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其の二

 


 つるんとした卵は、わずかに表面が青みがかっていた。

 大きさとしてはダチョウの卵ほど。大五郎の時とまるで同じだ。


「――ぎゃわっ……!!」


 ベッドの上で後ずさった柚葉はすぐに端まで到達し、そのままドタッと無様に床にひっくり返った。

 背中と後頭部をしこたま打って、「うう」と呻く。

 しかし、すっぽんぽんな自分の下半身に気づき、大慌てでショーツとパジャマのズボンを引き上げた。

 そして、ベッドの端からおそるおそる顔を出し、シーツの中央にちょこんと鎮座している卵をのぞいてみた。

 そんな柚葉の視線の前で、卵は突如ぷるぷると震え始めた。

 かと思ったら、今度は起き上がり小法師のように前後左右に大きく揺れ出した。

 それがピタリと止まった瞬間、コツンと小さな音が聞こえ、卵の殻の天辺にヒビが入った。


「……」


 それを皮切りに、柚葉が固唾をのんで見守る中、ピシッピシッと表面に亀裂が入る。

 そしてついに、ぱりんと殻が割れて上部に穴が開き、何かがひょっこりと顔を出した。


「わああっ! ――あ?」


 ドタドタドタッ――バタンッ!!


 一方、慌ただしく階段を駆け上がる音が聞こえたと思ったら、ノックもなしに扉が開かれた。


「――おい、ユズっ! どうした!?」


 現れたのは、弟の哲太。

 既に起きて一階のリビングに居た彼は、どうやら先ほど柚葉がベッドから転がり落ちて立てた音に驚いて駆け付けたらしい。

 部屋の中に飛び込んだ哲太の目に映ったのは、ベッドの縁にしがみついておろおろしている姉と、シーツの上に散らばった卵の殻の残骸。

 それから――


 ――ぴい


 尖った口が甲高く一声鳴き、丸い大きな金色の瞳をきょとりとさせながら、哲太と柚葉を交互に見比べたのは、白くてふわふわした毛玉だった。

 

「ユズ……お前、それ……」

「て、哲太……」


 たしっとシーツを踏みしめたのは、鋭いかぎ爪が備わった二本の足。

 ぷるりと身体を震わせて、身体に付着していた殻の欠片を振り落とすと、それは伸びをするように大きく両腕を広げた。

 いや、腕ではない。

 ――翼だ。

 それはまだ短く、おおよそ羽ばたくには足りないが、確かに翼の形をしていた。

 

「こ、これって……ヒナだよね? 卵からヒナって――……あ、普通のことか……」

「ヒ、ヒナはヒナでも、何だそれ? ユズ、お前……そんなもんどこから持ってきたんだよっ!?」

「私が連れて来たんじゃないもん! 起きたらベッドにあって、いきなり孵ったんだよっ!」


 卵から孵ったヒナは、ニワトリのひよこのようにぴよぴよとした可愛らしい系ではなかった。

 明らかに猛禽類――おそらくワシやタカのような類いの鋭い雰囲気のヒナであった。

 ヒナはベッドの際でわたわたと慌てる姉弟をしばらくの間黙って眺めていたが、「びい」ともう一声鳴いたかと思ったら、鋭い爪をシーツに食い込ませて、のっしのっしと人間達の方に歩いてきた。

 そして、そのまんまるい金色の瞳がまっすぐにとらえたのは、柚葉。

 ヒナは柚葉をじっと見つめて意外に愛らしい仕草で首を傾げると、先が鋭いくちばしを動かして、ゆっくりと音を紡いだ。



「ま、ま」

「「――っ!?」」



 明らかにヒナの鳴き声とは違う音に、仲良くビクッと身体を強張らせた柚葉と哲太は、目をまん丸に見開いて顔を見合わせた。

 そんな二人を見上げ、ヒナはついにくちばしをぱかりと開き――


「まま、ママ! ママ、ママっ!!」


 大きな声で騒ぎ始めた。


「おおおいっ、ユズ! お前のことママって言ってんぞ!? どうなってんだ!!?」

「あわわわわっ……」


 突然のことに、柚葉と哲太は互いをぎゅうぎゅう抱き締め合って慌てふためいた。

 血の繋がりはないものの、二十年近く姉弟をやっていれば行動も似てくるものだ。

 

「まーまー! マッマッ! ママぁ!!」

「う、うるせ……」

「なんて、自己主張の激しい子ー……」


 ふわふわ綿毛のように真っ白なヒナは、喉から声を絞り出すようにして叫び続ける。

 階下から、「ゆーずー? 呼んだー?」と、勘違いした母の声が聞こえた。


 その時――



 ――バタン……!



