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人狼奇譚  作者: 南 晶
第二章 人狼の話
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 俺が寝ている所を燻し出された例の小屋は、事実上、ルアナの家だった。


 ルアナは元々、家のない浮浪児で、雨風を凌ごうと屋根のある建物を探している内に、この燻製小屋に辿り着いたらしい。

 燻製を作るには適した小屋だが、住む為にはなかなか根性が必要だった。

 大人の男を二人位並べた長さのサイコロのように真四角の小屋には、まず、窓がない。

 そして、当然、煙臭い。

 長年、煙と肉の脂で燻されてきた壁は、触っただけでベッタリと得体の知れない液体が掌にこびり付いた。

 狼の姿だったら、フサフサの俺の毛はたちまち絡み取られて、大きなハゲができていたに違いない。


 この狭くて臭い小屋の中で、ルアナは一人で暮らしているのだという。

 小屋の隅には、薄汚れた毛布と破れた敷布団があって、二日間の間、俺もそこに寝かされていたのだ。

 小屋から出た後も、何となく体中が燻製になったような臭いがして、鼻の利く俺は慣れるまで少々時間がかかった。


 翌日、太陽が昇ってから、ルアナは一緒に街に行こうと誘った。

 燻し殺されそうになったその夜、俺は結局、小屋の中の布団に横になり、ルアナは木に吊り下げた網の中で蓑虫みたいに眠った。

 何となくベタベタする体を洗い流したくて、俺は街より川に行きたいと言ったが、慣れているせいで嗅覚が麻痺しているルアナには聞き入れて貰えなかった。


「どうせ、またここで寝るんだろ?朝が来る度に体洗ってたら面倒臭いじゃないか」


 全く着替えた様子のない、例の麻袋を被った姿で、ルアナは吐き捨てるように言った。

 確かにここに住んでいる限り、体を清める意味はなさそうだ。

 だが、狼の嗅覚を持つ俺は、彼女自身から発せられている臭気にも閉口していた。


「あんたは多分、この臭いに慣れてしまったんだと思う。でも、慣れてない俺には少し辛い」

「うるせえな!お前は私が臭うって言いたいのか!?」

「正直に言えば、そうだ。どこに住んでいるか以前に体が臭う」

「バっ!バカヤロウ!失礼なヤツだな!」

「だから、正直に言ったじゃないか。街に行くなら川にも寄ってくれ。そうでなければ、俺は同行できない」

「・・・臭いからか?」

「そうだ」

「~~~~~~!!!」


 イタチみたいな丸い顔を真っ赤にして、ルアナはギリギリと音を立てて歯軋りした。

 分かり易くて面白い顔に、俺の表情も思わず緩む。

 ルアナの仕草は本能的、且つ、野性的だ。

 表情も分かり易くて、これなら動物との付き合いの方が慣れている俺にも理解できる。

 人狼一族の中では、「人間は言っている言葉と考えている事が違うので注意しろ」と言われていたが、彼女に至っては、思った事が話すより先に態度に現われるようだった。

 恐らく、単純な思考回路に、すごい反射神経を持っているんだろう。

 人間らしからぬ素早い身のこなしも、そう考えれば納得できる。


「分かったよ!街を一回りしたら、風呂でも川でも連れて行ってやる。せいぜい綺麗になんな!」


 細い足で俺の尻に軽い蹴りを入れると、ルアナは荒々しく戸を開いて、小屋を出ていった。

 俺も慌てて、その後について行く。


「俺を連れてくだけじゃ意味がない。綺麗になるのはあんたの方だ」

「うるっせえっつってんだろ!私は気が向いたら洗うからいいんだよ!ほっとけ!」

「何で体洗うのを嫌がる?」

「面倒臭せえんだよ!余計なお世話だ!」


 苛々し始めたルアナの水色の瞳は、俺が話す度にどんどん吊り上がっていく。

 その顔はまるで猫みたいで、俺は突如、ルアナの風呂嫌いの理由を思いついた。


「分かったぞ。あんたは水が怖いんだな。俺が洗ってやろうか?」


 親切で言ったその言葉を言い終わるや否や、俺の頬に強烈な平手打ちが飛んだ。



◇◇◇◇



 彼女の棲み家の燻製小屋から一時間くらい歩いた頃。

 地肌の出た埃っぽい土地が現われた。

 五感が鋭い俺の耳には、不特定多数の人々の喧騒や音楽が聞こえてくる。

 そして、様々な食物の匂いが風に乗って鼻を掠めた。


 勝手知ったる様子で前を歩くルアナの後ろを、俺は体を屈めてキョロキョロしながらついて行った。

 その肌色っぽい乾いた広場には、向かい合った格好で二列の露店が延々と並んでいる。

 露店の裏には、商人達がねぐらにしているであろうテントや掘っ立て小屋が乱立していて、ちょっとした迷路になっていた。

 果物、穀物、野菜と、露店の前には様々な商品が所狭しと並べられ、商人達は店の前まで飛び出して客寄せに大声を上げ続けた。

 街というより、市場というヤツだ。

 売り手がここで在住しているという意味では、確かに街だろうが。


 俺が見た限り、商人も客も、皆、ルアナと大して変らない人種だ。

 理由は分からんが、圧倒的に金色の髪の毛の人間が多い。

 男も女も子供も、皆、金色の髪だ。

 男は短く切り揃え、女は流れる滝の如く、背中に垂らしている。

 頭の天辺で縛り上げているルアナの金色の髪の毛は、トウモロコシの髭みたいだが、普通にしていれば案外綺麗なのかもしれない。

 そして、皆、服装は俺と同じ麻袋を加工した粗末なものだ。

 このズタ袋を頭から被った物が「人でない者」の正装だとしたら、ここに集まっている人間どもは皆、人ではないのだろうか・・・?


「アスラン!ボケっとすんな!迷子になっても探さなねえからな!」


 少ない知能で考えながら、露店ごとに頭を突っ込んで物色していた俺は、気が付けばルアナと離れてしまって、その度に彼女の罵声が街に響き渡る。

 さっきからずっと機嫌が悪い。

 どうやら、俺が言った事が気に食わなかったようだ。


「どうして怒っている?俺はあんたが、臭いのに水が怖くて風呂に入れないなら手伝ってやるって言ったんだ。別に悪気はない」

「そっ、その話はもうするな!私は別に怒ってない!」

「怒ってなければ、どうして俺の顔を見ない?」

「調子狂うんだよ!お前の顔見てっとな!」


 ルアナは掴もうとした俺の手を振り払うと、顔を真っ赤にしてベーッ!と舌を出した。

 肉付きの悪い尻を突き出すようにして、さっさと歩いていく。


 さっきまでは優しかったのに、やっぱり人間は分かり難い・・・。


 困惑した俺が頭を掻いて立ち止まったその時、鼻先にフワリと百合の香りが漂うのを感じた。

 背後に人の気配を感じたと同時に、真っ白なふくよかな手が俺の腕をそっと掴む。


「あんた新顔ね。安くしておくから、どう?」


 そこには、白い顔に真っ赤な紅を唇に差した女が、妖艶な眼差しで俺を見つめていた。





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