよ」

 ステルス機能とは、一般的にはレーダーに発見されない機能の事を言う。現在の空軍にも、この機能をもつ戦闘機が存在する。

 しかし研究中のステルス機能は、そんなものではなかった。不可視──目に見えない事はもちろん、赤外線等にも発見されない機能の開発が進んでいたというのだ。

 「──事件の状況から見て、ほぼ間違いないだろう。

 研究資料によれば、不可視耐久時間は六時間で──」

 戦闘服の仕組みを説明しようとする彼を、サラがさえぎる。

 「ちょっと待って。あなた軍曹なのに、どうしてそんな事を知っているの?」

 軍曹は、まだ前線に出るような下位の階級だ。通常ならば研究資料を見る事さえ難しい。

 答えたのはアズではなく、サードだった。

 「…彼のお父上は空軍の少佐なのだ、サラマニア」

 父親の情報を盗み見ているわけだ。だが、これはアズにとっては非常に危険なことだ。軍に知れれば、彼だけではなく関係者全員が軍法会議にかけられる。

 「大丈夫なのかい?アズ」

 心配そうな顔をするリヨンやトーマスに、アズは微笑んだ。

 「僕はね、この国がこんなに武力を持つのは、そしてその武力で他の国に圧力をかけるのは、どうかと思うんだよ。

 力で押さえつければ、反発する者は必ず出てくる。反発する者をさらに押さえつけようとすれば、武力は脅しぐらいじゃすまない。攻撃をすれば、憎しみの連鎖が始まってしまうんだ。それだけは、絶対に止めないといけない」

 誰でも、自分が大切に想っている人間を傷つけられるのは許せないものだ。想いが深ければ深いほど、相手への憎しみも強くなる。憎しみの果てに復讐があったとしても、何の不思議もないだろう。そうして再び血が流れ、新たな憎しみと復讐を呼ぶのだ。憎しみの連鎖である。

 「──君達が犯人を捕まえたら、あんな戦闘服は捜査局が見つける前に消滅させてくれ。僕が協力する事の意義は、そこにある。

 こんな服を開発するより、もっと他にやる事があるはずなんだ」

 誰も、何も異論をはさまなかった。

 トーマスはふと、隣のカインズに目をやる。

 「珍しいなカインズ、お前が黙っているなんて」

 「ああ!?」

 相手は眉間にしわを寄せ、実に嫌そうな顔をした。

 「お前、俺が誰にでも噛み付くと勘違いしてねぇか?」

 「違うのか?」

 「違ぇよ、バァーカ。

 だいたい、力で何でも自分の思い通りになるなんて思ってるヤツぁ、調子に乗ってんのさ。それをガツンといわせたいっつってんのに、俺が反論する必要なんてねぇよ」

 カインズは、アズの言葉を何か都合よく解釈したようだ。サラはあえてそれには触れず、アズに問いかける。

 「それはそうと、どうして軍に入ったの?お父さんのせい?」

 そんなに軍事力が嫌いなのに、何故彼は空軍に入ったのだろう。父親に強制されたのだろうか。

 しかし、サラのこの推測を相手は不思議そうに否定する。

 「いいや?僕は歌手になりたかったから、軍に入ったんだよ」

 「はあ!?」

 サラは思わず聞き返した。

 歌手になるのも色々なやり方があるだろう。だが、軍に入るなんて方法は聞いた事がない。あまりにも遠回りではないか。

 「歌手になるなら、体を鍛えないとね。軍の訓練は厳しいから、ちょうどいいんじゃないかと思ったんだ」

 実にほがらかに、軍曹は言い切る。

 「……」

 「いや。ジュリアスは、ああ見えて頑固な男でな。一度こうと決めたらテコでも動かないのだ。私も説得はしたのだが…」

 何とも言えない顔を向けたサラに、サードは疲れた言葉を返した。

 

 急な事だったので、アズは一日しか休暇が取れなかったらしい。明日には軍に戻ると言う。

 夕食の支度をするためにアズとリヨンは部屋を後にし、残りの面々は作戦会議を始めた。まず問題なのは、捜査局がどのような動きをするかだ。

 ディースが数枚の資料を机に広げる。

 「じゃ、これ参考資料ね」

 何気に書類を手に取ったルドの顔が青ざめる。

 その書類には、犯人と被害者がかつて恋愛関係にあった事、被害者の現在の交際相手がL市に在住している事、捜査局の現況から犯人の使用している戦闘服の詳細まで実に様々な事が書いてあった。

