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人狼奇譚  作者: 南 晶
第二章 人狼の話
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狼1

 俺はルアナが好きだった。

 粗暴でがむしゃらで、いつもセカセカ動き回っている落ち着きのない小動物みたいなこの人間の女を、いつの間にか好きになっていた。

 尤も、その時の俺が、その感情をどう認識していたのかは今でも分からない。

 彼女は俺にとって、女であり、仲間であり、子供であり、姉妹であり・・・詰まる所は大切な人だった。


 そういう事は、以心伝心で伝わるものだと勝手に思っていたのが、彼女は常に確認するように俺に問いただす。

「好きだ」とか「愛してる」とかいう単語を覚えたのもその頃からだ。


「だって聞かなかったら、お前、何にも言わないじゃないか!」


 ルアナは時々、俺が無口なのをそう言って咎めた。

 でも、何故、ルアナがそれほど言葉に拘るのかも、俺には理解しがたかった。


「何もって・・・何を言えばいいんだ?」

「だから!私の事が好きかどうかって事だよ!」

「好きでなかったらここにいないよ」

「そりゃ、そうだけど・・・口で言って欲しいんだよ、たまには!」

「ルアナのことは好きだ。だから、ここで一緒にいるんじゃないか」

「じゃあ、私のどこが好きなんだよ!言ってみろよ」


 いつもそこで、この問答は終わった。

 どこがと具体的に例を挙げるほど観察していないし、全体的な雰囲気が何となく心地良いのだと言ってもなかなか分かって貰えなかった。

 今となっては、このくだらない問答が心残りになってしまったのだけど・・・。


 とにかく、俺達は寄り添うようなこの暮らしを楽しんでいたのだ。


◇◇◇



 俺達がささやかながらも、穏やかに暮らし始めて3月ほど経った。


 その日、俺達はまた連れ立って街に出掛けた。

 月に一度くらいで依頼される『役目』のお陰で、肉以外の物を食べることができるくらいは金があった。

 いつ行っても街は人々の喧騒と活気に溢れ、賑やかな所が好きなルアナは俺を連れて歩きたがった。

 人込みが苦手な俺には、少々苦痛ではあったけど、彼女の無邪気な笑顔が見たくて仕方なく同行した。


 その日は街の様子が少し違った。

 街の入り口の小さな広場に、大きな立て看板が立てられている。

 看板の周りには、例の赤い服を着た軍人が5人ほど並んでおり、何やら大声で演説をしているようだった。


「なんかあったのかな?行ってみよう、アスラン!」


 ルアナは俺の手をグイグイ引っ張って、軍人の演説に聞き入る群集の中に突入していった。


 集まった人だかりの殆んどは、屈強な体つきの男ばかりだった。

 立て看板には、何やら文字が書いてあるが、人狼の俺には当然、読めない。

 それはルアナも同じだったようで、周りの人間の話に聞き耳立てている。

 一つ分かったのは、看板に描かれた真っ黒い狼の絵だった。


「今、国境付近に子牛程の大きさの真っ黒い狼が現われ、毎夜、警備員を殺傷している。どうやら、食用目的ではなく、殺す事を楽しんでいるようだ。

昨夜も警備員が一人犠牲になったが、体がバラバラに切り裂かれて、道端に散らばっていたらしい。かなり獰猛且つ、狡猾な危険動物だと言える。

 よって、現在、この狼を仕留めるべく、征伐隊を募っている。腕に自信がある者は是非、参加して欲しい。この狼に致命傷を与えることができた勇者には、栄誉国民として本国の国籍を与える事とする。

無論、住居、仕事も国に保障される事となる。

繰り返す。

腕に自信がある者は、この国境の人食い狼征伐隊に参加されたし!

褒美はこの国での国籍と居住権だ!」


 その話を聞いて、俺は殴られたような衝撃を覚えて、その場に硬直した。

 国境付近で人間をバラバラに切り裂いては道にバラ蒔いていく、子牛くらいの狼・・・。

 間違いなく、俺の仲間の人狼だ。

 処刑人の俺がいなくなったもんだから、別のヤツが咎人狩りを始めたに違いない。

 死体を見せしめに路上に放置したんだろうが、人狼伝説を知らないこの国の人間には仇になった。

 森を恐れる所か、征伐隊を結成して退治しようと考えるとは・・・。

 年食った人狼の長老も、これを聞いたらさぞビックリすることだろう。

 誰がやったのか知らないが、これはお仲間の仕業に違いない。


「なあ、ルアナ・・・?」


 珍しく、大人しく佇む彼女を見下ろして、俺はハっとした。

 ルアナの水色の目は大きく見開かれ、ギラギラと異様な光を放っている。

 どこか諦めたような冷めた表情が、一変して生気に溢れている。


「聞いたか、アスラン!やっとチャンスが巡ってきた」

「何のだよ?」


 ルアナは俺の腕をグイグイ引っ張って、再び、人込みから離れた。

 街の入り口付近の広場は、立て看板に釣られて集まってくる浮浪民達でごった返していたからだ。

 街を抜けて、やっと普通の声で会話ができる所まで来た時、ルアナは俺に抱き付いた。

 その勢いのまま、俺の唇に音を立てて自分の口を押し付ける。


「な、何だ?」

「アスラン、私は狼狩りに参加する!参加して、狼を一番に仕留めてやるんだ。そうすれば、この浮浪民の街ともおさらばできる。もう人間を処刑しなくても生きていけるようになるんだよ。私の弓の腕は知っているだろう?狼だろうが魔物だろうが、私は必ず仕留める」


 興奮して捲し立てるルアナを俺は呆然と見つめていた。

 確かに、これは彼女にとってはチャンスかもしれない。

 こんな事でもなければ、処刑人として名を馳せているルアナが国籍を与えられる事はないだろう。

 だが、俺は人狼の恐ろしさも知っている。

 いくらルアナが弓の使い手でも、俺が狼の姿になって襲い掛かれば、体の小さいルアナだったら一撃で殺す事ができるだろう。

 誰が俺の後釜になっているのかは知らないが、どちらにしても人狼はルアナの手には負えない。

 それが分かっていたから、俺は冷静に諭そうと試みた。


「あんたの気持ちは分かる。でも、今回の狼狩りはあんたにとって危険過ぎる。俺は森で生きていたから言うけど、狼は獰猛で狡猾だ。人間よりも賢い。いくらあんたが弓で抵抗したって、敵う相手じゃない。命が惜しかったら今回は行くべきじゃない。殺されるだけだ」

「じゃ何か?お前は、私の腕が未熟だって言いたいのか?」


 理論的に説明したつもりが、返ってルアナの機嫌を損ねてしまった。

 言いたい事が上手く伝わらず、俺は頭を掻く。


「そうじゃない。あの森の狼は特別なんだ。ルアナだけじゃない。普通の人間に殺せるような動物じゃないんだ。俺はあんたに怪我して欲しくない。いや、死んで欲しくないんだ」

「だったら、お前は今の私の生活が生きてるって言えるのか?こんな生活続けるくらいなら、本当に死んだ方がマシだよ!これはチャンスなんだ。これを逃したら、もう私みたいな浮浪民で処刑人が、あっち側の人間になれるチャンスはないんだぞ!お前が何と言おうと私は行く。だから待ってろ、アスラン!」



 拳を握り締めて激昂するルアナを、俺はどうする事もできずに黙って見下ろしていた。



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