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其の四

「こ、この子を見ないでっ……!!」


 マングース人達捕食者の視線から守ろうと、柚葉はついにパジャマの襟元をくつろげて、大五郎をその中に放り込んだ。

 ヘビを胸元に放り込むなんて正気の沙汰とは思えないが、彼女の中に芽生えた母性がそんな概念を見事に引っくり返した。

 バラエティ番組でよく見かける、首に大蛇を巻いてイエーイとやってる人々とは一生相容れないと思っていた柚葉だが、今なら少しだけ分かり合えるかもしれないと思った。


「ヘレット、連中を下がらせろ。彼女と話もできん」


 子ヘビを隠してなお警戒する柚葉を見て、白い人が膝を突いていたヘレットに命じる。

 ヘレットはそれに「御意」と答えて立ち上がると、居並ぶ同胞に向かって言った。


「お前達、解散じゃ」


 よくよくみれば、彼の毛並みは灰色だが、他のマングース人達は灰褐色だ。

 ヘレットの言葉に不服そうな顔をした連中も、彼が「さっさとせぬか!」と恫喝すると、蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 どうやらこの侍従長殿、灰褐色の毛並みのマングース人とは格が違うようだ。


「ヘレット、お前も下がれ」

「何をおっしゃいます、陛下。大事な次代様とご母堂様との接見に、このわたくしめを同席させずにいかがなさいます」

「ではせめて、そのヨダレを何とかしろ。それから、次代から目を逸らしておけ。娘が警戒して話が進まん」

「おお、これはこれは、とんだ失礼を……」


 ヘレットはそう言うと、胸ポケットから出した白いハンカチで口元を拭う。

 そうして、大五郎を直視しないようにか、白い人の陰に控えた。


「さて、娘。民達は下がらせた。次代の身の安全は余が保証するゆえ、それをこちらに渡してくれぬか」


 彼の言う通り、子ヘビを取って食おうと狙う視線は感じなくなった。

 しかし、柚葉は表情を硬くしたまま、首を横に振って叫ぶ。


「いやです! 何の説明もないまま、大五郎を渡すわけにはいきません!」

「ダイゴロウ?」

「この子の名前です! 私が付けました! 何か文句でもありますかっ!」


 柚葉は、とにかく緊張していた。

 だからこそ虚勢を張って、やたらと喧嘩腰な受け答えをしてしまっているのだ。

 それを察した白い人は、苦笑いを浮かべた。


「文句などありはしない。それはそなたの子だ。そなたが付けた名に、余が異論を唱えることはない」

「私の子じゃないですっ!!」

「いいや、それはそなたが産んだ子だ。卵はそなたの卵ではなくとも──産んだのは間違いなく、そなただ」

「……は?」


 柚葉は、ぽかんとした。

 そんな彼女のパジャマの中で、もぞもぞしていた大五郎が襟元まで上ってきて、ぴょこんと顔だけ出す。


「おかあさま?」


 人語を発する白い子ヘビが、赤い瞳で慕わしげに柚葉を見上げ、母と呼ぶ。

 それを呆然と見下ろす柚葉に向かい、白い人は淡々と話し始めた。


 白い人は、ヘレットがそう呼んだとおり、マングース人の国ミッドガルド皇国の皇帝である。

 国民は一人残らず、例外なくマングース。

 人の形をしているのは、この国では皇帝だけなのだという。

 ただし、跡継を成すのは皇帝自身ではない。

 次代はある日、城の天辺にある大木の枝の叉から卵で生まれ、それを皇帝自らが後継者として育てるのだ。

 何故、世話係ではなく皇帝自身が育てるのかというと……


「そなたも知っての通り、卵から孵ったばかりの次代がヘビの姿をしているからだ」

「よりにもよって、どうしてそんな致命的な姿で生まれちゃうんですか……」


 ヘビは、マングース人達の大好物である。

 柚葉の世界で一般的なサイズのヘビが、ミッドガルド皇国内で普通に採れ、さらには養殖までされているらしい。

 せっかくの跡継を国民に食べられてしまってはたまらない。

 ミッドガルド皇帝は次代の卵を肌身離さず持ち歩き、孵れば寝食をともにしつつ育てる。

 幸い、成長するにつれて次代の姿は少しずつ人間の形に近づいていくという。

 つまり、大五郎もいつかは、現皇帝のように人間っぽい姿になるのだろう。

 現ミッドガルド皇帝は、ナーガと名乗った。

 それは、先代の皇帝が与えた名なのだという。


「そなたの名は?」

「……柚葉です。佐倉柚葉といいます」

「では、ユズ。そなた、次代が現れる直前、下腹に違和感を感じなかったか?」

「……違和感?」


 いきなり〝ユズ〟と、弟哲太と同じ呼び方をされたのに驚きつつ、柚葉は一昨日の夜を思い返す。

 そういえば、風呂に入ったとたんに下腹に痛みと張りを覚え、随分と苦しんだのだった。

 てっきり月経痛の前触れだと思っていたのだが、そういえば結局生理はこなかった。

 翌朝、下腹の苦痛から解放された代わりに、ベッドには卵が鎮座していた。


「ま、まさか……」


 柚葉は、とてつもなく嫌な予感がして、声を震わせる。

 しかし、ミッドガルド皇帝ナーガは淡々と話を続けた。


 ナーガももちろん、歴代の皇帝に倣って次代の卵を守り、いつも懐に入れて持ち歩いていた。

 卵は彼とは何の血の繋がりもない存在であるが、ずっと抱いていれば情も湧く。

 時々卵を懐から出して、優しく撫でてやったり話かけたりしていたらしい。

 それもまた、優れた皇帝を育てるためには必要なことだった。


「愛情をかけて育てられた次代は、他人を愛することを覚え、ミッドガルドの国民を愛するようになる。あの時も、余は卵を両手で抱え、寝室の窓から星を見せていた」


 星の輝きが卵の殻の奥まで届くことはなかろうが、ナーガはミッドガルドの自然の美しさや素晴らしさを、子守唄のように卵に語って聞かせていた。胎教、あるいは情操教育の一環である。