 「おい!ディース、この書類…捜査局の極秘資料じゃんよ!?」

 この言葉に、ディース以外の全員が目を見開いた。書類をわしづかみに我が目を疑うが、確かに「捜査局極秘書類 持ち出し厳禁」と書いてある。

 「シルディース、この書類はどこから手にいれたのだ」

 サードの顔は青を通り越して灰色だ。妙に汗ばんでいるのは、気温のせいでは決してないだろう。

 ディースは手を顔前で振って、へらへら笑う。

 「ええ?捜査局に知り合いがいるから“お願い”したんですよお、旦那」

 かの捜査局が極秘書類を一介の、しかも捜査から外された刑事に提供する、なんて事は絶対にありえない。たとえ、本当にディースの知り合いだったとしてもだ。

 「…ディース。おま、一体どういう“お願い”したわけ?」

 「ヒ・ミ・ツ」

 ディースは微笑したロ元に人差し指を立てる。

 子供のような仕草だったが、恐々と質問したルドをはじめ、全員なぜか背筋が冷たくなった。

 凄まじい、というべきだろうか。とても優しいのに、後ろ手に血のしたたるナイフを握っていそうな笑顔なのだ。

 「俺、お前のそういう所が怖い…」

 トーマスは口許を引きつらせながら、半歩後ずさった。


 会議は夕食までに終了した。

 原因はルドにある。まだ他の面々が打ち合わせをしているにも関わらず、空腹を訴え始めたのだ。サラがもう少し待てないかと説得を試みたが、彼の胃袋には通用しなかった。

 「待てるわけねえだろ!俺は毎日六食、規則正しく食ってんだからな?

