戦場発見
あの始まりから数日か経った今、俺はとりあえずの衣類を手に入れることができた
【星錬】を用いて液体状の金属を湧かせ、それを細く形成、編みこんで丈が大きめのロングコートを作った。ただ元が金属なだけあってあまり着心地がよくない。綿とかの服が恋しい。目的である服には遠いなぁ
袖余りのコートだが、前をしっかりと留めていれば全裸よりはマシだろう。ボタンも多目につけたのだから。しかし正直なところ人目も全く無いし、気にしないですむから下着とかは着心地の悪い金属では作りたくない。そのために丈が足首まであるものを作って全身を隠しているのだ
食料だがこれは問題は無い。どうやら俺という種にとって食事はそこまで重要ではないようだ。湖の水を飲むだけで何の支障もなかった。だが、味覚自体は存在していて俺にとって食事は娯楽に近いのかもしれない。
これは目的に食道楽も付け加えようかね。
そうそう、俺は驚くべき発見をしたのだ。湖で沐浴兼、素潜りをしていたら、なんと外に通じていそうな裂け目を見つけた。
「外に出て探索してみようかな」
あくまでも探索だ。出立ではないから帰って来るつもりだ。
「善は急げとも言うし、それじゃあ行こう」
準備するにしても持っていくものなんてこのコートくらいだし。
しかし最近独り言が多くなった気がするよ…
深い蒼を湛える水面向かって俺は飛び込む。その時に一瞬だけ水面に映し出された貌が俺の存在が変わったことを改めて認識させる。こればっかりは時間にゆだねるしかないだろう
(なんだかんだで未練たらしいなぁ、俺も)
俺を包む蒼はソレを肯定も否定もせず、ただ差し込んだ光をカーテンのように揺らめかせていた
▽
潜る俺の視界にはただ底無しの蒼が広がるだけで、生命の息吹を感じさせるものは何一つとして映らない
しかしそこに不気味さはなく、いかなる存在も許されない聖域のような静謐さがあった
(我ながら随分長く息が続くもんだ)
もう既に十分分近くは潜水しているがまだまだ俺には余裕があった。この体はつくづく人間離れしている。いや、食べ物が不要の段階でおかしかったけどさ
かなり深くまで来たせいであたりは暗く、手元もおぼつかなくなってきた。しかし、この程度は俺にとって問題ないのだ。
手元に拳大の結晶を出す。銀色に光るそれは、深海に堕ちた月光のようにも見える。これは俺が【呪晶】で顕現させた結晶の燐光を利用した即席の照明だ。ポケットに結晶を突っ込むと明るさは落ちるが、仕方が無い。手が塞がっていては泳ぎにくいし、ポケットから洩れ出る光でも視界は確保できるからNO問題
そうこうしているうちに例の裂け目にたどり着く。
一枚岩をくりぬいたようなこの中でここだけ裂け目があるのだ、気付かないほうがおかしい
ゆっくりと近づく俺は注意しつつ、その裂け目に入る。この世界、右も左もわからない俺にとって注意して進む必要がある。俺という存在がファンタジーになった今、どんな不可思議な生物がいてもおかしくは無い。
―――――魔物とか
一先ずは入り口付近の安全を確認した俺は遅々とした速度で進む。帰り道を忘れないように結晶を一定間隔で壁(天井?)に生やしながら。関係は無いが小学校で体験した田植えを思い出した。お米食べたい
かなりこの行程を続けていたが、向こうに光が見えてきた。どうやら終わりが近いらしい
▽
ちゃぷん、水面から俺が顔を出した音があたりに響く。そのまま岸へと泳ぎ着いた俺は陸に上がる。
コートは原材料が金属だけあって水滴が残る程度ですぐに水は流れ落ちた。
濡れた髪が首に纏わりつくことをうっとおしいと感じながら歩き始める。
俺が出た場所は洞窟の中であるというのに木陰程度の明るさがあった。白っぽい岩でできた円形の大部屋は湖とそれに接する岸でほとんどが占められていた。一箇所だけ穴が開いていて、どうやらそこ以外は俺の通ってきた地下水脈しか道はないようだ。
他に行く道もないしそのまま真っ直ぐ進む。
