処刑人1
俺が森を出て、ルアナと燻製小屋で暮らし始めてから一月が経った。
前回、森で大量殺戮を行った甲斐あってか、生活には少し余裕があるように見えた。
小屋の中でぶら下っている燻製肉を少しづつ食べながら、小屋の近くの雑木林で木苺を摘んだり、街で玉蜀黍みたいな安い穀物を買ってきては常備食を作ったり・・・。
俺が見る限り、ルアナは常に食べる準備をしていた。
食べる行為よりも、その準備に殆んどの時間を費やしている。
食べたい時に必要なだけ殺して食べる習性の俺には、最初、ルアナが先の先まで考えて食料の準備をしているのが理解しかねた。
「そんなに貯め込んでどうするんだ?全部食えるのか?」
俺が疑問を口にすると、彼女は心底呆れた顔で俺を見下ろす。
子犬を教える母犬のような口調で、ルアナは俺に説教を始めた。
「いいか、アスラン。一人で生きていくには準備と覚悟が要るんだ。今日、腹一杯食っちまったら、明日食べるものが無くてひもじい思いをするだろ?そうならないように、常に明日の事を考えて準備しておく。悲観的な準備があれば、楽観的に行動できるってモンだ」
「栗鼠みたいなものか」
考え方としては、理解できた。
そういう性質の動物は、森にも存在する。
ただ、俺は根っからの肉食動物だったから、栗鼠のように食料を溜め込む習性がない。
本能に組み込まれてない事を理性で行うのは意外に大変だ。
だけど、一緒に生活している手前、ルアナに逆らう事もできず、尻を叩かれながら木の 実を拾う位は手伝った。
ルアナは相変らず、木の上で網をかけて蓑虫のような格好で寝る。
だが、狼の体質上、高い所が苦手な俺は、燻製小屋の隅で薄汚れた布団の中で体を丸めて眠っていた。
朝、日の出と共にルアナの怒声で目を覚ますと、早速、木の実の採集に連れて行かれ、市場で野菜を買ってから川で水浴び、夜は保存食を作るのに精を出し、疲れたらまた寝る。
毎日、これの繰り返しだった。
「毎日、同じ事ばっかりで飽きないか?」
この生活習慣に大分慣れてきた頃、俺はルアナに聞いてみた。
意味が分からないというように、ルアナはキョトンとして首を傾げる。
「お前は飽きたか?アスラン」
「・・・飽きたというより、慣れた。続ける事は簡単だが、同じ事を繰り返していると退化していく気もする」
森で生きる為に必要な、野生の勘とか、俊敏性とか、残虐性みたいなものが、だんだん薄れていくような不安感。
その代わりに生まれてくる静かで穏やかな感情。
この平穏な生活を維持させたいという感情が、狼の本能を忘れさせていく気がした。
ルアナは、俺の言いたい事を理解したのか、少し悲しそうな顔で笑って見せた。
「前にも言ったけど、お前が森に帰りたいのなら、私は止めない。浮浪民の中じゃ下の方の生活だけど、まあ、この街で生きるならこんなもんだ。だから、お前がここの暮らしが水に合わないと言うのなら、無理に引き止めはしない。浮浪民である以上、こんな暮らししかできないからな」
「浮浪民以外の暮らしもあるのか?」
俺の質問に、ルアナは鼻で笑って言い捨てた。
「例えば、この前、絡んできた軍人ども、覚えてるだろ?あいつらはこの国の人間なんだ。ちゃんと住民登録されて、この国で生きる事が許可されてる。人間らしい生活も保障されて、住む所も与えられるんだ。
あいつらは時々、街に現われるのは、冷やかしに来るんだよ。私達を見て、自分達の方がマシだって優越感に浸ってやがるんだ。人の事バカにするクセに、金で女買ったり、狩りもできない臆病者のクセに肉買って食ってやがる。最低だ」
「でも、この国の人間になれれば、あんたはこの小屋で一人で生きていく必要はないんだろ?」
「そりゃ、そうだ。でも、浮浪民がこの国に帰化するのは難しいんだ。せめて永住権だけでも取れれば、ちゃんと給料が貰える所で雇ってもらえるんだけどな。それができれば、こんなに毎日、明日の食料の心配する必要はないんだよ」
ルアナは神妙な顔で難しい事をブツブツ話した。
人の社会の仕組みがイマイチ理解できていない俺には、言ってる事を完全に理解するのは無理だった。
「・・・よく分からないけど、どうやったらこの国の人間になれるんだ?」
「まず、無理だね。そもそもが、私達はここに留まってちゃいけない人間なんだ。この国で働く事が許可されるには、永住権を取るしかない。それを取るには、よっぽどこの国に貢献したと認められなければ・・・。私じゃ絶対無理だ」
「どうして?」
「私はこの国の人間には嫌われてるんだ。地獄に落ちる事が分かってる処刑人だからな」
ルアナは顔を歪めて、引き攣った笑顔を見せた。
無理矢理作ったその笑顔は、俺には寧ろ、悲しそうに見えた。
ルアナが度々、口に出す『処刑人』という言葉。
俺には懐かしい響きだったその言葉の本当の意味を、俺はこの後、知る事になる。