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人狼奇譚  作者: 南 晶
第二章 人狼の話
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浮浪民2

 ルアナの話を聞きながら、俺は森に時々出現した咎人の事を思い出していた。


 ルアナ達、浮浪民がこの国に住むようになってから10年くらいと言った。

 金色の髪の大柄な男達が、森に現われ狩りをするようになったのも、その頃だ。

 そして、俺が咎人の処断をするようになり、処刑人と呼ばれるようになったのも・・・。


 おぼろげな記憶を手繰り寄せて、今まで殺してきた咎人達の風貌を思い出すと、確かに思い当たる。

 概ね、ルアナのような金色の髪の毛をしていた。

 この近隣諸国の人間なら、俺達の掟の事は知っているので森に侵入する事は稀だ。

 だが、定住しない浮浪民なら、人狼の事を知らなくても無理はない。

 少しづつ頭の中で今までの事が整理されていくにつれて、俺はハッとした。


 ここで生きる為に動物の肉を売ろうと国境を越えて狩りに来たルアナの同胞を、俺は片っ端から殺していた事になる。

 もしかして、その中にはルアナの父親や兄弟がいたかもしれない。

 そう思うと、さすがの俺も冷や汗が出た。

 震える唇を懸命に動かして、何とか平常心を保とうと試みる。


「・・・あんたは、体売るのが嫌だったから、代わりに肉を売ろうとして森に狩りに来たんだな」

「そうだ。アスランと会ったあの森は、実は危険だって言われてた。だから、暫く誰も行ってなかったんだ。あそこに行った男達は殆んど帰って来なかったからな。でも、死んだのかどうかも分からないんだ。尤も、全員、生きてるとは思ってないけど・・・。私の父親もあの森に行ってから戻って来なかった。それから養ってくれる人がいなくなって、私はあの小屋で一人で暮らし始めた。自分で狩りをし始めたのもそれからだ」


 まるで人事のように、昔話をするような口調でルアナは語り続ける。

 悲しいとか、辛いとかいう感情はとっくの昔に捨ててしまったんだろう。

 水色の瞳が虚ろに遠くを眺めていた。


 その皮肉な話に、俺は言葉もなく水面を見つめる。

 頭から石を落とされたようなすごい衝撃。

 なのに、心臓をギュッと握られたように胸が痛い。

 自分が今まで良かれとして行ってきた行動、いや、俺の存在そのものを全面否定された気分だった。


 ルアナの父親はこの国で彼女を養う為に、森に狩りをしに来て戻って来なかった。

 人狼一族に処断されたに違いない。

 時期的に見て、処刑人は俺だった可能性が高い。

 父親が戻ってこなくなったせいで、ルアナは一人であの燻製小屋に住み着き、生きる為に狩りを始めた。

 生きる為に、殺さなければならなくなったのだ。

 それは多分、俺のせいで。


「あんたの父親や浮浪民の仲間も、あの森に行ってから戻って来なかったんだだろう?どうして危険だと思ってたのに、あんたは一人であそこに行ったんだ?」


 そうだ。

 危険だと言われていたにも拘らず、ルアナはこの小さな女の体で荷車を引き摺って、たった一人で森に入ったのだ。

 腕自慢の屈強な男ならともかく、女がするには正気の沙汰とは思えない。

 ルアナは俺の問いに、ニヤリと八重歯を見せて笑った。


「だって、誰も行ってないんだから獲物は必ずいるだろう?私はこう見えても、浮浪民の中じゃ定評のある弓使いなんだ。狙った獲物を弓で外した事はない。それに、帰ってこないだけで、誰も死んだ所を見てないんだ。死体が戻ってきたら納得するけど、帰ってこないだけなら生きてるかもしれないだろ?私の父親だって、すごく強かったんだ。普通の動物に殺られる筈ないんだよ。だから、私は森に行ったら、もしかして父親に会えるかもしれないって思ったんだ・・・・・ 結局、お前しかいなかったけどな」


 アハハ・・・と大きな口を開けてルアナは笑った。

 本物の咎人が横にいるとは夢にも思わず・・・。


 彼女の話しを聞いて、俺は死にたくなった。

 初めて人間を「処断」したあの日、俺を嫌っているあの「年上のクロ」はより残虐な方法で殺れ、と言った。

 俺のやり方では見せしめにならないから、と言ったのだ。

 なのに俺は、無駄に苦しめる事が憐れに思えて、一撃で殺した後、死体はブナの木の根元に埋めてしまった。

 確か、あの咎人は金色の髪の男だった。

 あの時、俺がより残虐な方法で殺してから、ヤツの言った通り、死体をバラバラに引き裂いて国境辺りに捨てておけば、第二、第三の咎人は来なかったかもしれない。

 きっと、ルアナの父親も森を恐れて来る事はなかっただろう。

 養ってくれる父親がいれば、ルアナも殺しをしないで生きていられたんだ。


 その後、続けて現われた咎人達も、俺は同様のやり方で殺した。

 森で何が起きているのか分からない浮浪民達は、続けて森を目指した。

 ルアナのように、生きているかもしれないという一縷の希望を持って探しに行った者もいたかもしれない。

 俺がしてきた中途半端な優しさは、彼らにとっては本当の残虐行為だったのだ。


「・・・アスラン?おい、アスラン!何、ボケっとしてんだ?人の話、聞いてんのかよ!」


 ルアナの甲高い声が響いた途端、俺の顔にバシャッ!と水飛沫が飛んだ。

 その勢いで、俺はハッと我に帰って、目の前で両手一杯に水を用意しているルアナを見た。


「ルアナ・・・俺、話が・・・うわっ!」

「いいから、気にすんなよ。つまんない話して悪かった。濡れついでに、水遊びして帰ろう、な?」


 間髪入れずに水攻撃されて、俺はそのまま、話す機会を失ってしまった。

 それが、良かったのか悪かったのかは分からないけど・・・。


 ルアナはその時、とても楽しそうで、俺もその気分を壊したくなかったのだ。








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