滑らかな感触のする岩は裸足の俺でも特に痛みも無く歩くことができた。
しかし、風化してできたにしては妙に綺麗な気がする。ここは人為的に造られた場所なのかもしれない。
もしも人に会えたらどうしよう…。コートの下が全裸なんて変態でしかない。かと言って服をくださいなんて初対面の相手に言うことじゃないよなぁ。
この世界の文化がどうなっているのかは知らないが、元々生きていた世界に近いレベルのものであるなら全裸の変態なんて即座にバーンされかない
しかし無い物ねだりをしたところでどうにもならないし、いざとなったら全力で逃げ帰ろう。三十六計逃げるに如かず、だ
「ん~~~んん~~♪」
俺は天然の音響設備で遊びながら歩き続けていた。それなりに楽しい。
こんなに長い距離を歩いたのは久しぶりだ。そこそこの距離を歩いてきたがこの体の恩恵なのか全く疲れが無い。帰りの体力を考えずに進み続けていただけにうれしい誤算だ。
▽
目下に蟹がいる。より詳しくするなら、“馬鹿でかく”“戦っている”蟹がいる。
戦っている相手は銀色の鎧を纏った五人組で、騎士であろうか統率の取れた動きをしている。ただよく見ると騎士たちの甲冑にはそれぞれ微妙な違いが見て取れる。五人のうち盾を持っているのが三名、他の二人は一人は杖、もう一人は剣だけを手に持っている。杖を持っている者は後方にいることから魔法かそれに類する遠距離の攻撃手段を持っているのではないかと思う。だって完全にファンタジーの魔術師そのものの杖だもの。
対する蟹の大きさは高さ四メートルくらいだろうか、蟹特有の感情の伺えない無機質な目が五人を睥睨している。また甲殻も刺々しく変化しており、かなり攻撃的な外見をしている。体の色は灰色なのだが、はさみだけが血で色づけされたように赤黒い。まるで数多の罪人の血を吸ったギロチンのようだ。
戦況はどうやら騎士たちのほうが劣勢のようだ。蟹の足は一本が断たれそこから青い体液が流れ出しているが、活動に支障はなさそうだ。しかし騎士たちは満身創痍のように見える。ここからでは顔を見ることはできないが、あたりに飛び散っている血をみればわかる。量からしてあの五人の誰かの傷とは思えない。恐らく十数人でこの蟹と戦っていたが、何人か重傷者がでて、さらにそれを安全圏まで運ぶのに人数を割いたといったところか。かなりの人数で挑んで足一本、わずか五人では足止めが精一杯だろう。
しばらく様子を見ていよう。そう思った俺は身を伏せる
俺のいる位置はちょうど両者を上から見下ろすように存在する崖の上だ。穴から出たら洞窟の天井がすぐ近くにあるここに出たのだ。
さて、一体どちらに手を貸すべきか。というか言葉は通じるのだろうか?
▽
私たち【ドラクロワ騎士団】にとって今回の任務は簡単なもののはずだった。病に侵された姫様のために薬草を採る、ただそれだけのはずだった
他の任で外れた団長と副団長を欠いているとはいえ薬草の採集のために精鋭十二名でここ、【再誕の空洞】に来たのだ。ここは出てくる魔物も弱く、洞窟自体も入り組んでいないためにギルドの初心者が来ることも多い。そんなところであり、本来なら私一人でも問題は無かった。しかし、事が事だけにこんな人数で行動することとなった。ここにある薬草は採集することだけならば簡単だが、摘むとすぐに枯れてしまうという厄介な性質があり保存が利かず、枯らさないためには常に魔力を注ぎ続けなければならない。その維持条件の厳しさがこの薬草が市場に出回りにくい理由だ。
しかし私たちの騎士団には魔術師がおり、四人でローテーションを組むことで城まで持ち帰るという手段を取った。
行きの道のりは特に問題は無かった。出てくる魔物も下位のものばかりで襲い掛かってきたとしても即座に倒せた。
拍子抜けするほど薬草の群生地に辿り着いた私たちは、打ち合わせ通りに魔術師たちに採取した薬草に魔力を注がせた。
あとは城へと戻る、ただそれだけのはずだった
――――――そう。はずだった。