 今日はリヨンが夜食に『苺のババロアケーキ』を作ってくれる予定になってんだぞ?俺としては六時に晩メシ食って、十時に夜食を食いたいじゃんよ」

 「あ。それ、あたしも食べたい」

 サラの言葉をきっかけに会議は瞬く間に終了した。

 ミイラ取りがミイラに。会議よりも夜食が優先されてしまう事態に、サードが額を片手で覆ったのは言うまでもない。

 夕食は、リヨンとアズの郷土料理だった。二人の郷里は近いのである。

 食事をしながら、アズがサラに話し掛ける。

 「魔界では、どんな料理があるんだい?やっぱり、カエルとかを食べるのかい?」

 何やら誤解があるようだ。

 ディースが横から口をはさむ。

 「俺の郷里では、カエルやカタツムリやウサギを食べるよん。ルド君の郷里では、たしか猫を食べるよな?」

 「まだ食ってねえけどな」

 絶えず何かを口に入れながら、ルドが答える。彼の正面に座っていたトーマスが目をむいた。

 まだ、という事はいずれ食べるつもりなのだ。ルドは食物に関して冗談を言う人間ではないが、それでも本気かと問いたくなる。

 サラはルドの言葉を黙殺した。アズに微笑みかける。

 「よかったら、明日の朝食を作るわよ?」

 「よせよせ、アズ。こいつ、すげぇ遅ぇんだから。朝食じゃなくて昼食に──」

 カインズの言葉が途切れる。彼の頭に鋼鉄製のバトンが、すさまじい勢いで回転しながら激突したのだ。

 もちろん、投げたのはサラである。自分の片手より長いバトンを、彼女がどこに隠していたかは謎だ。サラが立ち上がりバトンを投げて再び座るまで、一呼吸の間もない。

 こういう事は素早いのに、家事等が滅茶苦茶遅いのは何故だろうと、特殊班の面々は心の中で呟いた。口に出せば、カインズの後を追う事になるからだ。

 「ねえ、明日は何時に朝食を食べるの?」

 「あ、僕やっぱり朝早いから、いいよ」

 「あら、そう。ふーん」

 冷や汗をかきながら断るアズに、サラは視線で圧力をかける。うろたえた軍曹は、いきなり正面の相手に話し掛けた。

 「そうだ、サード!君、結婚したんだったよね?」

 「四年前だがな」

 「子供が生まれたんだってね!」

 「三年前だがな。

 しかし、子供は可愛いぞ!私が帰宅するのを待っていてな。『父上、お帰りなさい』と、走り寄ってくる様は何とも…!」

 一同は、げんなりとした。

 三年前に娘が生まれて以来、サードの子煩悩ぶりはひどくなる一方だ。娘の話をはじめたら、軽く二時間は話し続ける。

 皆の様子に、アズはあわてて班長の話をさえぎった。

 「そ、そうだ!それ、お祝いしようよ。いいワインが…」

 「わーっ!わーーっっ!!わーーーっっっ!!!」

 緊張が走った。ほぼ全員がアズに飛びかかる。普段、食物から手を離さないルドや、行儀作法にうるさいサードまで加わっていた。

 「アズーっ!それだけはーっっ!」

 「マズイじゃんよ!!」

 「酒の話はダメだあっ!」

 「こぉのバカ班長!チャキっとアズにも言っとけ!!」

 「私のせいか!?」

 一人、騒ぎに乗り遅れているサラはあっけにとられた。正面で平然と食事をしているディースに問いかける。

 「ねえ。『ワイ』が、どうかしたの?」

 「いいや?『ワニ』だよ、『ワニ』。

 アズの郷里ではサメをそう呼んで、お祝い事に食べるんだよ。たしか、ウツボも食べるって言ってたなあ」

 詐欺師も裸足で逃げ出すような笑顔で、ディースが答える。もちろん、大嘘張ったりだ。サラは何ともいえない顔をした。

 「…アズって、意外と凶悪な顔が好みなのね」

 突然、電子音が鳴り響く。サラの携帯に着信が入ったのだ。二言三言話して電話を切ると、ようやく静かになった一同に顔を向ける。

 「犯人がL市に入ったそうよ」

 ディースが静かに立ち上がる。

 「じゃ、作戦第一段階といきますか」

 料理を名残惜しそうに見ながらルドが、そして、カインズも大きなディパックを持って席を立つ。

 部屋を出ようとして、カインズは何かを思い出したらしい。サラの前まで戻ると、手を差し出した。

 「アズの車に乗ったらアシがつくからよぉ、タクシー代」

 「何言ってるの?タクシーの方が顔を覚えられるじゃないの。歩きなさいよ」

 「お前なぁ。現場まで、どれくらい距離があると思ってんだ」

 サラはバトンを手に、世にも恐ろしい形相をした。一言一句、力をこめて言う。

 「あたしは『飛行機代を出す』と、言ったのよ?それ以外のものを支払うとは、言ってないわ。

 それとも、利息トイチで貸してあげましょうか」

 トイチとは、十日で一割の利息がつくことだ。これぞまさしく、悪徳サラ金融である。

 ちなみに、特殊班にサラから支払われる料金は後払いの為、今現在彼らが金銭を使用する場合は自腹を切るハメになる。カインズはサラに背を向けた。

 「行って来るわ」

 その背中には、ひどく哀愁が漂っていた。


 数時間後、ルドとディースは夜食に間に合わせたかのように帰ってきた。何故か二人は車に乗っており、カインズの姿は見当たらない。

 サラがルドに問いかける。

 「どう、上手くいった?」

 「ばっちり、バッチリ。俺たちにかかれば、入れない所なんてねえよ」

 ルドは笑って、握り拳の親指を上に向けた。ついでリヨンに向き直り、真剣このうえない顔つきで詰め寄る。

 「なあ、『苺のババロアケーキ』は!?」

 「出来ているけど…」

 リヨンの表情は不安げに曇っていた。

 「その車、どうしたんだい?」

 「どうした、って道端に止めてるヤツから借りたに決まってんじゃんよ。

 大丈夫だって。そのうち返すし、追跡システムなら外したからさあ」

 「いや、そういう問題じゃ…」

 サラが横から顔を出した。

 「あのね、リヨン」

 彼女は少し背伸びをして、リヨンの両肩に手をのせる。

 「路上駐車が緊急車両の移動を阻害している事は、あなたもよく知っているでしょ?そのせいで、救急車の中で亡くなる人がいる事も。

 路上駐車なんて、している方が悪いのよ。いいわね?」

 皆が家の中に引き上げた後、リヨンだけは空を仰いだ。胸の前で十字を切る。

 「神様、どうか僕たちをお許し下さい…」

 だが、数分もしないうちにサラの声が飛んできた。

 「リヨン!作戦第二段階をはじめるわよ!?」

 「い、今行くよ!」

 特殊班の面々にとって、今夜は長い夜になりそうだった。


 

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