 突然乱暴に扉を開く音が聞こえたと思ったら、何者かが身を寄せ合う佐倉姉弟の脇をすり抜けベッドに飛び乗った。

 そして――


 ――バサッ……


 白い袋の口が大きく広げられ、一気にヒナにかぶせられた。

 ヒナは袋の中でパニックになったように暴れ、ピイピイ激しく鳴いている。



「――捕まえましたぞ、陛下」



 その袋を片手で掲げてベッドの上で振り返ったのは、昨夜大五郎を迎えに来たマングース侍従長ヘレットだった。


「うむ、ご苦労。――大事ないか? ユズよ」

「……ナ、ナーガ……」


 そして、ゆったりとした白いローブを引きずってクローゼットから出てきたのは、ミッドガルドの現皇帝ナーガ。

 白い髪と肌をした美しい男は、パジャマ姿の柚葉の全身にルビーのような赤い目を走らせると、ほっとしたようなため息をついた。

 その脇からはナーガと同じ色彩を持つ少年が飛び出してきて、哲太と縋り付き合ったままの柚葉に突進した。


「――柚葉、大丈夫!?」

「あ……大五郎、おかえり~」


 皇帝同士の晩餐に同席するとあって、大五郎もそれに相応しい格好に着替えていたらしい。

 ナーガのローブと似たデザインの、真っ白い生地に厳かな金糸の刺繍が入った長衣をまとい、どこぞのお稚児さんかという見目麗しさ。

 雅な風貌の少年は、すっかり痛みも張りも治まった柚葉の腹をパジャマの上から労るように撫でた。


「痛かったでしょう、柚葉。ひどい目にあったね」


 ヘレットが捕えたヒナの卵を柚葉が産んだと、大五郎は知っているようだ。

 またも卵を産まされてしまったショックからようやく立ち直ってきた柚葉は、彼を安心させるように「大丈夫」と告げる。


「もう、平気だよ。え、え~っと……ほら! 君の時から数えると、二度目だし!」


 しかし、柚葉の言葉を聞いたとたん大五郎は眦をつり上げ、ヘレットが持った白い袋を指差して叫んだ。


「――僕とあの(わし )を一緒にしないでっ!!」


 そしてまるで親のかたきのように、それを睨みつけた。


「…っ! ……っ!」


 袋の中ではしきりにヒナがもがいていた。

 しかし、ヘレットがポケットから取り出した長い紐で袋の口を縛ると、しばらくしてようやく観念したかのように静かになった。

 それを見て、ミッドガルドの現帝ナーガはやれやれとため息をつくと、柚葉のベッドの端に腰を下ろして事情を話し始めた。






 昨夜の晩餐の最中、ミッドガルドとハプスブルクの関係を左右するような重大な事件が起こった。

 なんと、ハプスブルクの公爵の一人がミッドガルドに刺客を差し向けたというのだ。

 しかもその標的は、現在の皇帝ナーガではなく、彼亡き後に即位することになっている次代の皇帝――つまり、大五郎だというのだ。

 

「ハプスブルクは代々四つの公爵家がそれぞれ次代候補を養育し、その中から選ばれた一羽が次の皇帝となることができる」


 各公爵家には卵を産む石が家宝として奉られている。

 時期がくれば四つの石は同時にそれぞれ一個の卵を産む。

 これこそが、ハプスブルクの次代候補の卵だ。

 公爵達はたった一個の卵を大事に大事に育て、やがてヒナが孵ればそれを養育し、皇帝になるにふさわしい教育を施す。

 そんな中、四公爵家で最も野心家として知られている黒ウサギ公爵は、何としても自分の家から皇帝を出したかった。

 現在のハプスブルク皇帝は、最も温和な文官一族として知られている白ウサギ公爵家出身で、武官一家である黒ウサギ公爵家からはもう何代も皇帝が出てはいなかった。

 ちなみに、茶ウサギ公爵家は芸術面に秀でた一族であり、(ぶち )ウサギ公爵家は発明家を多く輩出している。


「一月ほど前、ハプスブルクでも一斉に次代の卵が産まれた。そんな中、わがミッドガルドにスパイを送り込んでいたらしい黒ウサギ公爵は、こちらの次代が異界の女の胎へと転移し、そこで育てられていることを知った」

「いやに耳の長いヤツがいるとは思っておりましたが、まさかスパイだったとはのぅ……」


 ため息をつくのん気なマングース侍従長を無視し、ナーガはさらに続けた。


「黒ウサギ公爵は、余が一度開いた念の路を辿って異界の女――つまりユズの子宮を突き止め、昨夜次代の卵を送り込んだのだ」

「……は?」

「柚葉が今朝産んだ卵は、黒ウサギ公爵家の家宝の卵」

「……へ?」

「孵ったヒナは、隣国ハプスブルクの次期皇帝候補の一羽というわけだ」

「……えっ……!?」


 柚葉は呆然と、自分のベッドの端に無造作に置かれた白い袋を見た。





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