雨
その日、俺がこの国に来てから、初めて雨が降った。
いつもは木の上で寝ているルアナも、その日は、さすがに小屋の中に入ってきて、俺が丸くなっている布団の中に潜り込む。
半分、寝ぼけていた俺は、子犬のようにゴソゴソと布団の中に入ってくるルアナに気が付いて、思わず歯を立てて首根っこに噛み付いた。
悪戯が過ぎると母犬がする本能的行為だ。
もちろん、ルアナはびっくりして飛び上がった。
「な、何すんだよ!アスラン、寝ぼけてんのか?」
「・・・・・・? どうしてここにいる?」
「雨が降ってるからに決まってるだろ。他に寝る場所ないじゃないか」
「ああ・・・犬かと思った」
「何寝ぼけてんだ!ってか、布団半分貸せよ!寒いだろ!」
布団の中に入ってきたルアナの体は痩せて冷え切っていた。
木の枝みたいなその体は、余分な肉どころか必要な肉もついていない。
彼女の生活環境を思うと何だか哀れで、俺はその小さな体をグイと引き寄せ、両腕を回して抱き締めた。
「・・・!?な、何?アスラン!?」
「いいから、大人しくしてろ。体暖めてやるから」
初めこそ、バタバタと俺の腕の中で暴れていたルアナだったが、力で敵わないのが分かると、やがて諦めたように大人しくなった。
彼女の背中と俺の胸がピッタリくっついて、お互いの体温が伝わり合う。
ドキドキという鼓動の音が煩いくらいに響いてくるが、どちらの鼓動なのかは分からない。
そのくらい、俺たちは密着し合っていた。
そのうちに、自分の体温が急速に上がって、だんだんと鼓動が早くなってくるのが分かった。
同じく、体が熱くなってきたルアナが、背中を向けたままボソッと言った。
「アスラン」
「何だ?」
「・・・これから何するつもり?」
「さあ・・・自分でも分からない」
少し考えてから、俺は正直にそう言った。
野生の勘というか、本能というか分からないが、ルアナが何を俺に期待しているのかは、既に分かっていた。
だけど、人間の女と生殖行為をした事がない俺には、これから先、どうしたらいいのか分からない。
ただ、本能に任せていれば体は動く事には、我ながら感心した。
ルアナは俺の返事にプっと噴出して、苦笑した。
いつもはギラギラと何かを狙っているような鋭い眼光が、優しく細められる。
その困ったような丸い顔がとてもかわいく思えて、思わず釣られて顔が緩んだ。
「アスランは正直だな。私もよく分からないんだ」
「・・・ルアナはどうしたらいいと思う?」
「そうだな・・・まずは、こうしたらいいんじゃないか?」
ルアナは俺の腕に絡みつかれている体を捻らせて、俺の顔と正面きって向き合った。
細くてしなやかな両腕を俺の首に巻きつけると、そっと自分の顔まで引き寄せ、唇を重ねる。
冷たい彼女の唇が、優しく俺の唇を噛み、ゆっくりと濡らしていくのを、俺は目を閉じて体中の感覚で感じていた。
「アスラン、どうして私がお前にアスランってつけたか分かるか?」
「・・・?」
ルアナは絡めた両腕で俺の頭を自分の口元に手繰り寄せ、囁いた。
その声は俺が今まで聞いたことがないくらい、甘くて、艶を帯びている。
彼女を抱きたいという衝動は、もう制御できないくらいまで高まっていた。
「アスランは東の国じゃ獅子の意味らしいが、私達、浮浪民の間じゃよくある猫の名前だ。そして、好きになった男をそう呼ぶ風習があるんだよ」
「猫の名前?・・・をどうして男につけるんだ?」
「猫は慣れたと思っても、いついなくなるか分からないだろ?好きになった男もいついなくなるか分からないじゃないか。でも、猫の名前つけとけば、いなくなっても寂しくないだろ?ああ、猫がまた一匹いなくなったって、そう思えば諦めがつくじゃないか」
言っている事は理解できたものの、何となく納得はできずに、俺は顔をしかめて考え込む。
彼女の話だと、好きになった男はいなくなるのが前提みたいだ。
それはともかく、今まで獅子だと思ってた名前が実は猫だったという衝撃は少なくはなかった。
俺の困った顔を見て、ルアナはクスクス笑う。
丸い顔に笑窪ができて、子供のような邪気のない笑顔だ。
「だからな、アスラン。私はお前が好きだけど、お前が何時、私を置いて出て行っても寂しくないし、怒ったりしない。お前は自由なんだから、いつでも森に帰ってもいいんだ。無理に私に付き合ってここにいる必要はないんだよ」
「・・・無理してる訳じゃない。俺は好きでここにいるし、あんたを置いて行ったりしない」
今度は俺が彼女の細い体を手繰り寄せ、開いたままの小さな唇に自分の唇を押し付ける。
ルアナはもう抵抗することなく、優しく俺を受け入れ、細い体を俺の腕に委ねた。
「だから、ルアナ。心配するな。俺はあんたの傍にいるから」
「・・・本当か?」
水色の大きな瞳が、潤んだ眼差しで俺を見上げた。
目の前で項垂れているルアナの白い項が頼りなさそうなくらい細い。
俺は壊さないように細心の注意を払って、その首筋に触れた。
一瞬、ピクンと体が震えるのが分かったけど、俺の手は構わず、細い首筋をゆっくりなぞっていく。
首筋をなぞりながら、ゆっくり下降していき、他と比べて少しだけ柔らかい胸に触れた。
ルアナは体を強張らせたまま、何の反応もしない。
次に起こる事を待ち構えているように思われた。
俺にしがみ付くように絡み付いていたルアナの体を仰向けに寝かせて、いつもの麻袋を頭から脱がす。
生まれたままの姿になったルアナは、俺の体の下で完全無防備な状態で横たわった。
これから起る事を覚悟してか、ギュっと目を瞑って唇を噛み締めている。
薄汚れていると思ってた彼女の肢体は、思いのほか白くて、しなやかな柳の枝を思わせた。
小さな桃色の花びらがふわりと載ったような胸の膨らみに、俺はそっと唇を重ねる。
「・・・・・・」
小さな吐息が彼女の唇から洩れ、痩せた胸に舌を這わせていく度、その息遣いは荒くなっていく。
何かに縋ろうとするかのように、俺の髪を彼女の小さな手が掴んだ。
声を出さないよう必死で唇を噛み締めながら、その手は必死で俺の頭や背中に縋りつこうともがく。
彼女の爪が俺の肌を傷付ける度に、俺は更に欲情し、無意識に彼女を責め立てる。
気が付いたときには、彼女の細い体にはくまなく俺の噛んだ痕が撒き散らされていた。
「アスラン・・・アスラン」
ルアナの吐息はいつの間にか激しい呼吸に変わって、掠れる声で喘ぎながら俺を呼んだ。
いつもの凛とした甲高い声とは別人みたいな、弱弱しい子猫みたいな泣き声。
泣き声を上げるルアナを、俺は愛しいと思うのに、更に壊したくなる。
「ルアナ・・・」
「アスラン、私とずっと一緒にいて・・・どこにも行かないで」
彼女の懇願を、俺は受け止めた。
小さな小屋の中には、激しい雨音だけが響いていた。