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人狼奇譚  作者: 南 晶
第三章
24/26

人狼奇譚1


「・・・以上が、私がかの国で遭遇した、世にも珍しい人狼の話でございます・・・」



 エドウィンは恭しく頭を下げた。


 煌びやかな金の装飾が施された王宮。

 その中央に、エドウィンは学者の正装である黒いマントと帽子を着衣して、真っ直ぐ前を向いて立っていた。


 彼の周りには金色の豪華な椅子が並び、そこにはこの国の特権階級である王族達が、その身分に相応な美しい身なりで腰を下ろしている。

 贅沢に慣れ、安定した日々を淡々と続けている彼ら王族は、いつもの死んだ魚のような目をしてエドウィンの旅の話を聞いていた。

 だが、彼が話しを終えた今、その曇った目は驚愕に見開かれ、あるいは興奮で色めき立ち、または涙で潤んでいる。

 深く頭を下げたエドウィンが顔を上げると、彼を取り囲む30人程の王族から一斉に惜しみない拍手が与えられた。


 エドウィンは満足そうに笑みを見せると、王族達の顔をぐるりと見回す。

 その彼に、黄色のフンワリしたドレスに身を包んだ皇女が涙を拭きながら、小鳥のような声で話し掛けた。


「素晴らしいお話でしたわ、エドウィン。私、こんなに心を揺さぶられた事は今までにありませんでした。その少女、ルアナは本当にアスランを殺してしまったの?」


 エドウィンは目を伏せて、悲しそうに唇を噛んだ。


「それはアスランの願いだったのでございます。彼は先に地獄に行かねばならなかったのです・・・ルアナが逝く時に怖くないように、きっと今頃はのんびり待っていることでありましょう」

「処刑人の少女はその後どうなったのだ?国籍を得る事ができたのか?」


 真っ白な髭を蓄えた老人が,威厳のある目に涙を溜めてエドウィンに質問を投げかける。

 先程の皇女の父でこの国の最高権力者でもあるこの老人が泣くところなど、今だかつて誰も見たことがなかった。

 その質問に、エドウィンは悲しそうに首を横に振る。


「ルアナは、あの国に留まりませんでした。つまり、国籍の取得は拒否したのでございます。化け狼を見事処刑した彼女は一躍、英雄になりました。ですが、アスランのいなくなったあの国に留まる理由は、彼女にはもはやなかったのでございます」

「では、ルアナはどうなったのだ?」


 エドウィンの言葉に、彼を取り囲む王族達はざわめき出した。

 皇女を筆頭にした煌びやか衣装を身に纏った女性陣は、ハンカチを握り締めて半べそをかいている。

 ルアナの事を思い出しているかのように、エドウィンは少し遠い目をした。


「彼女は国籍取得は辞退しましたが、代わりに自由に国境を越えることができる王家直筆の通行許可証を得たのです。ルアナは浮浪民であります故、アスランの思い出の残る街に留まるよりは、自由な浮浪民の生活に戻る事を希望したのでございます」

「では、ルアナは今、いずこに?」


 王族達が矢継ぎ早に質問を浴びせかけるのを制して、エドウィンは微笑んだ。


「それは私にも分からないのですよ。何分、彼女は自由を謳歌する浮浪民の少女であります故・・・」


 彼女の消息を心配する声があちこちから上がり、小さな王宮はざわめきに包まれた。

 エドウィンはもう一度、恭しく頭を深く下げてから、黒いマントを翻してクルリと背を向ける。

 そして、まだ話の余韻に浸っている王族達を尻目に、王宮をゆっくりと歩いて出て行った。


 王族との謁見の間である金の王宮を出たエドウィンは、広大な王家の庭に続く真っ白な螺旋階段をゆっくりと降りて行った。

 その表情には、長旅の疲れと仕事を完遂した達成感が入り混じっている。


 任務を無事に終え、人狼奇譚も王族からいい評価を得た。

 今回の仕事は上々の出来だったと言っていいだろう。

 次の任務までには、まだ半年程猶予がある。

 その先、再び旅に出る彼には休息期間中、彼には充分な報酬が与えられる事だろう。


 久し振りの自宅に帰って、旅の垢をゆっくり落としたいものだ・・・。


 大理石が施された王宮のエントランスを出ると、エドウィンは太陽の光を浴びて大きく深呼吸した。

 だが、気を抜くのはまだ早い。

 エドウィンがここに来るのを待っている人間がいるのだ。

 手入れの行き届いた宮廷の庭を、彼は足早に通り抜けた。





次回、最終回です。

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