 ところがその時、にわかに突風が吹き荒れ、開け放した窓辺で卵を抱えていたナーガを直撃する。

 皇帝の居室は次代の卵を輩出する大木のうろに作られており、つまり城の天辺にあるため普段から強い風が吹く。

 うっかりそれを失念していたナーガの手から卵が離れ、窓の外に飛び出してしまった。

 

「陛下は、ちいとばかりドジっ子属性をお持ちなのじゃ」


 それまで黙って聞いていたヘレットが、俯いたままどうでもいい注釈を入れた。

 皇帝ナーガはそれを無視して話を続ける。


「このままでは、地上に落ちて卵が割れてしまうと焦った余は、とっさに念じた」

「念じる?」

「我らミッドガルド皇帝は、念の力によって数多の奇跡を起こすことができる。余はその時、必死だった」

「はあ……」

「卵を、どこか安全な場所に転移させねばならない、と必死だったのだ」

「へえ……」


 ヘレットがまた、陛下は、ちいとばかし不測の事態に弱くていらっしゃる、と口を挟む。


「どこか……柔らかくて温かく、卵を守ってくれる安全な場所へ、と余は一心に念じた」


 柚葉は、ゴクリと唾を呑み込む。

 もう、嫌な予感しかしなかった。

 案の定、ナーガがとっさに卵が転移した場所は……


「子を育むためにある機関──つまりはユズ、そなたの子宮であったわけだ」


 とんでもない事実を聞かされた柚葉は、もはや悲鳴さえも上げられなかった。

 ただただ、ぽかんと口を開けて元凶たる白い男の顔を見上げることしかできなかった。


 柚葉はあの時、二番風呂をいただいているところだった。

 佐倉家では家長たる父親が早く帰った夜は、彼が一番風呂を使うのが決まりだ。

 二番目が長女柚葉、三番目が長男哲太、そして最後に母が入って風呂を洗って出るのがいつものパターン。

 一昨日の夜も柚葉は髪と身体を先に洗い、湯船に浸かってほっと至福のため息をついた。

 そんな時である。下腹に強烈な痛みと張りを感じたのは。

 ナーガの話が事実であるならば、それがミッドガルドの次代の卵が柚葉の子宮に転移してきた瞬間だろう。

 そして翌朝、彼女のお腹の痛みや張り収まっていて、代わりにベッドに卵があったということは、つまり……


「卵は間もなく孵化する予定だったのだ。それを察して自らそなたの胎内から這い出したのだな」


 柚葉はあの夜、眠っている間に、卵を産んでしまったことになる。

 卵が自ら、彼女の子宮口と胎道を通って。


「……うっ」


 それを理解した柚葉の視界が、とたんに滲み始めた。

 とにかく次代が無事でよかった、と頷いていたナーガが、彼女を見てぎょっとした顔をする。


「お、おお……ユズよ?」


 焦った声で柚葉の名を呼び、恐る恐る手を伸ばしてくる。

 しかし、柚葉はそれを乱暴に振り払うと、パカッと口を開けた。

 そして──



「うわああああああんっ!!!」



 人目も憚らず、大声で泣き出したのだ。

 いい歳した大人が大泣きするなんてみっともないとか、自分が泣いては大五郎が不安になるだろうとか、そんなことは今は考えられなかった。

 見知らぬ世界の皇帝やら侍従長やらがおろおろしようが、知ったことか。

 とにかく、こんなひどいことがあっていいのだろうか。

 だってだって、柚葉は今まで子供を産んだことなんてなかったのだ。

 それどころか、今まで付き合った相手とは清く正しいお付き合いしかしたことがない──つまり、柚葉はまだ、ぴっかぴかの処女だった。

 それなのに、好きな相手とベッドを共にする前に、先に出産を経験させられてしまうだなんて……


「あんまりだよーっ!!」

「おかあさま! おかあさま!」


 パジャマの中から出てきた大五郎が、自分も泣きそうな声を上げて柚葉を慰めようとする。

 彼自身には恨みはない。

 しかも、思いっきり情が移ってしまった柚葉は子ヘビの身体を抱き締め、さらに激しく泣き喚いた。


「分かった、すまない。余が悪かった。そなたの気が済むまで謝るから、どうか泣きやんでくれぬか」

「ばかー! ばかー! 謝って済むことじゃないんだからーっ!!」

「ああ、そうだな。確かに、謝って済むことではない。これからのそなたに、大きな役目を課してしまったことになるのだからな……」

「何よそれっ! 知らないから! あんた達のためになんか、私何にもしてやらないからねっ!!」


 何やら含むような言葉で謝る相手に、柚葉は泣きながら怒鳴り散らす。

 しかし、ナーガがそれに怯む様子はない。


「卵を孵化させて親と認識された以上、そなたには次代の養育義務が課せられた。これは、この世界の決まりであり、如何なる例外も認められない」


 もちろん、柚葉はそれにも「知るかっ!」と吠えた。

 しかし、ナーガは少しもこたえた様子も見せずに淡々と続ける。


「次代の養育者とはつまり、皇帝である。よって、余は皇帝の座をそなたに譲らねばならない」

「──は……?」

「今から、そなたがミッドガルドの皇帝だ。ユズ」


 柚葉は、そろそろ自分の顎は外れるのではないかと思った。




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