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一瞬の交錯

少しゴタゴタしまして、こんなにも遅れてしまったうえに短かった


ギチギチという、およそ生物が出すものとは思えない音を発しながら追走してくる蟹の存在を嫌でも知覚させられる。しかし、そんなことに気を取られていては死ぬ。



「このヤロウ、足二本欠けてるのに加えて重心も傾いてるのに無駄に良い動きをするねぇ…!!」

俺の吐いた言葉をわからないのだろう。蟹は特に反応する事もなく追ってくる。


このままでは埒が明かないなぁ。しかしどうしたものか…。

コイツは外見に似合わずなかなかの知能を持っているようだ。なぜなら俺が弓で狙おうと後ろを振り向いて構えたら、足が欠けているにもかかわらず、かなりのキレで体を左右に振ることで狙いをずらしてきた。先ほどの一射から学習しているのに加え、あきらかに弓の特性を知っている動きをしている。たぶん今までにコイツが葬ってきた相手から学んだものだろう。


ただ、あの威力の矢を受けたことはなかったらしく、足を止めて狙いを付けようとしていた俺に対してすぐに距離を詰めるでもなく、一定を保ち警戒していた。

だがこれでわかったこともある。蟹は暗蒼の矢の直撃には耐え切れない。ならばなんとかして直撃させればこちらの勝ちだ。



「さて生き残るとしますか」



舐めるなよ甲殻類。俺の戦いはお前の経験で予想できるか?








                            ▽







私たちはあの化物と戦ったが、ほとんど負けが確定していたなか足掻いたようなものだった。救援が来るという可能性もあったが、正直間に合うとは思えなかった。


辛うじて死んだ者こそいないが、私以外はまともに動くことのできるのはいなかった。あの魔物があそこまで理不尽な強さを持っているとは思わなかった。

足一本にしても切り落とすのにはおおきな代償を払ってやっとのことでだ。負傷したものが増えれば他の者がそれを助けるためにまたやられるという最悪の状況に追い込まれていた。

あとはもうただ削られていった。決定打となりうる魔術を放てる騎士こそ最後まで無事だったが、その魔術にも耐え切られた。



万事休すだった。一人また一人と奴に蹴散らされていく。



最早立っているのは私一人だ。後ろには大規模魔術を放ったせいでまともに動くことのできない騎士がいて、奴を撹乱して隙を突くこともできない。


ただ一つ、否二つ後悔があるとすれば。ここまで騎士をつき合わせてしまったことと敬愛すべき主の晴れ姿を見れなかったことだろうか。


私は幾度もあの硬い甲殻に打ち込んだせいで刃がボロボロになり、剣身にもひびが入っているそれを構える。



処刑者の残っていた鋏がこちらに向かってくる。そして数多の血を啜ってきたであろうそれが振りかざした。


私は物言わぬ死体になるのだろうな。

剣を構えつつ、どこか達観したかのようにその紅い軌跡が迫るのを見ていた。




――――――しかし目の前で赤黒いその軌跡は暗蒼の一閃に両断された。





「―――ぇ?」

口から洩れた声が未だに自分が生きていることに教えてくれた。


私の視界に映ったのは、私たちが一本切り落とすのだけでも死力を尽くした足と処刑の大鋏が千切り飛ばされた処刑者が苦しむ姿だった。


一体何が起きている?さっきの諦観も忘れ、私の内は困惑に彩られていた。



処刑者は私のことなど目には入っておらず、自分を攻撃してきた存在を探しているかのように眼がせわしなく動いていた。




そしてそれは前ぶれなくピタリと止まった。




無機質な威圧感しか感じなかったその眼が、どこか恐怖に揺れたように見えたのは気のせいだろうか?


私もその動きにつられて視線を動かした。敵が目の前にいるというのに間抜けにもそんな行動をした自分の失態にも気が回らなかった。






そして私は美しき存在を見た。一瞬だけ見えたその瞳は、温かい太陽のようにも見え、穏やかな満月にも見えた。







キィ、私の耳に何かが軋むような音が入ってくる。



その音に気を取られた瞬間、処刑蟹が跳躍をしたかと思うと残された大鋏を中空で振り下ろした。


轟音とともに砕かれた岩が降り注いでくる。



そしてそのなかに不自然な輝きが奔っているに気付いた。



その輝きは落石を次々に飛び移り、落ちてくる蟹よりも速く着地していた。



「そこの!」

私はその声で我にかえった。


「時間を稼いでみるから、後ろの連中を連れてさっさと退け!!」


「だッ、だが!?」


「くどいッ!!殺すか生かすか考えろ!!」

一喝されて気付いた。みんなをこの死地に連れ込んだ私が全員で生き残ることを諦めてどうする。

 

「…ッ!感謝する!!」

会って間もない、いや会ってすらいない相手に対してこのまま行かせるのは忍びないが、それが最も我々が生き残れる可能性が高いのは揺るぎようのない事実だ。


奥へ行った者を追跡し始めた処刑者の後姿を確認し、すぐさま負傷者を助けるために私は動き始めた。




どうかあの名も知らぬ者が無事でいますように。





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