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人狼奇譚  作者: 南 晶
第二章 人狼の話
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狼2

 久々の狼の姿で、俺は国境まで続く一本道をひた走っていた。


 月の出ていない夜道は真っ暗で、漆黒の俺の体は闇に溶けて区別がつかないだろう。

 人目を気にする必要はなさそうだった。

 だが、人間の姿で怠惰な生活をしていたせいか、どうも体が重い。

 森で生きていた時の俊敏さは確実に鈍っている。

 自堕落な生活のせいか、もしくは穏やかな暮らしに慣れ過ぎて、牙を失ってしまったのか・・・。

 ルアナと一緒に目覚めてまどろんだ、あの薄汚れた蒲団の温もりが思い出される。


 すっかり骨を抜かれてしまったな・・・。


 俺は自嘲しながらも、脚を止める事なく走り続けた。

 ルアナ達、狼征伐隊が処刑人に遭遇する前に、俺が処刑人の人狼を何とか止めてやらなければ。

 その為には、彼女達より先に国境に辿り着く必要があった。

 俺は月のない真っ暗な夜道を、全力疾走していった。


◇◇◇


 征伐隊の話を聞いた後、俺は散々、ルアナに人狼の危険性について説教した。

だが、国籍取得という念願の夢を鼻先にぶら下げられた彼女の耳には、俺の忠告は全く届かなかった。

 征伐隊に参加する有志は、その翌日に街の広場に集合するようにとの通達があり、ルアナは俺をおいて小屋から元気良く飛び出して行った。


「待ってろ、アスラン!すぐに化け狼を退治して戻って来る!お前はここで待っててくれ。私が射止めたら、一緒にこの街を出るんだ、いいな!?」


 明るい笑顔でルアナは大きく手を振って、俺に叫んだ。

 そして、そのまま背中を向けると、意気揚々と小屋を後にした。

 まさか自分がやられるなんて露ほども疑ってない。

 ちょっと散歩して帰ってくるような軽い口振り。

 あっけらかんとした別れだった。


 ルアナは、いや、この国の人間は人狼の存在を知らない。

 だから、いかに危険な事に首を突っ込んでいるのか、全く自覚していないのだ。

 俺は溜息をついて、一人残された小屋に座り込んだ。


 自分の無力さが恨めしい。

 俺はこの生活に満足していたのに、ルアナはそうではなかったのだ。

 いつからかは分からない。

 ルアナはこの国の人間の事を責めつつも、保障された人間らしい生活を夢見ていたのだ。

 自分の望まぬ仕事を続けていくのが辛かったに違いない。

 でも、それは俺にはどうすることもできない、浮浪民に生まれついた彼女の運命だった。

 ルアナは、今、その運命を自力で変えようとしている。

 俺には、彼女を引き止める理由も権利もなかった。


 ルアナを止める事ができない俺がするべき事はただ一つ。

 その人狼がルアナを殺してしまう前に、俺が見つけて先にそいつを殺してやる事だった。

 勿論、そんなことをしたら、俺はもう二度と森に戻れなくなってしまうだろう。

 それでも構わないと思えるほど、俺はルアナを失いたくなかった。


 誰を殺しても構わない。

 彼女を守れたら、それでいい。


 俺の中に、狂気にも似た強い感情が生まれた。

 覚悟を決めた俺は、着ていた麻袋を頭から脱ぎ捨て、裸で四つん這いになる。

 あっという間に、俺は漆黒の毛に覆われた一匹の大狼に変化した。

 久々の四足の姿勢に、少し体の動きがぎこちない。

 犬みたいに、大きく伸びをしてみると、関節がボキッと音を立てた。


・・・この姿はルアナには絶対見せられないな。


 尤も、見せても、これが俺だとは夢にも思わないだろうけど。


 黒い狼の俺が犬みたいにルアナに寄り添って歩く姿を想像して、俺は一人で苦笑した。

 街から少し離れたこの小屋が人目に触れる事は少なかったが、今は街中、狼騒ぎだ。

 人目に触れるのは絶対にまずい。

 そう判断した俺は、夜になるのを待って小屋から飛び出した。


 俺はまず、国境警備隊の人間がバラバラで発見されたという国境の検問の小屋を目指して走った。

 ルアナと一緒に重い荷車を引っ張りながら歩いた時は丸一日掛かった距離が、狼の姿で一人で走ったら国境まで辿り着くのに半日もかからなかった。


 真っ暗な夜道に、小さく灯りが灯っている小屋が見える。

 来る時にルアナと通行許可証がないだの文句を言ったあの人間がいた場所だ。

 兎と交換に、面倒臭そうな顔で俺達を通した、やる気のない顔を思い出す。


 やられたのはあの警備員だったんだろうか?

 だとしたら、今いるのは別の人間だろうが・・・。


 俺は忍び足で小屋の方に向かった。

 誰がいるのか知らないが、昨日、ここで人間がバラバラに引き裂かれてたってのに、よく怖くないものだ。

 どんな動物も、一度、殺されかけた場所には戻りたがらないのに、人間は学習能力に欠けるらしい。

 尤も、役目があるから仕方なくいる羽目になったんだろうけど・・・。

 俺は灯りが洩れている戸の隙間に長い鼻面を寄せて、中を盗み見た。


 小さな小屋の中に見えるのは、部屋の隅に置かれた木のベッド。

 木でできたテーブルと椅子。

 そして、そのテーブルの上には所狭しと食料が積み上げてある。

 俺はそのテーブルの下に視線を落として、あっと息を呑んだ。


 床は鮮血で真っ赤に濡れていて、引き裂かれた体の断片が散乱していた。

 そこで俺が見たのは、血の海の中で四つん這いになって、骨が飛び出した人間の足に齧り付いている素っ裸の男だった。

 普通の人間よりかなり大柄で、体中、黒い体毛で薄っすら覆われている。

 見覚えのあるその姿は、人間の時の俺と殆んど同じだ。


 間違いない。

 ルアナが探してる人間を殺しまくった人狼はこいつだ・・・!


 真っ黒な長い髪の毛を振り乱して、男は犬のような姿勢で床に散乱している人間の断片に齧り付いている。

 その醜悪な仕草に俺は嫌悪感を覚えた。

 人間の生活が慣れてしまったせいか、理性の欠片もないそいつの食い方は動物的過ぎて、見ていて気分のいいものではなかった。


 まずは話ができるヤツかどうか確認する必要がある。

 一族の中じゃ、一番体格も良くて、場数も踏んでる俺を見れば、大抵の人狼は抵抗しようとは思わないだろう。

 俺も無駄な争いはしたくなかった。

 人間達が今からここに征伐に来ると教えてやって、さっさと森に帰ってくれたらそれでいい。

 俺はルアナが無事で戻ってくればそれで良いのだから。


 そう思って、俺は小屋の戸を鼻先で押し開けた。

 鍵のかかっていない木の戸は、ギイイ・・・と耳障りな音を響かせてゆっくり開いていく。

 テーブルの下にいた裸の男は、突然、鳴り響いた音に飛び上がって驚き、あっという間に狼の姿に戻った。


 同じ四足の状態の視点で、俺はそいつと顔を見合わせ、あっと驚く。

 俺の姿を認めて、そいつも同様に驚きで体を硬直させた。


 そいつは、俺が初めて咎人の処断をした時に導いてくれた、あの年上のクロだったのだ。



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